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イシュト大陸物語 ~終着の地~  作者: 明星
聖王都への旅路
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二つ名の段

深く息を吸うことができた。

今、なぜ自分が夜空を見上げているのかはちゃんと理解できている。

意識も、はっきりしている。

起き上がらなければ、そう思った直後、こちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。

ペタペタと、柔らかいものが地面を蹴る音。

今度は考えるよりも早く、ロザーナは体を捻った。

ドン、と頭のすぐ後ろで大きな音が響く。

体を捻った勢いのまま急いで起き上がると、先程まで頭のあった場所をゴブリンが思い切り踏み抜いていた。

(危なかった)

もう少し遅れていたら、思い切り頭を踏みつけられていただろう。

そうなると流石に無傷というわけにはいかない。

ロザーナは一旦後方転回してゴブリンから距離を取った。

またすぐに距離を詰めてくるかと構えたが、ゴブリンは少し荒い呼吸をしながらその場に立ち尽くしている。

(相手も、疲れてるんだ)

少し、意外だった。

ロザーナはゴブリンを見つめたまま左手で右の手甲を触る。

金属の手甲は大きくへこんでおり、潰れた内側が右手の甲を圧迫しているような違和感があった。

本当に、危なかった。

下段への蹴りが躱された直後、放たれたゴブリンの一撃を両の手で防げだのは体が勝手に反応した、偶然の出来事だった。

革紐を解いて手甲を地面へと落とす。

幸い手は痺れてはいるものの痛みはなく、戦うことに支障はなさそうだ。

ゴブリンの強烈な一撃は、その強烈さ故にロザーナの体を硬化させ、そのおかげで大怪我には至らなかった。

落ち着いて考えてみれば、金属の兜を曲げることができるような相手だ。

こんな体でなければ間違いなく両手ともに骨が砕かれていただろう。

(感謝、したほうがいいのかな)

人ではない人間になったこと、それを感謝するのもおかしな話のような気がしたが、それでもこの場ではこんな体であることがありがたかった。

(どうしようかな)

意識して深い呼吸を繰り返す。

これまで相手の攻撃を躱してから反撃に転じる戦い方をしてきたが、このゴブリンが相手では通用しない。

自身の攻撃後の隙を突かれた反撃にも、ゴブリンは余裕で対応してしまう。

その結果がこれなのだから、同じ戦い方ではまた、同じ結果になるだけだろう。

急速に収まっていく手の痺れを忘れ去るように、ロザーナは大きく掌を振って固く拳を握りしめたのであった。


どちらも静かな戦いであった。

ロザーナ達の方からは何も聞こえてこない。

実際何かしらの音がなっているのかもしれないが、そこまで気が回せるほどの余裕がギルにはなかった。

相変わらずギルの攻撃は受け流され、その合間合間に繰り出されるリザードマンの剣撃を、ギルはどうにか盾で防いでいた。

激しく斬り合っている見た目とは裏腹に、そこから聞こえる音は随分と静かなものであった。

(このままじゃ駄目だ)

今のギルの攻撃は、全力と言っていい。

しかしリザードマンの方はというと、見た目で判断しづらいのだが、まだまだ余裕があるように見える。

まるで剣の師匠のようにおおらかに構え、手解きをするかのように攻撃を繰り出してくるのだ。

片やギルの方はというと片方の手で斧槍を振り回し、もう片方の手で盾を操っている。

両者の動きを比べると、体力の消耗が激しいのは明らかにギルであった。

戦いが長引けば長引くほど、不利な状況になるのは目に見えている。

(どうしたものか)

ギルはこれまで戦いにおいて常に先手を打ってきた。

鋭い初撃で相手を打ち倒すような戦い方ばかりを繰り返してきたのだ。

だがしかし、だからこそ、その一撃をいなすことができるような存在を相手にした場合、当てることができる次の一撃を放てるような技量が、ギルにはないのだ。

ただ真っ直ぐに、ただ速く、ただ鋭く。

愚直とも言えるその戦い方以外の戦い方を、ギルは知らない。

如何に軽い素材で作られているとは言え、斧槍を振り回し続けることはできない。盾で自分を守り続けることはできない。

少しずつ体力は削られていき、ギルは全身に汗をかきながら荒い呼吸をするようになっていた。

(結局、ラドリアスさんの言いたいことはよく分からないままだった)

以前手合わせをした際、ラドリアスは「倒せる一撃を当てたいと動くのではなく、倒せる一撃を当てる為に動くべきだ」と言っていた。

その言葉の中に、細かい意味合いの違いがあるのは理解できる。

しかし、ではどうすればいいのか、ということを考えても、結局いい考えは何も浮かばなかった。

あの時、ギルはラドリアスの言葉でラドリアスから目線を外し、その結果喉元に木の棒を突き付けられることになった。

(同じことをすればいいのか)

とも思ったが、戦いの中で相手の注意を逸らすような、そんな器用な真似が自分にできるとは思えない。

それに、そんな戦い方はやはり、したくない。

だがこのままではリザードマンを倒すことができない。

(どうすればいい) 

ギルは斧槍を何度か握り直しながら、掌へと熱を込めたのだった。


違う場所で戦いながら、奇しくもギルとロザーナは同じ問題に直面していた。

これまで比較的弱い者達を相手にしてきたことにより、2人とも自分なりの戦い方だけで乗り越えられてきたのだ。

しかし、今、その戦い方では通用しない相手が現れてしまった。

そしてその相手とは己1人だけで戦わなければならない。

どうすればいいのか、どう戦えば勝てるのか。

落ち着いて考えることのできない状況の中で、それでも2人は新しい答えを見つけなければならないのであった。

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