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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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真相

 

 魏祥ぎしょうは可愛い熊犬が殺され、半狂乱に陥った。顔を歪め叫ぼうとするが、おそろしさで声も出ない――男はすかさず大剣を振り回し、魏祥ぎしょうの首を一刀両断にした。


 絶命した瞬間、魏祥ぎしょうは叫び声を上げようとしていたため、まるで狂い笑いしているように壮絶に、裂けるほどに口を大きく開けていた。恐怖の絶頂で固まったその顔は、闇夜に舞い、月光を浴びておどろおどろしく映った。


 天高く刎ね上げられた魏祥ぎしょうの首を、境内を進んで来たおう賢妃けんぴが目撃――狂ったように悲鳴を上げる。


 おう賢妃けんぴに続き、豊紈ほうかんも宙を舞う首に気づく――そして呆気に取られた。

 豊紈ほうかんにはすぐに分かった――あれは魏祥ぎしょうの首だ――あれを刎ねたのは私の男だわ。


 豊紈ほうかんは狡賢く考えを巡らせた。こういう時に豊紈ほうかんは情に流されず、合理的に物事を判断することができる。

 そうね――魏祥ぎしょうに利用価値がないのなら、死体はあとで発見されてもいい――腹を裂く工作だけして、飛頭蛮ひとうばんの被害者に仕立ててみるのも、ありかも。首が胴と離れていて、腸をまき散らした状態で死んでいれば、いかにもそれっぽいじゃない?

 飛頭蛮ひとうばんに襲われて魏祥ぎしょうもあやかしになりかけたけれど、結局死んでしまったというふうに解釈されるでしょう。


 けれど待って……よくよく考えてみると、魏祥ぎしょう沶竟いけい出身だった……つまり彼女の実家はここから近い! おまけに魏祥ぎしょうの家はものすごく裕福よ――これまでに沶竟いけいで誘拐した娘同様、上手くやれば金になるわ。

 そうなると死体が見つかるとまずいから、男に持ち去ってもらう必要がある。


 おう賢妃けんぴが失神してしまったので、豊紈ほうかんは急ぎ階段下に駆けて行き、男に向かって早口に告げた。


「今のうちに逃げて――いいからほら、魏祥ぎしょうの死体をすべて持っていくのよ! 首も体も! 魏祥ぎしょうのうちはとびきり裕福だからね、これまでに誘拐した娘よりも、もっと高い金をしぼり取れるわ」


 男は素直に頷き、言うとおりにした。


 あとには熊犬の死骸が残され――……。


 ここで豊紈ほうかんはふたたび考えを巡らせる――おう賢妃けんぴ飛頭蛮ひとうばんを目撃した際、私も隣にいたわけよね――だとすると、「何も見ませんでした」ととぼけるのは得策ではない。

 仕方ない――「飛頭蛮ひとうばんを私も見ました」と話を合わせるしかないわね。

 そうなると……熊犬の死骸が綺麗なのは、問題ではないかしら?


 そこで豊紈ほうかんは木立に入り手頃な棒を拾って来て、熊犬の腹に突き刺し、かき混ぜた。

 階段は血の海だ――犬の体から流れ出た血にしては多すぎる。当然だ、大部分は、魏祥ぎしょうの首を刎ねた時の血なのだから。

 けれど飛頭蛮ひとうばんが絡んでいるとなれば、多少奇妙な状況でも、怪しむ人などいないのではないかしら。

 熊犬の腸を出し終えたので、使った棒を木立の中に投げ捨て、息をつき階段を上がったところで、やって来た桃義とうぎと出くわした。


 そのあとは寺院から去った男が魏祥ぎしょうの死体から指を切り、木箱に入れて、実家に送りつける準備を整えた。一緒につける脅迫文は、豊紈ほうかんが夜のうちに寺院で書いておいた。

 朝になり、豊紈ほうかんはこっそり外に出て、作成した脅迫文を男に渡した。

 なぜ簡単に寺院から抜け出せたのか?

 それは昨夜の小火ぼや騒ぎ、そして熊犬の死、おう賢妃けんぴが寝込んでしまったこと――色々重なって警備が手薄になっていたからだ。

 すべてが上手く運び、見事、五百貫を手に入れた。

 だめもとであと五百貫、魏祥ぎしょうの親から引っ張ってみようか――払ってもらえれば、儲けものだ。


 この一件で大きく稼げたので、豊紈ほうかんは次の外出の機会を待ち、男と遠くに逃げるつもりだった。

 それで次の外出が決まったら、もう後宮には戻らない、勝ち逃げしてやる――もうすぐ自由、金、すべてが手に入る!

 勝ちは確定していたはずなのに、あと少しのところで、ばれてしまうなんて。


 豊紈ほうかんは縄をかけられ、暗くみじめな牢に連れて行かれた。

 収監されて終わりではない――豊紈ほうかんは極刑に処される。


 * * *


 すべてが決着し、雪華は肩の荷が下りた。

 とはいえ解決のためかなり際どいこともしたので、後味が良いとは言えなかった。

 けれど後悔はしていない。


 豊紈ほうかんを揺さぶりめるためには、同席している桃義とうぎでんたんも怖い目に遭わせる必要があった。

 巻き添えを食うふたりは、さすがに気の毒だろうか……事前に少しだけ迷ったけれど。


 それでもやはり必要な犠牲だ。

 犯人の豊紈ほうかんは頭が回るので、同席しているほかの面々が『これは芝居である』というのを知りながら参加していると、それを巧みに嗅ぎ取り、おそらく尻尾を出さない。

 ただおう賢妃けんぴだけは別格で、すべてを知っているほうが本人に凄みが出るため、雪華は真相をあらかじめ話した上で参加してもらった。


 残る二名、桃義とうぎでんたんは、肝を冷やすことになるだろう。

 可哀想? いいや――正直に言えば、あまり同情はできない。


 桃義とうぎは不誠実な人間であり、雪華は彼女のために親身になることができなかった。以前から桃義とうぎキョウ道士にすり寄り、あるじのおう賢妃けんぴの情報を流して裏切っていた。守秘義務があるのにおう賢妃けんぴの出家先をべらべら話したのは問題がある。そしておう賢妃けんぴがやつれて寝込んでいるのを、どこか冷笑的に眺めていたのも、印象は良くなかった。以前から虐げられていたならまだ分かるが、おう賢妃けんぴほど公正なあるじはなかなかいないと雪華は思っている。


 そして宦官のでんたん――こいつも問題がある。でんたんは、娘がいなくなったと聞いて狼狽している魏祥ぎしょうの両親を、きつくののしった。「昨夜、娘さんが近くの寺院から逃げました。正直に言いなさい、こちらに戻っているのでしょう? 家のどこかにかくまっているなら、大変なことになりますよ!」――いきなりそうまくし立てられた魏祥ぎしょうの両親は、どんなにつらい思いをしたことか。


 だから雪華は、桃義とうぎでんたんが八角卓の前でどんなに怯えても、心が動かなかった。



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