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イシュト大陸物語 ~終着の地~  作者: 明星
聖王都への旅路
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二つ名の段

大歓声に迎えられ、拳王は両手を上げながら舞台へ上がった。

討伐隊員によって檻の鍵が外されると、中から扉が押し開かれてゴブリンが姿を現した。

檻の出口から正面の舞台までは槍を持った討伐隊員によって両側を固められており、ゴブリンはその槍に突かれながら怒り、牙を剥き、周辺に敵意を撒き散らしながら舞台へ向かう、はずだった。

もしくは怒りに身を任せたゴブリンが討伐隊員に飛びかかり、それを周りに引き剥がされながら無理やり舞台へと連れて行かれる、そんな場面も想定されていた。

しかし、檻を出たゴブリンの取った行動は、全く予想だにしていないものであった。

鍵が外され、外へと出た瞬間、ゴブリンは物凄い勢いでまっすぐに拳王に向かって走り出したのだ。

それは翔ぶと言っても過言ではないほどの勢いで、檻から舞台までの間に立っていた討伐隊員達には何の反応もすることができなかった。

ゴブリンは駆け出した勢いのまま体を半回転させると、拳王の脇腹目掛けて思い切り蹴りを食らわせた。

そして弾き飛ばした拳王に目を向けることなく、今度はリザードマンのいる檻へと走り出し、鍵を蹴り上げると容易く破壊したのだ。

その瞬間まで、拳闘場の中は静まり返っていた。

あまりにも急すぎる出来事の連続に、誰もついていけていなかったのだ。

しかし、ここでようやく一人の観客が悲鳴を上げた。

その悲鳴に釣られるように、次々と悲鳴が上がり、場内は蜂の巣をつついたような騒動になった。

呆気にとられていた討伐隊員達も、ここに来てようやく動き始めた。

数名が拳王の下に駆け寄り、その体を外へと運んでいく。

残った者達はゴブリンとリザードマンを取り囲み、槍の矛先を向けた。

だがそもそも2匹の魔物はこの場で戦いを続けるつもりはなかったようで、身近にいる討伐隊員に飛び掛かるとそれぞれ剣と兜を奪い、拳闘場からさっさと飛び出していってしまったのだった。


そんな成り行きをギルとロザーナが知ったのは、全てが終わってからのことである。

今、目の前にいるゴブリンとリザードマンについて、ギルとロザーナが知るところは何も無い。

しかし、何も無いにも関わらず、一目見て異常だと分かるほど、2匹の魔物の様子には違和感があった。

2匹の魔物に慌てている様子はない。

怒っている様子もない。

まるで散歩でもしているかのように歩いている。

この場所に向かって、なぜかこの場所を目指して、歩いているのだ。

意味が分からない、とギルは混乱した。

捕らえられていた檻から出られたのであれば、普通は街の外を目指すのではないか。

もしくはもっと短絡的な考えを持つ魔物ならば、酒場や市場などの人の多い場所を目指し、欲望のままに暴れ回るのではないのか。

なぜこんな場所に、ギルとロザーナしかいない、こんな、何もない場所に、2匹の魔物はやってきたのだ。

「特異個体かも、しれない」

ギルは前方に目を向けたまま再度呟く。

「私も、そう思う」

理由はない。しかし目の前の魔物の異様さに、ロザーナはそれが間違いないことのように思えた。

あれから、ラドリアスは帰ってきていない。

拳闘場内の対応で手が離せないのだろうか。

それとも、とギルの頭に嫌な想像がよぎった。

魔物達が来た道はラドリアスが行った道だ。

あの濡れている剣の理由は、もしかしたらラドリアスなのかもしれない。

そんな自分の想像を頭を振って否定し、ギルは武器を構えると一歩前に進み出た。

すると、驚いたことが起きた。

ギルが動くのを見たリザードマンが、片手を上げてその動きを制してきたのだ。

「止まれ」とでも言うかのように、リザードマンはギルに向かって腕を伸ばし、掌を広げている。

その隣ではゴブリンがロザーナの匂いを嗅ぐかのようにずっと、鼻をスンスンと鳴らしている。

「どういうつもりだ」

困惑するギルの隣まで進み「戦わなくて済む、なんてことは、ないよね?」と困った顔をして、ロザーナも一応の構えを取った。

落ち着き払った、襲い掛かってくることのない魔物と相対し、確かにギルも今までにない不思議な感情が湧いてきている。

魔物は殺すしかない相手であるのは間違いなく、既に剣が血に濡れているのであれば尚の事ここで殺しておかなければならない。

しかし眼前の魔物達があまりにも人間然としている為、どうにも戦意が削がれてしまっているのだ。

(いや、違う)

とギルは自分の感情を即座に否定した。

(俺は今、怯えてるんだ)

きっとそれが、正しい感情だ。

異様な佇まいの魔物達。それらが特異個体であるだろうという間違いのない予想に対して、間違いなく、怯えているのだ。

ギルは短く何度か息を吸い、そして、深く息を吐いた。

勢いで始まる戦いならば、こんな感情を持つことはなかっただろう。

自分は何時だって先手必勝を目指して武器を振るってきた。出鼻を挫かれて武器を振るう機を逃してしまった。

だからこそ、むしろ今は落ち着かなければならない。

「いくぞ」

それはロザーナに向けた言葉であり、自分にも言い聞かせる為の言葉だった。

武器を構え直し、膝を曲げ、腰を下ろして溜めを作る。

そしていざ、となったその瞬間、リザードマンが掌を返し、ギルに向かって指を何度か曲げた。

それはまるで「ついてこい」と言っているかのような仕草であり、事実リザードマンはゴブリンをその場に残して歩き出してしまったのだった。

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