朱翠影が笑った?
――雪華の話に耳を傾けていた朱翠影が、何か物言いたげにこちらを見てくる。
苦言を呈したいわけではなさそうで、むしろ面白がっているような顔つきだ。
雪華は卓上の果物に手を伸ばしながら、横目で朱翠影を眺めた。
「なんですか、その顔」
「いえ――雪華殿らしいな、と思いまして」
……雪華殿らしい? 何が?
彼が続ける。
「黄賢妃から『私は取り憑かれているか?』と尋ねられた時、答えは『はい』か『いいえ』の二択になるが、『はい』という答えは益がないので却下――そんなふうに理路整然と消去法で決めるところが、面白いと思いました」
「あのですね、朱殿」
雪華は少しむくれた。
「私、普段は嘘が嫌いなんですよ」
「ええ分かっています」
本当に?
「嘘が癖になると、親しい人が離れて行きます。ただ――正しい目的がある時は、清濁併せ吞む必要がある――その場合、私は正直さを封印します。人を貶めない限りは、『嘘も方便』と言いますしね」
「そういう考え方、私は好きですよ」
……ねえ本当に?
雪華は半目で朱翠影を流し見る。
「朱殿……また私を無理に甘やかそうとしていませんか」
「いいえ、無理にではなく、率先して甘やかそうとしています」
「私をだめ人間にするつもりですね?」
「そんなつもりはないですが、だめ人間になった雪華殿を見てみたい気もします」
とうとう認めた……! やはり朱翠影は私をだめ人間にしようとしている!
雪華は俯き、むくれながら果物を口に運んだ。耳……赤くなっているかも……朱翠影が変なことを言うからだ。
「雪華殿、話の続きは?」
「今、果物を食べているのです」
「すみません、では待ちます」
「………………」
ちょっともう、絶対怒らないな、朱翠影!
この事態に雪華は内心震え上がり、やがて情けない顔で彼に謝った。
「こちらこそすみません……話を続けますね」
宵の空は段々と闇に覆われていき、互いの輪郭が段々とぼやけてくる。
灯籠の灯りは朧だ。
はっきりと目視できない中で、隣にいる朱翠影が、口角を上げてくすりと楽しげな笑みを零した気がした。
今……笑った?
彼は笑わない人だと思っていた。出会ったその日から、こちらを見る瞳はいつも優しかったけれど、こんなふうに悪戯な感じは見たことがない。
でも……笑ったと思ったのは、気のせいかしら。「誰そ彼は」……の薄暗さの中に、ふたりはいるのだから。
雪華は瞬きをひとつして、ほう……と息を吐いた。
そう――話の続きをしなくては。
昼間後宮で、ふたりの女官から聞いたことを、彼に伝える必要がある。
――大柄な女官、豊紈。
――小柄な女官、桃義。
豊紈は黄賢妃と共に、飛頭蛮を目撃した。
そして桃義は当日、寺院に同行していたものの、現場には居合わせなかった。こちらが求めていないのに、豊紈との話し合いに同席したいと、自分から申し出た。
雪華は金銀器に注がれた枣水で唇を潤し、三者面談がどんなものだったかを説明し始めた。




