二つ名の段 終
魔物商人がヴェラである可能性、その可能性は充分にある。
数体とはいえ、檻に入れた魔物を連れての行商は難しい。
危険極まりないし、討伐隊に見つかりでもすればその場で連行されてしまうだろう。
だから、ということでもないのだろうが、これまで魔物を扱う商人など聞いたこともなければ見たこともない。
それに魔物を捕らえて売るなどという事を商いにしたところで、一体どれだけの需要があるというのだろうか。
この街のように刺激を求めている者たちのいる場所は確かにあるだろう。
しかし、だからといって魔物を求めている場所があるのかどうかは見当もつかない。
にも拘わらず、だ。
魔物商人は的確にその場に訪れた。
必要だと知っているからできたこと、なのではないだろうか。
それに、とギルは昨夜の戦いを思い出す。
昨夜戦ったリザードマンとゴブリンは、恐らく特異個体だ。
あれほどの力を持つ魔物2匹を捕らえて、無傷のまま檻に入れるなど、普通の人間に出来はしない。
だがしかし、不確かな情報も鵜呑みにして考えれば、それができる者に1人だけ思い当たる。
「ヴェラ、かもしれません」
ヴェラならばこの街の現状、そして行く末が視えるだろう。
特異個体の魔物が相手でも、無力化することができるだろう。
馬鹿げた話だが、噂のように姿を消し、彼方此方へと移動できるのであれば、数が少ない特異個体を集めることもできるだろう。
魔女の、その何かしらの力を使えば、魔物を檻の中で大人しくさせ、討伐隊の目を潜りながらこの街まで来ることも容易いだろう。
「しかし」
本当に馬鹿げた話だ、とギルは自分で描いた魔女像を、大きな溜息と共に頭から追い出した。
「ヴェラがなんと呼ばれていようと、あの人はただの人間ですよ」
人ではない人間、例えそうであっても、人間であることに変わりはない。
その目を持って、尋常ではない行動が取れるにしても、言ってしまえばそれだけだ。
おとぎ話や昔話で聞くような、そんな不思議な力が使える空想上の人物ではなく、実在する、その正体もはっきりと知っている、ただの人間なのだ。
「それにヴェラだとしたら、こんなことをする理由が分かりません」
街を混乱に落とすなど、ただの愉快犯のやることだ。
ヴェラはそんなことはしない、それだけは断言ができる。
「確かに」
とラドリアスは頷く。
「ヴェラ君がこんなことをして、何を目的としているのか、僕にも皆目見当がつかない」
しかし、とラドリアスは顎を撫でながら続ける。
「意味を考えるのは、それこそ意味がないことなのかもしれない」
黙る皆の前で、ラドリアスは一度考える仕草を見せて口を開いた。
「魔女、とあえて呼ばせてもらうが、魔女の考えることが分かるのは、魔女だけだ」
討伐隊が襲われたあの夜のこともそうだ、とラドリアスは続ける。
「僕達は魔女の考えていることが理解できない。ならばいっそ、理解することなど止めたほうがいいのかもしれない」
そういうものなのだ、と割り切ったほうがいいのでは、とラドリアスは言う。
一理ある、とギルは思う。
ずっと、ずっと考えてきたあの夜の出来事。
だがどれだけ考えたところでヴェラが討伐隊員達を皆殺しにした理由は分からない。
ならば「そういうものだ」と割り切ったほうが楽にはなるだろう。
「でも」
とギルは膝の上で拳を握った。
「俺は、ヴェラが可怪しくなってしまったなんて、思いたくないです」
最後に会ったヴェラは、子供の時に出会ったヴェラと何も変わらなかった。
意味もなく人を殺すような人間では、決してない。
「勘違いしないでくれ」
とラドリアスは口元だけで笑う。
「僕が言いたいのは、これがヴェラ君の仕業なのであれば、僕達は1つ乗り越えられたのではないか、ということなんだ」
よく分かりません、とギルは正直に答えた。
「つまりだ」
とラドリアスはまとめているのか、また少し考える仕草を見せた。
「今、この街に来たことは、ヴェラ君に予想できたことなのかもしれない」
ラドリアスは静かにそう言った。
あの夜以降姿を消したヴェラがこの街でのことを仕組んでいたのだとすれば、ヴェラなりの意味があったはずだ。
複数の分かれ道を経て辿り着いたこの街は、ヴェラにとって何かを仕組むだけの意味のある場所だったのだ。
「僕はそう、考えたのだが」
どうだろう、とラドリアスは皆の考えを促す。
「何のことか全く分からねぇ」
拳王が剃り上げた頭を撫でたが、ラドリアスはもともと彼に期待はしていないようで、ギルとロザーナの2人を見つめている。
結局、ラドリアスが何を言いたいのかよく分からない。
隣のロザーナを見ても、やはり同じような顔をしている。
「つまり」
そう言いながらギルは考えた。どう言えばいいのだろうか。ラドリアスの言わんとしていることが何となく分からないでもないのだが、それをどう言い表せばいいのかが分からない。
「つまり、俺達はヴェラの用意した試練?に打ち勝てた、ということですか?」
自信のない答えだ。しかし。
「そう、その通りだ!」
とラドリアスは両の手を打った。
「僕達は無事この街まで辿り着き、そしてヴェラ君に与えられた戦いに打ち勝つことができた」
とても素晴らしいことだ、とラドリアスは笑顔を作る。
「でも、それは」
こうなる結果が視えたからこそ仕組まれたこと、そう考えるのはヴェラに優しさを求めすぎているのだろうか。
ヴェラと親しくない者からすれば、昨夜の戦いは与えられた試練のようなもので、それを乗り切ったと捉えることもできるのだろうか。
そう思い、ギルは一度は開きかけた口を閉じた。
「さっきから何の話をしてるのか分からねぇがよ」
拳王がうんざりした様子で口を開く。
「そろそろ俺が来た用事を済ませてもいいかい?」
そんなものがあったのか、とギルは苦笑して続きを促した。
「あのな、お前達の二つ名をどうしようかと思ってな」
この言葉に、ギルとロザーナは揃って同じことを思った。
一体何の話なんだ、と。




