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イシュト大陸物語 ~終着の地~  作者: 明星
聖王都への旅路
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猫の段

深夜、3人は宿屋から少し離れた場所にある茂みに身を隠していた。

あいにく今夜の月は大きく欠けており、辺りは真っ暗で何も見えない。

暗闇に目が慣れてきた今でも宿屋の輪郭を把握するのがせいぜいであった。

まだ、猫は鳴いていない。

宿の明かりが消え、随分経つように感じるが、実際どれだけの時間が経ったのかはよく分からない。

この時期夜に鳴く虫はおらず、辺りは静寂に包まれていた。

3人は会話をすることもなく、ただ静かにその時を待っている。

猫が鳴き始める、その時を。


「どうやら、来たようだ」

ラドリアスがそう言った直後、宿屋の中からあの叫び声のような鳴き声が聞こえてきた。

あの細い体のどこにそんな力が、と思うほど大きな声が、長く続く。

だがしかし視界の中に変化はない。

馬は相変わらず大人しく、宿屋の裏にある何本かの木もこれまで同様静止している。

いまそこに、一体何がいるというのか。

強盗の類や魔物であればその日に襲ってくるはずだ。

だがしかし今回の相手は夜な夜なやってきては、何もせずに帰っていく。

そんなおかしな生き物が果たして本当にいるのだろうか、ギルは未だに半信半疑だった。


その時、宿屋の中に明かりが灯った。

宿の主人か起きてきたのだろう。

しかしそんなことは関係なしに、猫は今も鳴き続けている。

「あれを見ろ」

ラドリアスが呟く。

どこを、と視線を迷わせるギルにラドリアスは「宿の右手の、あの木の下だ」

と指示した。

宿屋の窓から漏れる明かりが僅かながら周辺を照らしている。

その明かりの届くか届かないかというぎりぎりの場所、それがラドリアスの示した場所であった。

ギルが目を凝らして見ていると、暗闇の中で何かが蠢いているのが分かる。

それは小さく、複数あるように見える。

しかしここからではその詳細までは把握できない。

「行くぞ」

ラドリアスはそう言うと、茂みから飛び出して駆け出した。

ギルとロザーナも慌ててそれに続く。

先頭を行くラドリアスはいつのまにか持っていた松明に火を灯している。

発見から行動まで一切の無駄がない、まるでこうなることを見越していたかのような動きにギルは感服していた。

長年巡回隊士として各地を巡る中で、様々な技能を磨き上げた結果がラドリアスの勘の良さなのだろうか。

自分もこうなりたいものだ、とギルがそんな悠長なことを考えていられたのは、見据える小さな影達が近づく自分達に対して何も行動を起こそうとしていないからだった。


木の下の影は驚いた様子ではあるが、そこから逃げようとも襲い掛かってこようともしない。

3人が近づき、松明の明かりに浮かび上がった影の正体は3人の子供、のような生き物だった。

しかしそれが人間の子供でないことは一目で分かった。

その全身は緑色で体毛が深く、髪の毛は顔の半分を隠すほど長い。

見えている顔の下半分には口の代わりに嘴のようなものがあり、その嘴をカタカタと鳴らしながらただただその場に立っている。

全身は水に濡れており、若干の生臭さを漂わせていた。

「予想していたとおりだな」

ラドリアスはその姿を見ても慌てることなく、腰から剣を抜いた。

「ギル君はこれを見たことは?」

ありません、そう答えながらギルもラドリアスに倣って武器を構える。

「これは、地方によって色々な呼び名があるが、カワワラハという」

その正体はれっきとした魔物であるが、他の魔物と違って積極的に攻撃してくることはないという。

「本来危険はないのだが」

その言葉が表す通り、今目の前で話をしていても、カワワラハは攻撃してくるようなことはない。

最初と同じように、今も嘴をカタカタと鳴らしながら3匹で身を寄せ合っている。

「これは好奇心からか、いたずらをするのが好きなんだ」

そして魚が好きだと言う。

「毎晩ここに来ていたのは、恐らくあの干し魚の匂いにつられてのことだろう」

宿屋の軒先に干された魚。

それは確かに生の魚よりも強い匂いを放っていることだろう。

「確か主人は川で魚が捕れなくなっていると言っていたな」

それはこの、カワワラハが住み着いたのが原因だろうとラドリアスは言った。

「でも、だとしたら」

ギルの脳裏に嫌な予想が浮かぶ。

「ふむ、恐らくは、そういうことだ」

夕方、魚の罠を確認しに出かけて戻らなかった宿屋の女将。

そしていつからか川に住み着いていたいたずら好きの魔物、カワワラハ。

その2つの事実から導き出される答えは1つしかない。

「恐らく殺意などではなかったのだろう」

カワワラハにとってはいたずらのつもりだったのかもしれない。

しかしその小さな体には人間を簡単に川に引き摺り込めるほどの膂力がある。

「驚いた女将さんは、何が起きたか分からないまま溺れてしまったのかもしれないな」

さて、とラドリアスはギルを見る。

「ギル君はこれを、どうするべきだと考える?」

ラドリアスは何かを確かめるような目でギルを見ているのだった。

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