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夫の子①、彼の子②の、③つ子ちゃん ~3兆分の1の奇跡に溺れた托卵妻の完全犯罪計画~  作者: 団田図


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第25話 崩壊する完璧な人生

 頭の芯が、カーンと冷たい音を立てて真っ白に漂白された。

 殺人未遂? 私が? なぜ?

 「ちょ、ちょっと待ってください! 何かの間違いよ! 私は何も知らないわ!」 私は弾かれたように後ずさり、金切り声を上げた 。

 私が夫を殺そうとしていることが、なぜ警察にバレている? まだ彼は死んでいないのに。

 「しらばっくれても無駄ですよ。昨夜未明、あなたがガレージに忍び込み、ご主人の車のブレーキホースに刃物で細工をする明確な痕跡が見つかりました」

 刑事の冷酷な宣告が、私の脳天をハンマーで打ち砕いた。

 (どうして……どうしてバレてるの……!?)

 私の犯行は完璧だったはずだ。誰も見ていなかった。あの暗闇の中で、私一人しかいなかったはずなのに。

 パニックに陥り、呼吸が浅くなる。私は両腕を掴もうとする刑事の手を振り払い、狂乱状態でわめき散らした。


+++


「離して! 離しなさいよォォッ!」

 私の絶叫が白亜の豪邸のエントランスに空しく響き渡る。

 屈強な刑事たちに両腕をきつく掴まれ、私は大理石の床に膝をつきそうになりながらも必死に暴れ回った。完璧にセットしたはずの髪は乱れ、美しく彩られた顔は恐怖と混乱で醜く歪んでいる。

 「何かの間違いよ! 私じゃない! 私は何も知らないわ!」

 「往生際が悪いですよ、奥さん」

 先頭に立つ初老の刑事が、憐れむような、それでいて氷のように冷たい視線を私に下ろした。

 「今朝方、とある通報がありましてね。警察が確認したところ、あなたの家のガレージには、死角を補うように高性能な暗視カメラが設置されていました。そこに、深夜二時過ぎ、あなたがご主人の愛車に潜り込み、ニッパーのようなものでブレーキホースに深い切り込みを入れる姿が、ハイビジョン画質で克明に録画されていたんですよ」

 「……は?」

 暗視カメラ? 録画?

 昨夜、ガレージの暗がりで一瞬だけ瞬いた、あの小さな赤い光。あれは防犯センサーなどではなく、私を監視するためのカメラのレンズだったというのか。

 「そ、そんな……誰が、そんなものを……」

 だとしても私が隆史を殺さなければ私が殺されていた。

 「ふざけないで! 罠よ、罠だわ! 私は殺されるところだったのよ!」

 私は狂ったように首を振り、喉が裂けるほどの声で叫び始めた。

 こうなったら、すべてをぶちまけるしかない。私が夫を殺そうとしたのは、正当防衛なのだと。

 「この男が! 私の夫が、殺人鬼なのよ! 江上えがみ浩二こうじを殺したのはこの男よ! だから私は、殺される前に身を守ろうとしただけなの! 書斎を探して! 血のついた特殊な工具が隠してあるはずよ!」

 私は血走った目で、エントランスの隅で顔を覆って立ち尽くしている隆史たかしを指差した。

 これだけ言えば、警察も必ず隆史を疑うはずだ。浩二の遺体の傷口と、あの工具の形状が一致すれば、彼が犯人であることはすぐに証明される。

 しかし、私の決死の告発を聞いた刑事の反応は、あまりにも予想外なものだった。

 彼は深く、ひどく呆れたようなため息を一つ吐き出した。

 「……何を言っているんですか、あなたは」

 「え?」

 「江上浩二を殺害した犯人は、ご主人ではありませんよ」

 刑事の言葉が、私の頭の中を素通りしていく。

 「今朝方、裏社会のトラブルで江上を殺害した暴力団関係者の男が、すでに確保し任意同行されて、凶器の特殊なサバイバルナイフも押収しました」

 「……は……?」

 「匿名のタレコミがありましてね。現場の向かいのビルから、犯行の一部始終を超高画質で撮影した、完璧な証拠映像のデータが警察に送られてきたんです。ご主人の書斎にあったという工具の血は、ただの見間違えでしょう。ご主人は、江上の事件には一切無関係です」

 ドクン、と。

 心臓が、肋骨の裏側で嫌な音を立てて跳ねた。

 (浩二を殺したのは、ヤクザ……?)

 隆史じゃない? あの忘れ物防止タグで私を監視し、証拠を握り、浩二のアジトに乗り込んで彼を切り裂いたのは、隆史ではないというのか。

 警察が話を続ける。

「江上を殺したのは映像もあるので間違いなくヤクザです。先ほど、部下が旦那さんの書斎から遺書を見つけてきました。遺書の中では自分が浩二を殺したと自白しているが、そんな事実はないし、旦那さんも自分は書いていないと言っています。あなたの主張している内容がどうして偽造された遺書の中に記されていたのか。つまり、あなたがこの遺書を偽造して、ご主人を自殺に見せかけて殺そうとしたということになります。そうでしょ?」

 視界が、ぐにゃりと歪む。

 私の足元を支えていた『完璧な前提』が、音を立てて崩れ去っていく。

 隆史は浩二を殺していない。

 あの書斎にあった工具のシミは、ただの錆かオイルの汚れだった。

 (じゃあ……私は……?)

 私は、勝手に恐怖と被害妄想を肥大化させ、何一つ罪のない、ただお人好しなだけの夫を、自分から殺そうとしたのか。

 「あ……ああぁっ……!」

 極限のパニックと、自らの愚かさが招いた完全な敗北。

 私の頭のネジが、完全に弾け飛んだ。

 「どうして……どうしてこんなことに……! 私は、私はただ、裕福な人生が欲しかっただけなのに!」

 私は床に這いつくばり、涙と鼻水で顔をドロドロにしながら狂ったように泣き叫んだ。

 誰も信じてくれない。誰も私を助けてくれない。

 この裕福な生活も、エステも、ハリー・ウィンストンのジュエリーも、すべてが私の手からこぼれ落ちていく。

 (終わった。私の人生は、完全に終わった……)

 絶望のどん底に突き落とされた私の内側から、最後に残った自暴自棄のマグマが激しく噴き出した。

 どうせすべてを失うなら、この私をこんな惨めな姿にさせた元凶である、あの愚かな夫の心も、完膚なきまでに破壊してやる。

 「隆史ィィッ!」

 私は血走った目を剥き出しにして、廊下の隅で呆然と立ち尽くす夫を睨みつけた。

 「あなたのせいよ! あなたがいつもいつも、気持ち悪いほど私にへばりついて、息が詰まるような愛情を押し付けてきたからよ! 私はね、最初からあなたのことなんて、これっぽっちも愛していなかったわ!」

 「栄子……」


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