姜道士の失態
戦の時は、衝撃的な光景が繰り広げられたことだろう。生き残った人が目撃した内容をおそろしげに語り、「戦場ではいくつも首が飛んだ」という共通認識が、地域にしっかり定着していく。
そして「無念のまま亡くなった者たちは、首だけの状態になっても、この世を恨んでいる。仲間を増やそうとするかも」――そうした物語性が加わり、闇夜で見た鳥の影におびえる人が出てくる――結果「飛頭蛮が出たぞ、俺は確かに見た!」となるわけだ。
こうしたことはほかの戦場でも同じことが起こりえる。
だから飛頭蛮は全国各地で有名なあやかしとなったのかもしれない。
あるいは――「飛頭蛮は実在するからこそ、大勢が見ているし、大勢が知っている」という可能性もあるのだが……。
ここで雪華はあることに気づいた。
「姜道士が三人女官に数珠をあげた際、『飛頭蛮除け』だと説明したそうです。黄賢妃が飛頭蛮を目撃する『前』に、数珠のやり取りがあったらしいので、どういうことなのか疑問に思っていました。しかし姜道士からすると、『あなたたち、飛頭蛮が出ることで有名な沶竟に行くのなら、お守りをあげますよ』というわけで、筋は通っていますね」
「矛盾はなさそうです。姜道士が飛頭蛮騒動を計画したなら、女官に数珠は渡さない気がします」
そうね……確かにそう。
寺院で人首に似たものを飛ばして、黄賢妃をおどかす作戦を立てたなら、一緒にいる女官も本気で怯えたほうが、姜道士にとっては都合が良い。
彼女が黒幕ならば、三人女官に魔除けの数珠を渡すはずがない――……。
色々考えていくと、『飛頭蛮は実在するし、これまでに何人も若い娘を食っている』という説が、一番しっくりくる気がする。
後宮に……すでに入り込んでいるのか? 獰猛な飛頭蛮が。
朱翠影が静かな呟きを漏らした。
「しかし……姜道士も残酷なことをしますね。魔除けの数珠があるのなら、こっそり黄賢妃に渡しても良かっただろうに。皇后に気づかれないよう、そのくらいのことは自分の裁量でできたはず。数珠に効力があるかは知らないが、少なくとも沶竟にいた時、黄賢妃がそれを着けていれば、飛頭蛮を目撃しても、気を強く保てたでしょう。今こうして、病んで寝込むこともなかった」
それを聞き、雪華は胸を痛めた。
黄賢妃が実際にはどんな人なのか、それは知らない。
雪華が知っているのは、頬がこけ目が落ち窪み、怯え切っていた可哀想な女性だ。
――桃義から聞いたのだが、姜道士は三人女官それぞれと直接会い、手渡しで数珠を贈ったそうだ。
もしも桃義にまとめて三つ渡していたなら、彼女は憎んでいる同僚の魏祥にはあげなかっただろう。
姜道士は桃義から興味深い話を色々聞けたので、味をしめて、ほかの女官にも恩を売っておこうと考えたのかしら?
黄賢妃が後宮を出るまでは、この三人が役に立ちそう……そう思ったのかもしれない。
けれど魏祥は姿を消した。
彼女が飛頭蛮に襲われたのだとしたら、これは完全に姜道士の失態である。
魔除けの数珠には効果がなかったことになり、姜道士には神通力がないという結論になる。そうなるとこの先、飛頭蛮退治で彼女に期待できることは、何ひとつない。
つまり雪華が成功させるしかない。
たとえ自分が失敗しても、姜道士がいる――この考えは捨てよう。
* * *
「それで――黄賢妃はあの晩、具体的に何を目撃したのですか?」
朱翠影が尋ねた。
リリ……と軽やかに鳴いていた庭園の蟋蟀が、いつの間にか沈黙している。
闇深く、湿った風が吹き抜けていく。
雪華は表情を失い――……ひとつ息を吸い、静かに語り始めた。




