二つ名の段
「君達まで受ける必要はなかったのだが」
と討伐隊を出る時にラドリアスが言った。
「僕は巡回隊士だが、隊士には違いない。しかし君達は本来関係がない」
僕から断っておくこともできるが、と言うラドリアスに対し、ギルは首を横に振った。
「多少でもヴェラが原因であるのなら、俺は自分が無関係だとは思えません。それに報酬が出るのなら、働かないわけにはいきませんよ」
そう言って曖昧に笑うギルとロザーナを見送り、ラドリアスは「警備の打ち合わせが必要だ」と、また討伐隊へと戻っていった。
「じゃあ俺は積み荷を降ろしに行くけど、ロザーナも一緒に来るかい?」
ギルの操る荷馬車の荷台は4分の3ほどが荷物で埋まっている。
その為前の街からここまで、ロザーナは荷台の隅に追いやられるような形になってしまっていた。
「それとも先に宿屋に戻ってる?」
そう聞かれたロザーナは下を向いて少し考えると、「してみたいことがあるんだ」と言って顔を上げた。
あの夜ギルと出会い、共に旅をするようになってから初めてのことだった。
ロザーナは今、1人で街を歩いている。
記憶にない景色はロザーナをいつも不安にさせてきた。どこに行くにしても、何をするにしても、傍にはいつもギルがいてくれた。
しかしこの街に来て、その賑やかさに当てられたのか、ロザーナは少し1人で行動してみたいと思ったのだ。
ギルは少し心配そうにしていたがギルにはギルでやらなければいけないことがある。
前の街で受けた荷運びの依頼を終わらせないといけない。
これまでのギルならばそんなことをする必要はなかった。カーマイン商会の仕事をしていれば、比較的楽に、多くの金を稼ぐことができていたからだ。
しかしそれはギルの思いとは裏腹だった。
カーマイン商会の跡取りが旅をしているということが商会の中で周知されていたと知ってから、ギルはカーマイン商会に関わることを止め、他の商会や商店に仕事はないかと聞いて回るようにした。
だがそうした飛び込みの人間に快く依頼をしてくれる店は多くない。
仕事を任せてくれたとしても、それは決して旨味のあるものとは言えなかった。
嵩張る荷物の割に報酬は少なく、ギルはいくつかの仕事をまとめて請け負うようにするしかなかった。
その結果があの荷台の有り様であり、これから各店を周って荷下ろしをすれば、終わる頃には日が暮れていることだろう。
だがそこまでしても尚、以前ほどの収入にはならないとギルがぼやいていた。
だから今回の警備の仕事も引き受けることにしたのだろう。
多少の手間が掛かっても収入が増えるのであれば、今のギルにとってはとても有り難いことなのだ。
ロザーナとしても手伝いたいという思いがないわけではない。
しかし自分は決して力が強いというわけではない。
あの荷物を下ろす作業に関わったところで、どれだけ役に立てるだろうか。
むしろきっと、ギルの方が気を使って「やらなくてもいい」と言ってきそうな気さえする。
それにもしも、荷下ろしの最中に怪我をしてしまったら。
ロザーナの脳裏に鍛冶屋で見た男のあの目が、蘇る。
自分には黒い血が流れている。それ自体、ロザーナは大して気にしていない。
それはギルが容易く受け入れてくれたからだ。
しかしあの日、黒い血を見たあの男の目はこれまで見たことがないようなものだった。
きっとあれが、普通の人の反応なのだろう。
あれ以来ロザーナは街の中でも手甲と足甲は外さないようにした。
結局、その男に関してはラドリアスが上手くやってくれたらしく、それ以上大きな問題になることはなかった。
だがまた誰かにこの黒い血を見られてしまえば、きっと同じようなことになる。
そして今度も誰かに助けてもらえるとは限らない。
そういえばその、ラドリアス、だ。
あの人はきっと、悪い人ではないと思う。いや、むしろいい人なのだろう。
巡回隊士らしい豊富な知識から、ロザーナの戦う力の原因を確かめることができたし、黒い血を見られたことに関しても対処してくれた上に咎めるようなこともしてこなかった。
きっといい人なのだ。
きっと。
そう思うのだが、時折見せるギルと自分を探るようなあの目線に違和感を覚えてしまう。
目が合えば自然に逸らすのだが、何かの折にまた、そんな視線を向けてくる。
(ラドリアスさんのことはまだ、よく分からないな)
それがロザーナの率直な感想だった。
そんなことを考えながら歩いていても、行き交う人とぶつかるようなことはない。
無意識に体が動くのだ。
自分にできること、できないこと、それは記憶がない今でもよく分かる
武術や弓は戦う術として扱える。料理の為なら包丁の扱いもお手の物だ。
しかしいざ戦いになると、途端に刃物の扱い方が分からない。
それにお金のことも良く分からないし、その事について相手と交渉をするようなことにもまるで向いていない。
ギルがそうしているのを見ても全く理解ができないのだ。
それらはどうやら頭が、というよりも体の方が覚えているようで、それはつまり記憶をなくす前の自分がそういう人間だったということなのだろう。
(身を守る程度に戦うことができて、お料理もできる。でもお金のことやお仕事のことはよく分からない)
つまりそれはどういう人間なのだ、とロザーナはどれだけ考えても首を傾げることしかできなかった。
街はやはり賑わっている。
様々な露天が並び、明日の催し物にあやかろうとしている商人達が声を張り上げている。
そんな賑やかさは嫌いではない。
むしろどこか懐かしささえ感じるような気がする。
たまに露天で食べ物を買い、通行人に気をつけながら歩く。
これまでのことを思い返しているうちにいつの間にか立ち止まり、後ろから来た中年の男性に小言を言われ頭を下げる。
そんなことをしているうちに、ロザーナは気がつけば拳闘場の前に立っていた。
「ん?お前は、さっきいた従者か?」
不意に声をかけられ後ろを振り返ると、そこに立っていたのは先ほど討伐隊で会った拳王であった




