猫の段 終
「2人共、見事なものだ」
そう言いながら、ラドリアスはまた口元だけで笑っている。
「とはいえ、すまなかった。どうしても確かめておきたかったのでな」
何を、とギルはラドリアスの言葉を不審に思った。
ラドリアスに疑われようなことをしてきたつもりはないし、これまで何かを疑っているような様子もなかったからだ。
「ギル君から聞いた、ヴェラ君のやり取りはギル君しか知らず、僕達はそのやり取りをギル君からしか聞いていない」
言おうとしていることは理解できたが、ギルは随分と遠回しな言い方をしてくるものだと思った。
「俺が、何か嘘をついていると考えているんですか?」
嘘をつく理由があるのか?、とラドリアスは聞き返す。
「ありません。俺が伝えたことは、全て事実ですよ」
ではそれを信じる根拠は、というのがラドリアスの言い分であった。
「疑っているわけではない。だが信じるだけの根拠もない。これまでは、な」
だからこそラドリアスは、ギルが魔物相手に情けをかけるのかどうかを見てみたかったらしい。
「魔物相手にすら情けをかける、そんな者の言い分を、果たして信用することができるだろうか」
できはしない、とラドリアスは続ける。
「相手が幼少期からの知り合いであるヴェラ君となれば、情け深いギル君は真実を隠してしまうかもしれないだろ?」
随分と嫌な言い方をするものだ、とギルは眉をひそめた。
「だが今、ギル君の考えを聞き、行動を見て、嘘をつくような者ではないと確信したよ」
もしかして、とギルはふと浮かんだ疑問をラドリアスにぶつけた。
「ラドリアスさんは、初めからカワワラハが相手だと分かっていたんですか?」
そうだ、とラドリアスは当たり前だという顔で頷く。
宿屋の女将の川での事故。
そして魚が罠に掛からなくなってしまったという状況。
それらは川に潜む魔物の仕業である可能性が高い。
更には、カワワラハが猫の声を嫌うという話をこれまでの巡回業務の中で聞いたことがあったこともあり、昨夜窓際に立った際に仄かに生臭さが漂っていたことから、ラドリアスはカワワラハの仕業だろうと当たりをつけたのだそうだ。
「だからギル君を試すのに、ちょうどいい相手だった」
カワワラハ自身に大した危険はなく、討伐することも容易い。
そんな危険がない魔物を相手に、ギルがどういった行動を起こすのか。
「誰も危険に晒すこと無く、真実を確認することができる」
いい考えだろ、とラドリアスは少し目を細めて笑った。
これは、仕方のないことなのかもしれない。
確かにギルとヴェラが話をしていた時、ヘルマンもロザーナも気を失っていた為ギルの話の信憑性を証明できる者はいない。
だからあの日、話したことをラドリアスがすぐに受け入れてくれた、と思ったことが間違いだったのだろう。
ラドリアスは信じてくれたような顔をしながらも、内心ではまだどこか疑っていたのだ。
だがしかし、仕方のないことだと思ったとしても、今回の件に関しては「嫌な人だ」という印象を拭えなかった。
そんなギルの気持ちが顔に出ていたのだろうか。
「聖王都着くまでの間柄だ。我慢したまえ」
とラドリアスはギルの心を見透かしたように、何故か今回はいつものような口元だけの笑顔ではなく、満面の笑顔を浮かべるのであった。
「では、もう心配はないと?」
カワワラハの話を主人に伝え、これでもう猫が夜中に鳴き出すことはないだろうとも伝えた。
チィという名の老猫は、今はもう何も気にする様子もなく窓辺で寝ている。
「女将さんのことは残念だった」
そう言うラドリアスに、主人はいやいやと手を振って頭を下げた。
「あなた方がいなければ、私は女房が死んだ原因も分からないままでした」
それに、と続ける主人の声は少し震えているように感じる。
「もう少しだけ、宿を続けていこうと思いました」
せめてあの子が生きている間は、と主人は笑顔でチィを見た。
「あの子が、私を助けてくれてたんです。だからあの子にはまだまだ長く、幸せに生きていてほしい」
しかし猫に感謝の気持ちをどう伝えればいいのか、と主人は冗談ぽく笑う。
「美味しいものをたくさん食べさせてあげるといいのではないだろうか」
とラドリアスは真顔で言う。
「なにせご主人の作る料理はどれも絶品なのだから」と。
そんな言葉を受け、主人は「まだまだ頑張らないといけませんな」と少し涙を浮かべながら微笑むのであった。
翌日、3人は何の心の残りもなく宿屋を出発することができた。
また近くに寄った際にはよろしく頼む、とギルとロザーナは主人と挨拶を交わした。
しかし一番この宿を気にかけていたはずのラドリアスは何故かあっさりとしたもので、最後に宿屋を振り返るその顔には、どこか少し寂しさが見えるのであった。




