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イシュト大陸物語 ~終着の地~  作者: 明星
聖王都への旅路
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決別の段

ラドリアスが言った通り、それから間もなくしてヘルマンが戻ってきた。

「先程は失礼した。もう、大丈夫だ」

先程と比べ、ヘルマンは随分と落ち着いているように見える。

「では、これからのことを考えていこう」

ラドリアスはそう言うと1つの仮面を持ち上げた。

それは、あの夜ヴェラが捨てていった仮面である。

「僕達が考えなければいけないのはヴェラ君の目的。そしてもう1つはこの仮面に描かれている模様の意味だと思う」

ヴェラの捨てていった仮面には、確かに何かの模様が描かれている。

「少し話を整理するが、ヴェラ君はギル君とロザーナ君にカンザイコというところまで来るように言った。そこでカティナという」

ラドリアスはそこまで言うと無言でギルに話を促す。

「女の子です」とギルが答えるとラドリアスは頷いて続けた。

「そのカティナ君という女の子と一緒に待っている、と言っていたのだったね」

ラドリアスの問いに今度はギルが頷く。

「しかしそれを告げるだけであれば、討伐隊を襲う必要などない」

それはギルもずっと思っていたことだった。

ギルの前に姿を現すだけなら、ヴェラにはいつでもできたはずだ。

そうして「カティナが見つかった」と「一緒に会いに行こう」と言ってくれれば済む話なのだ。

しかしヴェラは突然現れたかと思えば大勢の人を殺し、その原因をまるでギルに擦り付けるかのようにして去っていった。

「それではまるで、自ら悪になろうとしているかのようだな」

と、ラドリアスが言う。

「確かにヴェラは、自分のことを悪だと言っていました。悪には容赦しないと決めたはずだろ、とも」

ギルは子供の頃に起きた事件を伝え、その際ヴェラから言われた言葉も伝えた。

「ならばヴェラ君は敢えて、悪になろうとしていると?」

ラドリアスの問いに、ギルは答えることができなかった。

(分からない)

それが今のギルには唯一の答えだからだ。

なぜそうしているのかも分からなければ、敢えてそうする意味も分からない。

「カティナを探していた頃のヴェラは、決して悪い人なんかじゃありませんでした」

子供の頃再会したヴェラは、最初に会った時と同様に明るく、優しく、どこか抜けていて、驚きと興奮を与えてくれる、そんな人だった。

「ではそのカティナ君が原因で、ヴェラ君が変わってしまったのかな」

カティナとは一体何者なのか、とラドリアスはギルの返事を待たず考えに耽っている。

そして、ラドリアスは何かを思いついたかのように口を開いた。

「もしかすると、そのカティナ君こそが黒い竜なのではないだろうか」

やはり、ラドリアスの勘は鋭い。

これまでギルはヴェラの話をする際に、竜については簡単にしか説明していなかった。

黒い竜によって引き起こされた様々な事件と、親である赤い竜によってもたらされた結末。

そこまでしか話していないのに、ラドリアスはカティナが黒い竜だと見抜いていた。

「ヴェラ君達の事を指す言葉、人ではない人間、だったかな。黒い竜がそれらや魔物を生み出すことができるというのなら、黒い竜自身もまた、何かに変わることができたのではないかと思ってね」

ラドリアスの予想は正確だった。

イシュト大陸中央の湖の地下深くで、黒い竜が夢見ていたのは自分自身が人間になることだった。

長い時間を掛け、黒い竜はその腹の中に人間の姿をした生き物を宿していた。

そして自身が死した後、その腹から生み落とされたのが、後にカティナと名付けられた存在なのだ。

ギルがそう説明すると、一応納得してみせたラドリアスとは対象的に、ヘルマンは理解ができないと頭を抱えている。

「それで、先程の話の続きだが、そのカティナ君がラドリアスを倒したということで間違いないのかな」

正確には違います、と訂正してギルは続ける。

ラドリアス達はカティナが激昂から生み出した魔物の群勢によって生じた混乱に巻き込まれ、ラドリアスはその隙をつかれて討たれたのだ、と。

「その話が本当なのであれば、今再びこの大陸に魔物が現れたのは、そのカティナという少女が原因なのではないのか」

ヘルマンが驚愕の表情を浮かべている。

「その通り、です」

カティナは魔物の群勢を生み出した後、背中に生やした翼で何処かへと飛んでいってしまった。

その後この大陸に再び魔物が現れ始めたということは、カティナがこの大陸へやってきたと考えて間違いない。

「ですからヴェラは、仲間と共に海を渡り、カティナを探す為にこの大陸へとやってきたのです」

ギルの話を聞き、ヘルマンが再び怒りを顕にしている。

ギルは村に向かう途中、ヘルマンと魔物についての話をした。

その際ギルは今回の話を全くしていない。あの場ではするべきではないと判断したからだ。

今になってそんな話を聞かされ、ヘルマンが不機嫌になるのは仕方のないことだった。

「本当に、すみませんでした」

それで許されることではないと分かっているが、ギルには謝ることしかできなかった。

「そうしてヴェラ君は遂にカティナ君を見つけ、今回の凶行に及ぶことになった、か」

そもそもなぜ魔女はカティナを探していたのだ、とヘルマンが苛立つ。

「魔女はもともと、その魔物を生み出す能力を求めていたのではないのか」と感情のままに床を蹴った。

ヘルマンがヴェラを目の敵にするのは仕方がない。

しかし、ヴェラはそんなものを望んではいないはずだ。

「ヴェラはただ、カティナに幸せになってほしかったんだと思います」

導く者がいなかったがゆえに道を外れてしまった黒い竜は、ただ無邪気に幸せを求めた結果、たくさんの人間を傷つけた。

そんな黒い竜が夢にまで見た人間としての姿を手に入れた時、そこに黒い竜としての記憶はなかった。

だからこそ「今度はカティナを幸せにしてあげたい」というのがアッシュやディーン、ヴェラの望みだったのだ。

「問題なのは、その話が果たして真実なのか、ということだ」

ギルの知っている話はヴェラから聞いたものでしかない。

それを無条件に信じるという前提がなければ、ヴェラのことを信用できる根拠は他に何もない。

そして昔話の通り、ヴェラの教えてくれたことが全て真実なのだとしたら、尚の事カティナを見つけたヴェラが討伐隊を襲った理由が分からない。

「ヴェラ君がこれまでに何をしてきたのか。そしてこれから何をするつもりなのか、か」

そう言ってラドリアスは仮面を裏返しながら眺めている。

「それを、お借りしてもいいですか?」

ギルはそう言ってラドリアスから仮面を受け取った。

それは一見すると蝶のような模様だった。

仮面の真ん中に長く太く引かれた白い線が蝶の胴体を表しているように見える。

その白い線を中心に、左右対称に広がる線がまるで羽のように見えるのだ。

蝶の触覚に当たるであろう部分には丸い円が描かれている。

しかし触覚と呼ぶには不釣り合いな大きさで描かれており、どこか違和感がある。

そしてその円から下に向かって伸びた線は白い線と並行しており、途中から前翅と後翅を描くように枝分かれしているのだ。

その前翅の先端はくるりと内側に巻き込まれ、渦を巻いている。

後翅の部分の先端は何度か歪に折れ曲がっている為、羽のように見える部分が繋がることはない。

「その模様に心当たりは?」

そうラドリアスに聞かれたが、ギルはいくら思い出してもヴェラやカティナと蝶を結びつけるものは何も無いように思えた。

それを伝えるとラドリアスは軽く息を吐き出して困ったように顎を撫でた。

「結局、この場で分かることは何もないということか」

これからの話を、と言いながら、結局何の進展もない現状を見てヘルマンは軽く鼻で笑った。

それに気付いているのかいないのか、ラドリアスがヘルマンの態度に反応することはなかった。

「この場ではヴェラ君が何故こんな事をしたのか分からない。この模様がどういう意味を持つのかも分からない」

なぜ隊士達を殺す必要があったのか。

明らかに無意味にギルを責める必要があったのか。

始めからずっと、分からないことだらけだ。

「ならば、聖王都へ向かおう」

とラドリアスはギルとロザーナへ視線をやった。

「僕もここのところ地方を巡回してばかりいたせいで聖王都の近況が分からない」

普段は手紙でのやり取りしかしていないのだとラドリアスは言う。

「聖王都であれば、カンザイコの場所やこの模様の意味が分かるかもしれない」

それがいい、とラドリアスは2人を見たまま独りごちる。

そしてふと、口元だけで優しげな笑みを浮かべたかと思うとラドリアスはこう言った。

「ギル君、あとはロザーナ君のことを話しておくべきだと思わないか」と。

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