高貴な部下
皇帝がからかうように尋ねる。
「雪華、今どんな気持ちだ?」
今どんな気持ちだ? ですって? 悪趣味な問いに眉根が寄りそうになり、雪華は鋼の自制心でそれをこらえた。
慶昭帝の御前で顔をしかめたとあらば、「不敬」として首を落とされかねない。
「慶昭帝――おそれ多いことでございます」
それ以上は言葉が続かず、喉が詰まった。現在身に纏っている高価な絹の襦裙は平民にはふさわしくないし、この場のすべてが苦痛だ。
慶昭帝が楽しそうに続ける。
「そなたの斜め後ろに控えている朱翠影――私の腹違いの弟である彼が、今日から雪華の部下になるんだぞ。もっと嬉しそうな顔をしろ」
ぐう……とっさに呻き声が口から漏れそうになった。
確かに朱翠影は慶昭帝の実弟であるが、母の身分が低いために朝廷では皇族にふさわしい権力を持っていない。
とはいえ前皇帝の血を引く十七歳の端麗な青年だ――どんな事情があるにせよ、やんごとなき彼が団子屋の娘の下に置かれるのはおかしい。彼は雪華よりも年もひとつ上なのだし。
雪華は心の中で朱翠影に「申し訳ありません」と詫びた。だけどたぶん彼は……あとで実際に謝ったとしても、礼節を崩すことなく「気にしないでください」と答えるだろう。
居心地の悪そうな雪華を眺めおろし、慶昭帝は機嫌が良さそうだ。
「翠影の身分は『司隷校尉』であり、雪華よりもだいぶ上なのだが、そういったことは気にせずこき使ってやれ」
こき使えるわけないでしょうが……伏し目がちに耳を傾けていた雪華は苛立った。
慶昭帝の悪ふざけの対象が、今度は端正な青年、朱翠影に移る。
「どうだ翠影――雪華はお前の命を救った恩人だろう? 彼女を支えてやれるか?」
「尽力いたします」
朱翠影の受け答えは誠実で隙がない。
彼の落ち着いた声音を聞き、雪華は清い川の流れに手をひたしたような心地になった。