二つ名の段
蹴り飛ばされたことにより、先程よりも冷静になれている自分がいた。
敵に意識を集中することで、図らずも自らの視野すらも狭めていたのかもしれなかった。
(避けて、その勢いのまま直後に蹴りを放つ)
ゴブリンの動きは見えている。
そして思いは僅かな遅れを生むことなく動作へとつながっている。
だがしかし、やはりこのゴブリンには当たらない。
攻撃後の、崩れた体勢への反撃は、およそ人間には不可能な動きで回避されてしまう。
人間ならば拳を完全に振り抜いた体勢から後ろに跳ぶことなどできない。
人間ならば蹴りを放った直後に四肢を広げ地面に張り付くことなどできはしない。
ゴブリンの動きが、出鱈目過ぎるのだ。
(一撃を待ってちゃ駄目なんだ)
反撃に転じる戦い方ではいつまでもゴブリンを捉えることができない。
(こっちから、もっと攻めていかないと)
そんな時、思い出されるのは一番身近な存在である、ギルだった。
ギルがどう戦っていたのか。ギルならば、どう戦うだろうか。
ふと、そんなことがロザーナの頭に過ったのであった。
リザードマンの剣筋にも慣れてきた。
などと言えれば、この戦いに勝ち筋を見出すこともできたであろう。
しかし、リザードマンは己の底を、まだまだ見せてはいなかったのだ。
武器を交差する事に、リザードマンの剣筋は鋭さを増していく。
妙に波打つその切っ先が、僅かにギルの体を捉えるようになってきた。
だが幸いなことに剣の当たる場所が鱗帷子や外套、盾という、竜の素材で作られている防具であるために未だ傷を負うようなことはない。
そんな中、リザードマンは剣戟の合間に時折剣の先端を不思議そうに指で触る。
不思議そう、と思ったのは、リザードマンがまるで人間のように首を傾げているからだった。
(剣が鈍らなわけじゃない)
その存在を知らないものからすれば当然疑問に思うだろう。
剣で斬れない外套があるのだろうか、と。
斬る感触がなさすぎる盾があるのだろうか、と。
目の前のリザードマンがただの魔物であればそんな事を疑問に持つような知能すらなかったのかもしれない。
しかし妙に人間然としたこのリザードマンには、それを疑問に思えるだけの知能があるのだ。
しかしだからこそ、ギルは急がなければならなかった。
もしもこのリザードマンが防具の秘密に気付いてしまえば、その剣先はギルの頭部だけを狙ったものに変わるだろう。
まだまだ底の見えないリザードマンの剣撃をいつまでも捌ける自信はギルにはない。
(ただ攻撃を仕掛けるだけでは、駄目だ)
ただただ真っ直ぐに振るう斧槍では、それがどんなに鋭くてもリザードマンを捉えることができない。
(攻撃を当てるための、何かをしなければ)
そんな時、思い出されたのは一番身近な存在である、ロザーナだった。
ロザーナがどう戦っていたのか。ロザーナならば、どう戦うだろうか。
ふと、そんなことがギルの頭に過ったのであった。
(ギルなら、まず自分から攻めてる)
ギルはいつだって積極的に攻撃を繰り出していた。
それによって危なくなる場面はあったが、それでもギルは、不器用なりに常に真っ直ぐに戦っていた。
(私も、そうしないと)
確信はなかった。確証もなかった。
しかしロザーナは今、ギルの戦い方にこそ勝機があるような気がしたのだった。
(ロザーナはいつも、相手の攻撃を避けてから反撃をしていた)
ロザーナの戦い方はギルとは正反対で、相手に攻撃をさせてから確実に反撃を叩き込むものだった。
反撃を叩き込めていた、ということはただ攻撃を返すということではない。
相手の攻撃の後、こちらの攻撃がただの攻撃ではなく、間髪入れず放たれた反撃でなければならないのだ。
(どうすれば俺も、そうできる)
確証はなかった。確信もなかった。
しかしギルは今、ロザーナの戦い方にこそ勝機があるような気がしたのだった。
思い切り、地面を蹴った。
それはいつもギルがそうしている時の勢いだった。
まず一撃。
躱される。
しかしそんなことはもう想定している。当たるなどとは思っていない。
だから、ロザーナは二の矢三の矢を放つ。
呼吸することを諦め、意識を集中し、動きの鈍くなっているゴブリンへ向かって何度も、何度も、休むことなく攻撃を続けた。
ゴブリンに反撃をする暇など与えない。
後ろへ跳んだゴブリンを追い拳を振るった。
地面に這いつくばるゴブリンに踵を落とした。
そうしてロザーナはいつ終わるともしれない追撃を何度も何度も、繰り返していくのだった。
ギルは盾を捨てた。
リザードマンの目にはとても奇異な出来事に映っただろう。
だがそれでいい。
ただの魔物ではなく、人間に近い知能があるのであれば、この行動で多少の混乱を引き起こすはずだ。
僅かでいい。
ほんの僅かでいいから、リザードマンの剣筋を鈍らせたかった。
盾を捨てることにより、頭を守れるものはなくなった。
だかしかし、だからこそ目の前にいるリザードマンはそれが罠なのだと勘ぐるのではないか、という根拠のない賭けにギルは張ったのだ。
何としても一撃を食らわさなければならない。
ギルは今、どうすればそれができるのかということだけ考えていた。
(頭だけ守れればそれでいい)
万が一を考えて斧槍は頭の側に構える。
(あとはもう、この防具を信じるだけだ)
勝てる道筋はまだ見えていない。
ただ勝てればいいという願望、ギルはそれにすべてを掛けた。
それしか出来なかったのだ。
ギルは空いた左手で外套の端を掴み、斧槍を頭の横で構えたまま無防備にリザードマンへと飛び出していったのだった。




