表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夫の子①、彼の子②の、③つ子ちゃん ~3兆分の1の奇跡に溺れた托卵妻の完全犯罪計画~  作者: 団田図


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/34

第18話 暴かれた真実

 それから数日後。

 午後、私は新しく届いたクレジットカードの明細書を保管するため、隆史たかしの書斎に入った。

 分厚い遮光カーテンが引かれた薄暗い部屋。私はアンティーク調のキャビネットの引き出しを開け、いつも通りファイルの束を整理しようとした。

 その時だ。

 革張りのファイルの間に、一部がはみ出している不自然な白い封筒があることに気がついた。

 (……何これ?)

 何気なくそれを引き抜いた瞬間、私の心臓がドクンと嫌な音を立てて大きく跳ね上がった。

 宛名には『矢絡深やがらみ隆史 様』。

 そして差出人の欄には、『五反田DNA鑑定センター』という無機質な文字が印字されていた。

 私が先日、子供たちの粘膜を密かに送りつけたのとは、全く別の鑑定機関の名称だった。

 全身の血が、一気に足元へと流れ落ちていく。

 (……嘘でしょ?)

 封筒の口はすでにハサミで綺麗に切り取られ、開封されていた。

 私は震える指先で、中から分厚い報告書の束を引きずり出した。

 一枚目をめくり、そこに印字されていた『報告日』の日付を見た瞬間、私は息を呑み、その場に崩れ落ちそうになった。

 ——私が自分でDNA鑑定を依頼した日よりも、丸一ヶ月も前の日付だったのだ。

 (私が調べるよりもずっと前に……隆史は、誰かの血縁を調べていたの……!?)

 頭の中で、警鐘がドリンドリンと鳴り響く。

 私は脂汗を滲ませながら、震える手で報告書のページをめくった。

 そこに記載されていたのは、父親である隆史自身のDNAと子供たちを比較する一般的な父子鑑定であった。

 『父子DNA鑑定』検体【父】として隆史の毛髪、そして三人の子供たちの粘膜が比較された結果だった。

 報告書のページには、「DNA塩基配列」や「STR座位」「半同胞指数(Half-Sibship Index)」といった、私には理解できない専門用語と複雑な数値の羅列が、これでもかとばかりにびっしりと並んでいる。

 しかし、最終ページの『結論』の欄に書かれていた数行の文章だけは、残酷なほど明確に、私を奈落の底へと突き落とすには十分すぎた。


『検体【父】と、検体Aの父権肯定確率』

 ——【0%】生物学的父親であるとは認められない。


『検体【父】と、検体Bの父権肯定確率』

 ——【99.99%】生物学的父親であると認められる。


『検体【父】と、検体Cの父権肯定確率』

 ——【0%】生物学的父親であるとは認められない。


 「…………ッ、ぁ……」

 私の喉の奥から、空気が漏れるような乾いた音が鳴った。

 報告書を持つ両手が、ガタガタと制御不能なほど激しく震え始める。

 この無機質な文字の羅列が意味することは、たった一つ。

 『三つ子のうち、一人だけ別の男の子供が混ざっている』という、私の不貞の事実が、医学的に完全に証明されているということだ。

 (隆史は……知っている……?)

 この一ヶ月間。彼は、私の腹から産まれた三つ子の父親が別々であるという、この狂気じみた真実を知った上で、私に接していたというのか。

 「そんな……そんなはずないわ……っ!」

 私はキャビネットにしがみつき、必死に呼吸を整えようとした。

 人を疑うことを知らない、あの底なしのお人好しが。私を盲目的に愛し、子供たちを奇跡の天使だと崇め奉っているあの男が、こんな残酷な事実を知って、平常心でいられるはずがない。

 もし知っていたのなら、なぜ私を問い詰めない? なぜ私を罵倒し、この家から叩き出さない?

 理解不能な現実が、巨大な渦となって私の精神を飲み込んでいく。隆史が自ら子供たちのDNAを採取し、この鑑定を依頼したのだと、私は激しく理解したと同時に、夫の言動に理解の範疇を超えてしまうこととなった。


+++


 その日の夕方。

 重厚なエントランスの扉が開き、隆史が帰宅した。

 「ただいま、栄子。僕の美しい女神」

 隆史は私を見るなり、満面の、心底幸せそうな笑顔を浮かべ、いつも通りに私を力強く抱きしめた。

 「お、おかえりなさい……あなた……」

 私は顔の筋肉が引きつるのを必死に抑え込み、恐怖で冷え切った体を彼に預けた。

 「今日も一日、天使たちの世話をありがとう。本当に、君と子供たちがいるこの家は、僕にとって天国だよ」

 隆史の太い腕が、私の背中をさする。

 その「底知れぬ底無しの優しさ」が、今や巨大なバケモノの触手のように感じられ、私は声も出せずに震え上がった。

 知っているはずだ。私の浮気を。他人の血が混ざっていることを。

 それなのに、なぜ彼は、いつも以上に狂気じみた愛情を私に注ぐことができるのか。この笑顔の下で、一体どんなおぞましい憎悪を煮えたぎらせているというのか。

 パラノイアのように肥大化していく被害妄想が、私の正気を完全に蝕み始めていた。


 深夜のベッドルーム。

 最高級のシルクのシーツの上で、隆史はいつものように私を神聖な祭壇に捧げる供物のように、ひたすらに優しく、丁寧に愛撫した。

 「……栄子、愛しているよ。君のすべてが愛おしい」

 暗闇の中で甘く囁く隆史の手が、ゆっくりと私の下腹部へと滑り降りていく。

 そして、私のビキニラインに横たわる、十五センチの帝王切開の傷跡。その引きつれた白い線に、彼の熱い唇がねっとりと押し当てられた。

 「三人の天使たちが通ってきた、奇跡の通り道だ。世界一美しくて、尊い勲章だよ……」

 昨日までなら、私が「完全勝利」を確信して嘲笑えたはずの、その狂信的なキス。

 しかし今、真実を知っているはずの彼が私の傷跡に触れた瞬間、私の脳内ではその行為の意味が完全に反転していた。

 (違う……。これは、愛情なんかじゃない)

 傷跡をなぞる彼の指先が、鋭利なメスのように冷たく感じられる。

 『お前が他の男のガキを産み落としたこの腹を、俺はいつでも切り裂いて、中身を引きずり出せるんだぞ』

 声なきサイコパスの脅迫状。

 暗闇の中で彼が微笑んでいる姿を想像しただけで、恐怖で全身の毛穴が開き、呼吸が浅くなった。

 「……っ、ひぐっ……ぁ……」

 絶望と極限の恐怖に耐えきれず、私の目から大粒の涙がとめどなく溢れ出し、シーツに黒いシミを作っていった。ガタガタと震える私の肩を、隆史が驚いたように見下ろした。

 「栄子……? どうしたんだい、泣いているのか?」

 「あ、なた……怖い、怖いよぉ……っ」

 私が声にならない悲鳴を上げると、隆史は私の顔を両手で包み込み、自らも涙ぐみながら、私を窒息しそうなほど強く抱きしめてきた。

 「ああ……栄子。僕の深い愛情が伝わって、感動してくれているんだね。泣かないで、僕の可愛いお姫様」

 「……っ!?」

 「僕はずっと君を愛しているよ。何があっても、絶対に君を離さない。……絶対に、逃がさないからね」

 耳元で甘く囁かれたその言葉は、私にとって完全に『死の宣告』だった。

 狂っている。この男は完全に狂っている。

 私の震えを『愛への感動』だと勘違いし、恍惚とした表情で私を抱き潰す夫。

 私は暗闇の中で、声にならない絶叫を上げながら、自分が完璧に作り上げたはずの黄金の鳥籠が、決して逃げ出すことのできない「拷問室」へと変貌してしまった事実を、絶望と共に噛み締めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ