決別の段
「実はね、僕はヴェラ君と同じように色々と視える目を持っているんだ」
突然のラドリアスの言葉に、ギルは呆気に取られてしまった。
「それは、本当なのですか?」
俄には信じがたいことだが、もしも事実なのであればラドリアスの感の良さ、生き死にに対する感情の希薄さ、突拍子もない話をすぐに受け入れることができる理由が納得できるような気がした。
先程感じたヘルマンとの会話への違和感も、ラドリアス自身が人ではない人間だからこそのものなのかもしれない。
だがしかし。
「ラドリアス殿、それは少しばかり冗談がすぎるのでは」
とヘルマンはラドリアスの言葉をまるで信じていない様子だ。
またラドリアス自身も顎を撫でながら「すまない、不謹慎だった」と容易く自らの発言を謝罪した。
冗談だったのか、とギルは大きく息を吐く。
「一瞬、信じてしまいましたよ」
と頭を掻くギルを見て、ラドリアスは「とはいえ」と続ける。
「ぼくは、人をみる目には自信があってね」
ラドリアスから見たギルとロザーナ。
一緒に旅をするくらいなのだから仲が悪いわけではないのだろうが、かと言って親しいという風にも見えない。
それはロザーナが常にギルから一歩退いており、ロザーナ自身がギルに対して積極的に意見を言うことがないからだ、とラドリアスは言う。
「僕にはそれが、とても不自然な関係に思える」
魔物や人間の脅威がある中で、微妙な距離感の2人が共に旅をしているということが、ラドリアスに「何かある」と思せたようだった。
「そしてヴェラ君はロザーナ君にも一緒に来るように言っている」
ならば何かしら魔女や黒い竜と関わりがある立場なのだとしても不思議ではない、とラドリアスは言うのだ。
「違うかな」
ここまで正確に見抜かれてしまうと、ギルはラドリアスの先程の冗談が実は本当なのではないか疑わしく思えた。
「ラドリアスさんは、どうしてそんなに色々なことが分かるのですか?」
ギルの問いに対し、ラドリアスは「それほど難しいことではない」と答える。
狩人が山を見て狩りに出るか決めるように、漁師が海を見て漁に出るか決めるように、ただ自分は人をみているだけなのだ、とラドリアスは言う。
「昔からそうしてきたから、他の人より少しばかり得意なだけだ」
とラドリアスは何でもないことのように答えると、「それで」とギルに話を促した。
確かにロザーナには秘密がある。
ロザーナ自身が「人ではない人間」であるということだ。
だがそれを今この場で伝えるべきなのか判断に迷う。
ロザーナには記憶がなく、なぜヴェラがロザーナも呼んだのか、その理由は分からない。
ただロザーナとヴェラの間に何かしらの関係があるというのは間違いない。
そんな不確かな情報をここで口にするのは、少し危うい気がするのだ。
今回の件で、ヘルマンは魔女であるヴェラに対して怒りを覚えている。
ここで不用意にロザーナの事を話してしまうと、もしかしたらヘルマンの怒りの矛先がロザーナに向かってしまうかもしれない。
「なに、心配することはない」
と、まるでギルの心を見透かしたかのようにラドリアスが言った。
「むしろ今ここですべてを話しておくべきだ」
人は自分の知らないものこそを恐れる、とラドリアスは言う。
「そして知らないものを知ろうとしないまま、恐れ、好き勝手に想像を膨らませ、言いたい事を言う。その結果になど、誰も責任を持たないのにだ」
人とはそういうものだ、とそんなことをラドリアスが言うのは、自分の一族がされてきたことを思えばの発言なのだろう。
「今この場であれば、受け入れられる」
約束しよう、とラドリアスが言う。
「そして受け入れたことを、周知することができる」
それも約束しよう、とも。
「それに、考えてみてほしい。もしも魔女について、有りもしない噂がたったとしたらどうなるのかを」
顔を変えられる。髪の色を変えられる。性別を変えられる。
「ただでさえどこにでも現れるなどと不確かなことが広まっている状態だ」
人々の勝手な想像が、あたかも真実のように広まってしまえば、全く関係のない人間が巻き込まれることになる、とラドリアスは顎を撫でた。
「それはヴェラ君と同じ髪の色をしたギル君や、ロザーナ君も例外ではない」
だが今話してくれれば、とラドリアスは身を乗り出した。
「何事も起きないように尽力しよう」
そこまで言われ、ギルは少し考えたあと、遂に観念して、ロザーナのことを包み隠さず話すことにした。
少し前にここから西にある村で出会ったこと。
ロザーナには記憶がなく、どうやらこの辺りの出身ではないということ。
そして、ロザーナもまた「人ではない人間」だということ。
ギルの説明に、ヘルマンは驚愕して口を開けたままになっている。
「その、人ではない人間、というのは、つまり、何なのだ」
ヘルマンはようやく言葉を発したが、ギルはそれに対しての返答を用意できなかった。
ギル自身、人ではない人間についてはヴェラから聞いた程度でしか知らない。
人ではない人間の中には自我を失う者もいたようだが、自我を保ちながら人ではない人間になった場合の、人間との違いなど明確には分からない。
「俺が知っているのは、長い寿命と、人によって何か力があるということくらいです」
当初ロザーナのその力が「怪力」だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
その為どういった理屈かまでは分からないが、ロザーナが素手で人を殺せるのはその何かしらの力のせいだとギルは思っている。
「分からない者同士で話をしていても、分からないまま、だな」
ラドリアスはまた、ギルの話をそのまま受け入れると「僕の方から聖王都へ手紙を出しておこう」と言った。
手紙には「魔女はカンザイコにいる」ということと「魔女と疑わしく思った者は必ず討伐隊へ報告し、私刑を行うことは許されない」という旨を記載するとのことだった。
「黒い竜の話は、今のところ伏せておくことにしよう」
ドゥムジの力と同じだという噂が広まれば面倒なことになるからだろう、とギルは考えたが、どうやらそれだけではないようだ。
「笑える話だが、神を信じる者達は今、その主張を二分にしていてね」
ドゥムジに関係しそうなことは極力伏せておきたいのだ、とラドリアスは言うのだ。
「魔女は一箇所に留まっていることを伝え、民の暴走を防ぐようにしておけば、少しの間は心配ないだろう」
その間に聖王都へ向かい、カンザイコの場所や仮面の模様について調べよう、とラドリアスは話を締めくくった。
ラドリアスの仕事が片付き次第出発することとなり、ギルは宿の名前を伝えて討伐隊を後にした。
その際ラドリアスは「最後にもう1つ」とギルに話をしたのだった。




