猫の段
どうする、とは。
ラドリアスの真意が分からず、ギルは一瞬黙ってしまった。
そんなギルを横目にラドリアスは続ける。
宿の女将の件は純粋に事故かもしれないが、もしかしたらカワワラハが関わっているかもしれない。
この宿が今まで無事だったのは老猫のお陰で、もしもこの先猫が死ねば、カワワラハは宿の中まで侵入してくるかもしれない。
「などというのは僕の憶測でしかないのだが」
カワワラハ達にその気があろうとなかろうと、このままこの付近に住まわしておくのは人間にとって良くないことだとラドリアスは言うのだ。
「捕獲して、どこか人のいない場所に移すこともできるのだが、それとも」
ここで今、殺すのか。
そういうことを、どうやらラドリアスは聞いてきているようであった。
「俺は」
と言い掛けてギルはロザーナを見た。
正直なところ、ラドリアスに確認されるまでギルの中では殺す以外の選択肢などなかった。
他の魔物と比べてどうであろうが、魔物が人間にとって危険な存在であることに違いはないのだ。
だからギルは初めから殺すべきだと思っていた。
しかし、ロザーナはどう思っているのだろうか。
今までロザーナの価値観に触れるような話はしてきたことがない。
魔物に対して、それを1つの生き物として見ているのかどうかが殺すか殺さないかの1つの判断基準になるだろう。
ロザーナは果たして魔物についてどう思っているのか、その返事を待つつもりでギルはロザーナを見たのだ。
しかし、ロザーナは困ったように微笑むだけであった。
もしかしたらロザーナ自身、これまでそんな事を考えたことがなかったのかもしれない。
相手が狒々であろうとゴブリンであろうと、そして人間であろうと、流れに任せてやるべきだと思ったことをやってきただけなのかもしれない。
ギルはその真意を別の機会に聞くことにし、ラドリアスに向き直るとはっきりと答えた。
「俺は、初めから殺すべきだと思っています」
そこに一切の嘘偽りはない。
直後、ほんの一瞬だけ「ロザーナはそんな自分をひどい人間だと思うだろうか」という考えが過った。
しかしもしそう思われたとしてもどうしようもできない。
ギルは魔物を、というよりも危険のある相手を見逃すべきではないと考えているからだ。
「それは、安心した」
ラドリアスはギルの答えを聞いて口元だけで笑い、直後1匹のカワワラハの首を切り落とした。
「後は任せる」
その場に倒れた仲間の死体を見た残りのカワワラハは、一瞬遅れてその場から逃げ出した。
ペタペタと。それらは人間の子供よりも遅く走っていく。
「ロザーナはここにいてくれ」
「ロザーナ君も行くべきだ」
ギルとラドリアス、二人の言葉が重なる。
「あの2匹は俺が」
「ロザーナ君も、自分で、動くべきだ」
カワワラハの足は遅く、話をしていてもまだ遠くまで行っていない。
「魔物とはいえ抵抗してこない生き物の相手は、俺がします」
それがギルなりの想いだった。
「ロザーナ君は、ただ守られるだけの存在ではないだろう」
それがラドリアスの想いのようだ。
「私は、大丈夫だよ」
ちゃんとやれるよ、とロザーナは言う。
しかしギルはやはりそれを受け入れたくはなかった。
なぜなら、昔ギルがヴェラから聞いた話の中に同じような状況があったのを思い出したからだ。
それは狒々よりも幾分か小さいであろうジャイアントエイプを討伐した後、その事後処理の一環としてエイプの子供達をも殺した時の話だった。
あの話の中で、ヴェラはまだ魔物以外の生き物を殺すことに慣れていないアッシュとディーンをその場に残し、単身エイプの子供を殺しに行っていた。
ギルにとって、この話は今の状況と重なるのだ。
魔物とはいえ戦う気のないカワワラハを殺そうとすれば、それは一方的な虐殺である。
そんなことをロザーナにはさせたくない。
だからギルは自分がやればいいと思っている。
しかし。
「ギル、私は大丈夫だから」
ロザーナはそう言って、ギルを安心させようと微笑んだ。
「早くしないとあれらが川に着いてしまうぞ」
川に逃げられてはあちらが上。
早くしろ、とラドリアスはそう言っているのだ。
「すまない」
頼む、そう言ってギルはカワワラハの1匹に向かって駆け出した。
カワワラハへは容易に追い付くことができ、ギルが斧槍を振りかぶったところで別の場所から鈍い音が聞こえた。
恐らく先に追い付いたロザーナが、もう1匹を殺したのだろう。
ギルは無心で、斧槍を振り下ろしてカワワラハを両断すると、無言のままラドリアスのところへと戻っていったのだった。




