決別の段
「先日、私が聞いた話と同じです」
ここは討伐隊にある一室。
そこには今、ギルとロザーナ、ヘルマンとラドリアスの4人がいた。
あの日から4日が経っている。
ヴェラに思い切り蹴り上げられ、意識を失ったギルは目を覚ましたあと、その場をロザーナに託してヘルマンを街まで連れて行った。
現場に一人残すことに不安はあったが、隊士達の死体だけをそのままにしておけば野犬に食い荒らされてしまうかもしれない。それはあまりにも悲しすぎる。
ヴェラも伝えることを伝え退いたのであれば、これ以上ロザーナに何かしてくるということは考え難い。
それに人を載せて馬を操る経験など無いとロザーナに言われてしまえば、もうギルが行く以外の方法はなかった。
街で治療を受けながら、ヘルマンは隊士に指示を出し現場へと向かわせた。
ギルも隊士達と共に急ぎロザーナの元まで戻り、そして荷馬車で再び街まで戻ってきたのだ。
「話に齟齬がないということは、思いつきや妄想で話をしているわけではない、か」
とラドリアスが大きく頷く。
街に着くまでの間に、ギルはヘルマンにヴェラの全てを話していた。
ヴェラがイシュト大陸から来たこと。
その力は昔、黒い竜によって齎されたものであるということ。
そしてカーマイン商会を作った張本人であり、自分とは一族の関係にあるということもだ。
これまで自分がカーマイン商会の関係者であるということを隠して旅をしてきたが、ヘルマンに対しては黙っている訳にはいかない。
同じ髪の色で同じ武具を身に着けているヴェラとギルの関係をきちんと伝えておかなくては、これから先信頼してもらうことなど不可能だからだ。
そしてラドリアスが再度皆の前でその話をさせたのは、俄には信じがたいこの話の整合性を確かめる為だったのだろう。
少しの狂いもなく、矛盾もなく話をするギルを見ながら、ヘルマンは前回と同じように苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。
ギルの話は何度繰り返しても同じ内容だ。
なぜならそれは、事実だからだ。
「だからこそ私は、どうしても君を憎んでしまうよ」
ヘルマンからすれば、ギルにはこのような事態になる前にどうにかすることができたのではないか、と思わずにはいられないのだろう。
「アッシュ。いや、ギルだったな」
君は本当にあの夜起こることを何も知らなかったのか、とヘルマンは睨みつけてくる。
「魔女と近しい立場にも関わらず、本当に、何も知らなかったのか」
ヘルマンが自分に対して疑念を持つことを、ギルは否定することができなかった。
ギル自身、あの夜の出来事には後悔しかない。
魔女と呼ばれる存在の正体について、わずかにでもヴェラだという可能性を考えていれば、魔女が現れた時にすぐに動けていたかもしれない。
それを「できなかった」のではなく、「しなかった」と取られても仕方がないほど、ギルはあの夜何もできなかった。
「それで、だ」
と、ギルのヘルマンへの返事を待つことなく、話を仕切り直すかのようにラドリアスが割って入ってきた。
「君達だけが生き延び、魔女はカンザイコ、だったか、そこに来いと言っていたのだね?」
ギルは頷いたが、ラドリアスのその言葉は正確ではないと思った。
あれは、生き延びたというよりも生かされた、と言ったほうが正しい気がする。
そして生かされたのはここにいるヘルマン、ギル、ロザーナの3人だけだ。
あの時逃げ出した隊士5名は、街に戻る途中に街道沿いで殺されているのを発見した。
立ち向かえば殺され、逃げても殺された。
結局のところ、あの場で生殺与奪の権を握っていたのはヴェラだった。
ヴェラが生かすと決めた者以外、どうやっても生きて帰ることなどできなかったのだ。
「ヘルマン君」
ラドリアスが顎を手を当て、ヘルマンへと向き合う。
「殺された隊士達のことは気の毒だが、今彼に気持ちをぶつけても仕方がない」
それよりも建設的な話をするべきだ、とラドリアスは言う。
ヘルマンはその言葉に苛立ちを隠しきれない。
「随分と割り切った物の考え方をしておいでだ」
その言葉は誰が聞いても分かるほど、多分に嫌味を含んだものであったが、ラドリアスに気にする様子はない。
「彼に恨み辛みをぶつけることで何かが解決するのならば、それでもいいだろう」
だが、と言ってラドリアスは静かにヘルマンを見る。
ラドリアスがそれ以上何も言わないのは、言うまでもないと判断してのことなのだろう。
しかし、そんなラドリアスの態度にヘルマンの苛立ちはますます増すばかりのようだ。
「あなたはそうやって、カールのことはもう気にもしていないようですね」
その言葉を聞き(そういえば)と、討伐隊に来てから一度もカールの姿を見ていないことにギルは気がついた。
ラドリアスがここにいるということは、マシューを送り届ける任務は終わっているはずだ。
とはいえどこかで忙しくしているのだろう程度にしか思わず、この場にいないことについては特に疑問を抱くことはなかった。
だがしかし、考えてみればカールの性格であれば挨拶程度に顔を出してもおかしくはない。
にも関わらず、一度も姿を見ていないということに、ギルは今頃になって違和感を覚えた。
「あれは確かに僕の不手際だ。その件に関しては既に謝罪をし、ヘルマン君も納得してくれたのではなかったかな」
ヘルマンは真っ赤な顔をし、その苛立ちは限界を迎えそうだった。
だが傷ついたその体では自分の苛立ちを表すことすらできず、その結果苛立ちは更に増していくばかりのようだ。
「納得など、できるはずがないでしょう」
あなたが巡回隊士だから、とまで言いかけたヘルマンの言葉をラドリアスは片手で制した。
「相手によって言い分を変える、ということであれば僕から言えることは、もう何もない」
少し風に当たってくるといい、とラドリアスはヘルマンを正面から見据えるとそれ以上は何も言わなかった。
そんな言葉を受け、ヘルマンは痛みに顔をしかめながら苛立たしげに立ち上がると、ふらふらと部屋を出ていった。
「冷たい人間だと、思ったかな」
ラドリアスはギルとロザーナへ向き、口元だけでわずかに微笑む。
ラドリアスはヘルマンよりも歳は上のように思う。
しかしそのやり取りはそれだけではない、何か掴みどころのない違和感を覚えるものであった。
「いえ、それよりもカールさんに一体何が」
だが一先ずその違和感については忘れ、ギルはとにかくカールの安否を知りたかった。
「カール君はね、マシュー君に殺されたんだよ」
さも事も無げに言うラドリアスの言葉は、ギルもロザーナも全く予期していないことであった。




