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夫の子①、彼の子②の、③つ子ちゃん ~3兆分の1の奇跡に溺れた托卵妻の完全犯罪計画~  作者: 団田図


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第34話 復讐のルール

 ヤクザによる凄惨な殺人映像を目の当たりにし、無意識のうちに震えていた俺の手を、ベビーシッターの舞子まいこは両手で温かく包み込んでくれた。彼女のその底抜けの優しさと献身に触れた時、俺の心に巣食っていた微かな動揺は嘘のように消え去った。


ゆたかさん……私、どうしても豊さんに協力したいんです」 静まり返った深夜のキッチンで、舞子は俺を真っ直ぐに見つめ、強くせがんだ 。

栄子えいこ奥様のあの恐ろしい嘘を、このまま野放しにはしておけません。隆史たかしさんや子供たちを守るために、豊さんが一人で泥をかぶろうとしているなら……私にも、その重荷を一緒に背負わせてください」

 普段は控えめで地味な彼女の瞳に、決して揺るがない強い覚悟の炎が宿っている。俺は彼女をこの泥沼に巻き込むことを躊躇していたが、別宅の内部で自然に行動できる彼女の存在は、俺の計画においてこれ以上ないほど強力な駒となることも事実だった。

「……わかった。君の覚悟を信じよう」

 俺は小さく息を吐き、自室から持ってきた一つの茶封筒を彼女の手に握らせた。

「これは、俺が密かに手配した『DNA鑑定書』だ。長男と三男が、別の男の子供であることを医学的に証明した書類だよ」

 舞子が息を呑む。

「これを、兄さんの書斎のキャビネットに置いてきてほしい」

 俺は、あの泥棒猫を狂わせるための『復讐のルール』を舞子に説明し始めた。

「いいか、絶対に兄さんには見つかってはいけない。兄さんが出社した後の午前中に、目につく机の引き出しやファイルの間に隠し、その書類の『正確な位置』をミリ単位で記憶するんだ」

 俺は彼女の目を見据え、言葉に力を込める。

「そして、兄さんが帰宅する前の夕方に、必ず回収しに行くこと。もし回収しに行った時、書類の位置が朝と少しでもずれていれば……それは、栄子が中身を見たということになる」

「位置のずれで、奥様が罠にかかったかどうかを確認するんですね……」

「そうだ。あの被害妄想の強い女のことだ。夫の書斎でこの鑑定書を見つければ、『夫はすでに托卵の真実を知っている』と確実に勘違いする。俺たちから突きつけるのではなく、奴自身の頭の中で最悪のシナリオを描かせるんだ」


 翌日から、俺は自室の青白く光るトリプルモニターの前に陣取り、本格的な監視体制へと移行した。

 矢絡深家の敷地内のインターネット回線は一本だけであり、本宅にメインルーターを置いて、同じネットワーク上に別宅(新居)の回線も繋がっている構造になっている 。インターネットの仕組みに疎い栄子は全く気づいていないだろうが、彼女が新居のWi-Fiに繋いだスマートフォンで検索した内容や、表示したホームページの閲覧履歴は、すべて本宅のルーターを管理している俺のモニターに筒抜けになっていた 。

 左の画面には栄子の検索ログのリアルタイム更新。中央の画面には、俺が敷地内に仕掛けた監視カメラの映像群。右の画面には、江上えがみ浩二こうじを惨殺したヤクザの映像データを匿名で警察へ送信するための暗号化メーラー。

 俺は暗闇の中でキーボードに指を添え、三つの画面を冷ややかに見渡した。

 それはまるで、破滅の交響曲シンフォニーを奏でるオーケストラの指揮者のようではないか。俺がタクトを振り下ろすたびに、盤上の駒たちは俺の計算通りに動き、あの強欲な女を自滅という名のフィナーレへと着実に追い込んでいく。

「さあ、踊れ、泥棒猫。お前の足元は、もうとっくに崩れ去っているんだ」

 俺はモニターの青白い光を浴びながら、冷酷な番犬としての笑みを深く刻んだ。


+++


 心臓が、肋骨を内側から叩き割るような勢いで激しく脈打っている。

 私は足音を忍ばせ、分厚いマホガニーの扉を押し開けて、隆史たかしさんの書斎へと滑り込んだ。

 分厚い遮光カーテンが引かれた薄暗い部屋には、古い紙とインク、そして微かな革の匂いが漂っている。私は一直線にアンティーク調のキャビネットへ向かい、震える手でゆたかさんから預かった『DNA鑑定書』の入った封筒を取り出した。

 (落ち着いて、私……。隆史さんが出社して、栄子えいこ奥様もリビングにいない今のうちよ)

 私は革張りのファイルの間に、少しだけはみ出すようにその白い封筒を忍ばせた。ファイルの縁からちょうど一センチ。隣にあるペン立ての影と重なる絶妙な角度。豊さんに指示された通り、私はその書類の配置を脳裏にミリ単位で焼き付けた。

 この恐ろしい秘密の書類を、毎日設置しては回収する。豊さんの「共犯者」としてのこの任務は、私の神経を極限まで削り取っていた。


 配置を終え、キャビネットの引き出しをそっと閉めようとした、その時だった。

「あなた、そこで何をしているの?」

 背後から、氷のように冷たく、甲高い声が響いた。

 ビクッ!と全身の血が凍りつき、肩が大きく跳ね上がった。

 振り返ると、少しだけ開いた書斎の扉の隙間から、栄子奥様が私を胡乱うろんな目で見下ろしていた 。彼女から漂う高級な香水のむせ返るような匂いが、薄暗い書斎の空気を一気に侵食してくる。

(見られた……!? 封筒を隠したところを……!)

 極限の恐怖で膝がガクガクと震え、額から冷や汗がどっと吹き出した。もしバレたら、豊さんの計画がすべて台無しになってしまう。

 私は咄嗟に、これ以上ないほど怯えた、ドジで無能なシッターの顔を完璧に作り上げた。

「あ……っ、奥様……!」


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