二つ名の段
自分だって戦ってるんだけどな、とロザーナは一瞬思ったが、従者、と言われても別段嫌な気持ちはしなかった。
それよりもむしろ、自分がどんな人間だったのかという答えとして「従者」というのはわりとしっくりくるような気さえした。
自分の身は自分で守り、食事の材料として弓で狩りを行い料理をする。表には立たない為、金銭や交渉事には疎い。
(うん、いいかもしれない)
自分が何者なのか、それが正しくても正しくなくても、何かしらの答えがあるのはとても新鮮な気持ちにさせられる。
「どうした?」
ロザーナが過去の自分を勝手に思い描き、ほくそ笑んでいると、拳王は怪訝そうに顔を覗き込んできた。
「あ、すみません、考え事をしていました」
話しかけてんのにか、と拳王は困ったように剃り上げた頭を撫でている。
「それで、従者のお嬢ちゃん。こんなところで何をしてるんだ?」
何を、と聞かれても「んー、何も?」と答えるしかない。
ただ歩いていたらこの場所にたどり着いただけで、ロザーナにこれといった目的はないのだ。
「街がとても賑やかだなって思って、見て回っていたんです。それと」
とロザーナは得意げな顔をして袖をまくって見せた。
「私もギルと一緒に魔物と戦ってるんですよ」
だから従者ではないんです、とロザーナは微笑む。
「ギルってのはあの赤い髪の兄ちゃんかい?」
へぇ、と拳王はロザーナの言葉を疑うことなく、素直に感心している。
「いやぁ、すまねぇな。俺は女ってのは戦わねぇもんだと思ってるからよ」
そう言いながら、ロザーナの体を見てくる拳王の視線には遠慮がない。
「だが街の中とはいえ、武器を持ち歩かないのはちと不用心なんじゃねぇか?」
悪いことを考える男は山ほどいるぜ、と拳王はニヤリと笑う。
「お嬢ちゃんはほら、なかなかに美人さんだしよ?」
本気なのか冗談なのか、拳王はからかうように笑っている。
「いえ、私はこのままでいいんです」
拳で、とロザーナは両の手を目の前で握ってみせた。
「ほう」
と拳王はそれまでの調子と違い、幾分か真剣な眼差しでロザーナの体を見てくる。
「へぇ…それで?お嬢ちゃんは、強ぇのかい?」
どうだろう、とロザーナは逡巡する。
初めて拳を振るった時も、討伐隊と訓練で戦った時も、正直なところ負ける気はしなかった。
この街に来るまでにも幾度か魔物と戦う機会があったが、身の危険を感じることはなく、相手の全てはロザーナの一撃の下に崩れ去ってきた。
それが一般的にどれほどのものなのか、他の人と比べたことがない為はっきりとは分からないが、それでもロザーナは「強いですよ」と答えておくことにした。
拳王、そう呼ばれる男の人を相手に、中途半端に謙遜したところで意味はないだろうと思ったからだ。
拳王はロザーナの言葉を聞いて大きく目を見開い後、声を上げて笑った。
「そりゃあいい!」
そう言って尚も笑い続ける。
何が面白いのか分からないロザーナはとりあえず拳王に合わせてにこにこしていることにした。
この街で一番有名な拳王と、見たこともない女。その2人が向かい合って笑い合っている風景は街の人間からしたらさぞかし不思議な光景だったであろう。
「んじゃあよ、今から一緒に拳闘場に行かねぇか?」
ひとしきり笑った後、拳王はそう言ってロザーナを誘った。
2人は既に拳闘場の入口の前にいる。
行ったところで大した手間ではないし用事もない。
ロザーナとしても拳闘という言葉にはなぜか惹かれるものがあり「行きます!」と即答したのだった。
拳闘場はこれまで見たどの建物よりも大きかった。
街の中では大きい部類に入る討伐隊よりもまだ大きい。
そんな建物の入口には立派な扉が取り付けられており、その傍には長槍を持った男が2人立っている。
拳王がその男達に軽く手を上げて挨拶し、扉に手を掛けて力強く引っ張ると重たい音を立てながら扉が開いた。
拳王に続いて拳闘場に入っていくロザーナを、男達は横目で見てきたがそれ以上は何もない。
「この建物はよ」
と先を歩く拳王が声を上げる。
拳王の言うところによれば、拳闘場ははるか昔からこの街にあり、昔はここで捕虜達を使った剣闘場として利用されていたらしい。
「だがよ、剣なんて使ってたらすぐに死んじまうだろ?」
当たり前だがよ、と拳王は続ける。
「戦争が終わった後はな、そんなんじゃ娯楽にもならねぇってことで拳闘に変わったわけよ」
入口から続く通路の先にはもう一枚の扉があった。
「まぁ拳闘っつっても、なんでもありの、なんだけどな」
その扉を、今度は軽々と開けると、その先には広い空が広がっていた。
「まぁ素手なら多少無茶したところで簡単に死ぬこともねぇしな。やられても気合さえあればもう一回戦えばいい」
ずんずんと進む拳王は拳闘場の広場の真ん中に用意された舞台へと向かっている。
「俺もそうやって何度も何度も戦ってるうちにな、いつの間にか拳王、なんて呼ばれるようになっちまったわけよ」
舞台を囲むように客席が並んでいる。
そしてその舞台と客席の間にはいくつかの大きな檻が置かれていた。
「そうなるとだ、今度は俺に立ち向かってくる奴が段々といなくなってきたわけだな」
ガシャンガシャン、と檻の中では何かが暴れている。
「そのせいでこの街ではもう随分と試合が開催されていなかった」
拳王は舞台を越えて1つの檻の前に立った。
「そんな時にだ、初めて見る商人が面白いものがあるって見せてきたのが、こいつらだったわけだ」
拳王に呼ばれ、ロザーナが檻に近づくと、その中で暴れているのはこれまで幾度か遭遇したことのある魔物、ゴブリンであった。




