決別の段 終
討伐隊からの帰り道、ギルの頭の中は自分自身への恥ずかしさと、ぶつけようのない怒りでいっぱいだった。
『ギル君、君はアッシュと名乗り、カーマイン商会に素性を隠しているようだが』
ラドリアスのその後の言葉を聞いて、ギルは顔が熱くなった。
『カーマイン商会はとっくに君のことを気付いているよ』
まさか、とギルは息を呑む。
『君の出身はここからまだ東の方だったね?』
僕は西の方から来たのだが、とラドリアスは続ける。
『町や村を訪れると、まずは情報を集めなければならない。もちろんカーマイン商会にも顔を出すわけだが』
行く先々で聞かれたものだ、とラドリアスはまた顎を撫でた。
『赤い髪の、アッシュと名乗る青年を見かけなかったか、と』
どうして、とギルは大きく息を吐きだしながら髪を撫で上げた。
『商人の間では情報が飛ぶように伝わる。あの辺りのカーマイン商会でも話題に出るということは、聖王都含め、全てのカーマイン商会に伝達されていると見て間違いないだろう』
そんなはずはない、とギルは心の中で必死に否定した。
『恐らく親御さんがそうしたのだろうが、何、それも仕方のないことだ』
自分の子供に甘いのはどこの親でもそうなのだから、とラドリアスは口元だけで微笑んだが、ギルにはとても受け入れられる話ではなかった。
ギルが旅に出ることを両親に伝えた時には随分と反対されたが、結果として家業を手伝うことを条件に旅立ちを許してくれた。
そしてギルは両親に対する精一杯の抵抗として、アッシュという偽名を使いカーマイン商会の仕事を手伝いながら旅を続けてきたのだ。
自分がカーマイン商会の跡取りであることは、これまでずっと隠し通せているものだと思っていた。
1人の旅人として、カーマイン商会の荷運びで得た報酬や、討伐隊に出ている依頼を手伝った報酬を元手に旅を続けてきたのだと。
そこには実家とは何の関係もない。純粋に自分自身の力で生き抜いてきたのだという自負もあった。
だが、実際はそうではなかった。
ギルはどこにいても、実家であるカーマイン商会に助けられていたのだ。
ふと、カールの言葉が思い出される。
自分の懐具合に対するカールの疑問が、今なら理解できる。
自分がこれまで正当な対価だと思っていたカーマイン商会からの報酬は、自分が跡取りであることを加味された上で過剰に支払われていたのではないだろうか。
それはギルが旅の途中で金に困ることのないようにという、両親なりの気遣いだったのかもしれない。
また、一度断られた討伐隊の依頼への飛び込み参加が、翌日すんなり受け入れられたのもカーマイン商会によるものなのかもしれない。
カーマイン商会からの口利きであれば、討伐隊も無下にはできないはずだ。
ということは、自分の知らないところでカーマイン商会の関係者が自分を見ていたことになる。
独り立ちしているつもりだったが、その実ずっと実家に守られていたのだ。
恥ずかしい、とまず思った。独り立ちしていると思っていた自分が、途端に恥ずべき存在のように思えた。
そして次第に「余計なことを」と怒りが湧いてきた。
だが、その怒りの感情が八つ当たりだと理解している自分もいる。
そうして無理やり怒りを抑えた結果、結局恥ずかしさのみが残ってしまうのだが、しばらくするとまた次第に怒りが湧いてくる。
そしてまた、その感情を抑え込もうとする自分がいる。
そんなふうに感情がまとまらないものだから、ギルは討伐隊を出てから宿につくまでの間ずっと無言だった。
隣を歩くロザーナにはギルの心情など理解できない。
だから何もかけられる言葉はない。
終始無言で歩き続ける二人を見て、何も知らない人達はきっと「喧嘩でもしたのだろう」と思うような、そんな雰囲気だった。
きっと、ギルが旅の途中にカーマイン商会に寄る旨の通達が両親から出されていたのだろう、とそんな事を考えながらギルは寝床に仰向けに寝転がりながら天井を見ている。
『その時は知らない、としか答えられなかったが、ここで初めて君を見た時にもしかしてと思ったよ』
とラドリアスは討伐隊で初めてギルを見たときのことを語った。
あの時、じっと見られていたのはそういうことだったのだ。
『それだけ目立つのだから、カーマイン商会を尋ねれば、間違いなく君が商会の跡取りだと気づかれていたはずだよ』
そうラドリアスはまた口元だけで微笑んでいた。
なんてことだ、とギルは歯噛みする。
それなのにまるで関係のない人間を装って依頼を受け取り、気付くこともなく過剰な報酬を受け取っていたなど考えるだけで顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
とはいえラドリアスの話は彼の憶測に過ぎず、本当のことはカーマイン商会を尋ねなければ分からない。
「俺のことを知っているのか」と聞けば、全てが分かる。
だが、それを知ることに積極的になれそうにない。
本当のことを知ってしまえば、感情がどうにかなりそうなのだ。
翌日、明け方になってどうにか眠りについたギルは、いくつかの商店や商会を訪れ、聖王都までの道中何か運べる荷はないかと聞いて回った。
しかし、ある場所では商人特有の丁重さで断られ、またあるところでは提示された報酬金額がカーマイン商会の5分の1にも満たないような金額だった。
「不満があるのなら受けていただかなくて結構」
店の主人がそんな風に言ったのは、ギルが予期せず違和感のある表情を見せてしまったからだろう。
だが別に不満があったわけではない。ただ提示された金額に戸惑っただけなのだ。
(だがこれが正しい報酬なのだろう)
そんな風に思うとまた、ギルは当たり前のようにカーマイン商会から報酬を受け取っていた自分を恥じたのだった。
(一先ずは、今ある金でなんとかできる)
元々が1人の少女を探すという個人的な理由で始めた旅であり、だからこそ自分個人の力で生きていこうと決めて始めた旅なのだ。
もうこれ以上カーマイン商会に頼るべきではないと思った。
これから聖王都に向かうのであれば、辺境の町よりもずっと仕事は多いはずだ。
カーマイン商会のギルという立場を、今度こそは本当に捨て、実家と決別し、自らの力だけで生きていこうと、ギルはこの時決心した。
アッシュではなく、1人の旅人、ギルとして生きていくのだと決意した青年はロザーナの待つ宿へ向かって力強く歩き出したのであった。




