二つ名の段
ゴブリンは尚も暴れ続けている。
檻を両手で掴み、奥へ手前へと何度も何度も力を込めている。
「まぁ心配するこたぁねぇ」
檻は随分と頑丈に作られているようで、ゴブリンがどれだけ暴れてもびくともしていない。
「この檻だけでも相当な値がつけられそうだよなぁ」
拳王は感心した様子でそれを見ている。
ロザーナは辺りを見回してみた。
檻は空のものも合わせれば8つ置かれており、その中にはゴブリン以外の魔物もいるようだ。
それはトカゲや狼のような姿をしており、どれもが二本足で立っている。
「お嬢ちゃんは、魔物は平気なんだな」
ゴブリンや他の魔物達を見ても驚く様子のないロザーナを見て、拳王は大したもんだ、と続ける。
「俺なんか最初に間近で見たときは正直足が震えてよ」
止めときゃよかったって後悔したもんだ、と拳王は笑った。
ゴブリンとはこれまでに何度も戦った。
どこにでもいる、一番出会うことが多い魔物で、それだけに脅威と感じたことは一度もない。
狼のような顔をした魔物はコボルトと呼ばれているもので、2度ほど戦ったことがあるが、これもそれほど強くはなかった。
その牙や爪をまともに受ければ致命傷になるのだろうが、攻撃は直線的で避けやすく、その凶暴そうな顔に似合わず臆病な面もあったりする。
一度は仲間を殺されたコボルトが文字通り、尻尾を巻いて逃げ出したことがあり、ロザーナはその背中に思い切り飛び蹴りを食らわせたりしたものだ。
トカゲのような魔物はリザードマン、のはずだが、これには今まで出会ったことがない。
ギルが聞かせてくれた魔物話によれば、リザードマンというのはゴブリンやコボルトと違って自分達の縄張りを持つ魔物であり、その縄張りに入らなければ出会う機会はそうそうないらしい。
初めて見る魔物だが、おそらくこれがそのリザードマン、で間違いはないはずだ。
ロザーナがそんな話をすると、拳王はぽかんと口を開けている。
(少し早口だったかな?)
とロザーナは思い、もう一度初めから説明しだしたところで苦笑いする拳王に遮られた。
「いや、話が理解できなかったわけじゃねぇんだ。ただな、なんというか」
お嬢ちゃんの話が信じられなくてよ、と拳王は剃り上げた頭を掻いている。
「でも私、嘘をついたりはしませんよ?」
こんな嘘をついたところで何の意味があるというのか。
拳王を騙したところで得することなど何も無い。
「いや、そうだと思っちゃいるんだがな?こいつらがそんなに簡単な相手だとは思えなくてよ」
魔物が容易く倒せるような相手であれば、人間にとって脅威にはなっていないはずだ。
そんな相手に武器を持って戦うのならまだしも、今回のように素手で戦うなど無謀でしかない。
「だからこそ、盛り上がるはずだと俺ぁ今回魔物を相手にすることにしたのによ」
その魔物が簡単な相手だと言われてしまえば、拳王としても面白くないところがあるのだろう。
「あの空いてる檻の中にもな、もともとはちゃあんと魔物がいたわけだ」
魔物を連れてきた商人はご丁寧にも個々の強さまで教えてくれた。
これは練習用に、あれは捕まえるのに苦労したから本番用に、と。
拳王は教えてもらった通りに、弱い魔物を練習台として今日まで訓練をしてきた。
「それでも俺ぁ一度も楽に戦えたことなんてなかったぜ?」
弱い魔物は皆ゴブリンであったが、その体格に似合わない膂力を持ち、数発殴ったところで物ともしなかったらしい。
「なのによ」
と、拳王は何かを言おうか迷っているように見える。
その間ロザーナは残っている魔物を再度見回した。
2匹いるゴブリンのうち、片方は今もまだ檻を掴んで暴れている。
もう一匹はその歪んだ鼻だけを檻から出して、スンスンと何やら匂いを嗅いでいるようだ。
コボルトは拳王とロザーナを威嚇するかのように牙を剥いて唸り続けている。
痩身のリザードマンは静かに、ただ真っすぐに檻の中に立っており、その姿にはどこか美しささえ感じた。
「明日は、これらと全部戦うんですか?」
元々が無謀な話だが、それは流石に無謀が過ぎる気がする。
拳王が言うように武器を持っているならまだしも、素手でこれだけの数を相手にするのは自分でも無傷ではすまないだろうと思う。
「ああ、いや、流石にまとめて戦いはしねぇよ」
最初はゴブリン2匹を相手に、次にリザードマン
、そして最後にコボルトと戦う予定にしているのだという。
「ほら、どうみてもあいつが一番凶暴だろ」
確かにコボルトの持つ牙や爪はそれだけで十分に凶器と言えるし、今も尚威嚇し続けているその顔は一見すると恐ろしいものである。
見世物として一番盛り上がりそうなのは、確かにあのコボルトだろう。
「なん、だがなぁ」
と拳王は口にするべきか否か迷っていたことを、やはり言うことにしたらしい。
「そう思ってはいたんだが、お嬢ちゃんの話を聞いてるとちょっとお願いしたいことができてよ」
何を言われるのか、だいたいの予想はつく。
「あのよ、ゴブリンと、戦ってみてくれねぇか」
やっぱり、とロザーナは思った。
戦いなどしないと思いこんでいた女という生き物が、魔物を相手に戦えるというだけではなく、自分が苦戦する相手を楽に倒せると言っているのだ。
拳王の感情がただの好奇心なのか猜疑心なのか、それとも本人に自覚のない嫉妬なのか。
何にせよ、拳王が今、この場でロザーナと魔物が戦う場面を見たいと思ってしまったのは仕方のないことだろう。
「明日の相手が一匹減りますけど」
いいんですか、と聞くロザーナに拳王は「こいつぁ敵わねぇな」と頭を掻いた後、「参考にさせてほしいからよ、ひとつ頼むわ」と続けたのであった。




