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イシュト大陸物語 ~終着の地~  作者: 明星
聖王都への旅路
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信仰の段

改めて街道の状態を見てみる。

何箇所にも渡って大きく抉られて出来ている窪みは、荷馬車の車輪を確実に落輪させるだろう。

とはいえ街道を逸れようにも草が生い茂り地面の状態が分からない。

それにそもそもこんな細工をしているのであれば、街道の外にも何かしら仕掛けられていると考えて間違いはないはずだ。

面倒なことを、とギルが顔を上げた瞬間強い風が吹き抜けた。

日が出ているからか、風はそれほど冷たくない。

気がつけば、寒い季節はもう終わりを迎えようとしているのかもしれなかった。

「相手のことが分からない以上、ここは乗ってみるしかないと思います」

ギルの言葉にラドリアスは頷く。

「ロザーナ、君が馬の手綱を握ってくれるかい?」

普段荷台に座っているだけのロザーナは、ギルの言葉に一瞬躊躇ったが「ただ握っているだけでいい」という言葉で御者席へと移った。

ラドリアスは自分の馬を一旦街道の端へと避け、ロザーナが手綱を握る馬のハミ輪を掴むとゆっくりと前に歩かせた。

馬は器用に窪みを避けていくが、少し進むと大きな音を立てて車輪が窪みに落ちてしまった。

「では、押すとするか」

わざと少し大きく呟き、ラドリアスが荷台の後ろへ歩いて行く。

ギルも同じように後ろにつくと、男2人で力いっぱい荷台を押した。

僅かに、荷台が動く。

その動きに反応して、馬も前に進もうと足を進める。

しかし一度で車輪が窪みから出ることができない為に、反動をつけて何度も繰り返す必要があった。

繰り返し、繰り返し、今だという時に思い切り力を込めることで、ようやく車輪を窪みから押し出すことができた。

「さて、あと何度やれば終わるのだろうな」

相変わらずラドリアスの言葉は少し不自然に大きい。

そうして1つ、2つと窪みを越えて、窪み地帯の真ん中辺りまでやってきた時だった。

これまでと同じように男2人が荷馬車を押す。

力を込める為に視線が下を向いてしまうことで、自然と周りが疎かになってしまう。

そんな瞬間を狙ってか、不意に後方から勢いのある馬の足音が聞こえてきた。

かと思った矢先、その馬に跨る者は荷台にある荷物を掴んでそのまま走り去ってしまった。

それはあっという間の出来事だった。

皆が他のことに集中している中で、的確に金銭の入った荷物を掴み、一瞬にして去っていった。

しかも、現れた盗賊はたったの1人であり、その手法の鮮やかさに、一瞬何が起きたのかが分からなかったほどである。

「なるほど。緩急のつけ方が、上手いな」

ラドリアスは感心したように、去っていく盗賊の後ろ姿を見送っている。

「追います」

そう言ってギルが避けてあった馬に向かって走り出そうとしたのだが、しかしラドリアスがそれを止めた。

「他に潜んでいないとは限らない」

この場を手薄にした瞬間に仲間が襲ってくるかもしれない、とラドリアスは言う。

「今は一先ずこの穴だらけの場所を乗り越えよう」

そう言ってラドリアスが荷馬車を押し始めるものだから、ギルもそれに習うしかなかった。

結局、荷馬車が街道の窪み地帯から完全に抜け出した頃には盗賊の姿は完全に消え失せ、結果として他の盗賊が現れることもなかった。

「まいったな」

盗られた荷物に入っていたのはギルの全財産であり、それを盗られてしまってはこの先旅を続ける手段がない。

ラドリアスに頼んで借りるべきか、それとも引き返して仕事を請け負うべきか。

それでも駄目なら不本意ではあるが実家の伝手を頼り、カーマイン商会に顔を出して金を工面するしかない。

時間にすれば僅かなものであったが、そんなギルの考えは、その直後のラドリアスの言葉で杞憂に終わった。

「君達はここで待っていてくれ」

盗賊を追ってくる、そう言ってラドリアスが馬に跨る。

「でも、どこに行ったのか見当もつきませんよ」

盗賊は進行方向に向かって馬を走らせたが、そのまま街道をひた走る様な馬鹿な真似はしないだろう。

そうなると逃げた方向は見渡す限りの周囲全てであり、完全に姿を見失った今となっては追いかけようがない。

「なに、追跡術には少しばかり心得があってな」

そう言ってラドリアスは難しく考えている様子はない。

「少し時間は掛かるかもしれないが、君達はここで待っていてくれ」

言うな否や、ラドリアスはギルの返事を待つことなく馬を走らせると盗賊が消えた方向へ向かって全力で馬を走らせていったのだった。

「これも、あれなのかな?巡回隊士だからできる、とかなのかな?」

ロザーナが感心したように言う。

ラドリアスとギルとでは、生きてきた年数も、経験も違うのは間違いない。

ラドリアスの言動や技術が、その中で培われてきたものなのだとしたら、全くもって羨ましい限りだと、ギルは思った。

戦う術には多少の自信があるが、それ以外のこととなると基本的な旅の心得程度しか身についてはいない。

一時期そんな旅に嫌気が差していた時期もあったのだが、こうして自分のできないことがあるのだと気づいた今、ギルの目の前には自分の知らない世界がまだまだ広がっているのだと思い、少し口角が上がってしまうのであった。

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