秘密の段
男は初め、1人で飲むつもりでいた。
しかし徐々に賑わってくる酒場の喧騒の中にいると、誰かと話をしたくてたまらなくなってきた。
だが他の者達は皆仲間内で賑わっており、その輪の中には入れそうにない。
酒を口に運びながら、しばらく酒場の中を見回していたが、賑わう店内の中1人寂しく酒を飲む自分のことがどんどん惨めに思えてくるだけだった。
そんな時、ふと酒場の入口に目をやると雇い主の商人と、商人お抱えの傭兵達が入ってきた。
商人と目が合った、はずだ。
しかし商人達はまるで男に気がついていないように酒場の中を進んで行くと、そのまま奥へと消えていった。
はんっと、男は鼻を鳴らす。
(こんな五月蝿いところじゃなく、奥の個室で優雅に晩飯かよ)
自分はまだ、彼らに仲間だとは思われていないのだ。
確かに知り合って日は浅い。しかしそれなりの日数を共に旅してきたはずなのに、だ。
(めんどくせぇ)
考えることが面倒になってきた。
それなりに上手く立ち回ってきたつもりだったが、何も変わらない状況のせいで急に全てが面倒に思えてきた。
(とりあえず今日は、飲むしかねぇな)
男は一気に酒を煽り、店員に同じものを頼むと、同時に隣から「いつものやつを」と食事を注文する声が聞こえた。
その声に反応して男が横を見ると、いくつか椅子を挟んで1人の男が座っていた。
自分よりもいくつか年上だろうか。身なりが良く髭もきちんと整えられている。
そんな風に値踏みしながら男は(こいつでいいか)と話し掛けることにした。
どうせ今夜だけの話し相手。相手など誰でもいいのだ。
「よお」
男は宿屋で2人組みに声をかけた時と同じように、努めて明るく声をかけた。
「隣、いいかい?」
酒を持って席を立つ。
「ええ、かまいませんよ」
髭の男は快く了承してくれた。
男は自分の名を伝え、なぜこの街にいるのかを伝えた。
そして当たり障りのない会話をしながら酒を飲み、容器が空になればその都度店員に酒を頼んだ。
気が付けば、男は随分と酔いが回っていた。
「ほんとによ、俺がどれだけ気を使ってるか、あいつら分かっちゃいないんだよ」
どいつもこいつも、と酔いの回った男は出会ったばかりの髭の男に絡んでいる。
男の話は勢いだけのせいで、初めて会った髭の男には一体何の話なのか理解ができないだろう。
しかし。
「分かりますよ。僕もそういうことは多いですから」
と髭の男は口元に微笑みを浮かべながら頷いてくれた。
男は自分の言葉に同調してもらえたのが嬉しく、幾分か機嫌が良くなったのだが、しかし酔いの勢いに任せた愚痴は止まらない。
「あんたにゃ分かんねぇよ。ああ、その格好を見るに、なんだ?あんたはしっかりした仕事してそうじゃねぇか」
俺とは全然違うよ、とまた酒を飲み下す。
「そんなことはありませんよ。僕はただの討伐隊員ですから」
あなたと何も変わりませんよ、と髭の男は優しく続ける。
しかし、「ほらみたことか」と男は大げさに目を見開いて手を打った。
「いいじゃねぇか、討伐隊員。俺もなれるものならなりたかったよ」
男は昔、討伐隊員になる為の試験を受けたことがあった。
しかし駄目だったのだ。何度か試験を受けたのだが、結局一度も受かることはなかった。
「あんたはぁ」
と目を細めながら男は討伐隊員を見る。
「俺と同い年くらいか?いいや、それよりも上だな。その歳まで討伐隊で働いてきたんなら、あとはもう安泰だろうがよ」
若いうちは現場に駆り出されることが多い討伐隊員も、歳をとると共に内勤に回される。
以前そんな話を誰かから聞いた時、男は心底羨ましいと思ったものだ。
「安泰だなんて、そんな」
と討伐隊員は曖昧に話を濁しながら席を立った。
「ああ、すまねぇ。気を悪くしたなら謝るよ」
せっかく話し相手が見つかったのだ。
酔った男はまだまだ話し足りなかった。
「いえ、そういうわけではありませんよ」
まだ仕事の途中なのだと言う討伐隊員は、懐から膨らんだ財布を出しながら続ける。
「僕みたいな下っ端は昼も夜も関係なく働かなくてはいけないんですよ」
あとはご自由に、と討伐隊員は自分の分と男の分の金を机に置いた。
「何かあれば声を掛けてくださいね」
そう言って討伐隊員の男は軽く会釈をすると酒場から出ていった。
「ありがとよ」
男は笑顔で手を振り、上機嫌に気前のいい討伐隊員を見送った。
そして周りを見渡したのだが、どうやら今夜は他に絡めそうな人はいないようだ。
男はつまらなそうに酒に口をつけると、討伐隊員が置いていった金を店員に渡して「一番高い酒をくれ」と息巻いた。
翌日、二日酔いの頭痛で目を覚ました男はゆっくりと寝床から這い出してきた。
今日、この街を出発する。
それまでに研ぎに出していた皆の分の剣を鍛冶屋に受け取りにいかなければならない。
それが臨時で雇われている自分に与えられた仕事の1つなのだ。
めんどくせえ、と酒臭い息を吐きながらようやく起き上がった男は頭を抑えながら宿を出ていったのだった。




