決別の段
マシューの処遇は、結果としては元の村に送り返されるというものだった。
マシュー達のしたことは許されることではないが、かと言って突然村の長が不在になればその村に住む者達にとって都合が悪い。
長く村長としての役割を果たしてきた者には、果たしてきた者なりの実績や人との繋がりがあるからだ。
しかし、だからといってただ送り返されるだけでは犯した罪を償うことなどできはしない。
討伐隊として安易に重い刑罰を与えなかったのは、生きていくことでその罪を償うことを求めたからだった。
その一環として、討伐隊はマシューを村へと送る道すがら、攫った女性が住んでいた村を巡り、マシュー自身に説明と謝罪を行うことを求めた。
ラドリアスはその道中マシューを拘束しておくことを提案したが、カールはそれをやんわりと否定した。
「この数日、カール君はマシュー君と話をする中で多少なりとも彼を信用していたのかもしれない」
真っ直ぐで若かったからね、とラドリアスは続ける。
「マシュー君の本心を、見抜くことができなかったんだ」
僕も油断していた、とラドリアスは大きく息を吐いた。
「マシュー君自身が直接誰かを殺したわけではなかったから、カール君の言葉を優先してしまった」
そしてマシューとラドリアスを乗せカールが操る荷馬車が、1つ目の村の入り口まで来た時、マシューが動いたのだそうだ。
「彼は傷の手当の為に包帯を巻いていただろ?あの中に、どこで拾ったのか、剃刀を隠していてね」
村の入口まで来た時、マシューは不意に剃刀を取り出して後ろからカールの首を思い切り引き裂いたのだそうだ。
「村の入口には馬が停められていた。彼はきっと、そのまま馬を奪って逃げるつもりだったのだろう」
だがしかし、マシューが動いたと同時にラドリアスも動いていた。
カールの命こそ救えなかったものの、その直後にマシューは容易く取り押さえられた。
「残念だが、マシュー君はその場で殺すしかなかった」
眼の前で人を殺した者を看過することはできない、それは討伐隊として当然のことなのだろう。
「僕も少ししか話をしていないが、マシュー君はどうにも自尊心が強いように感じたよ」
だからこそ人に頭を下げるということが受け入れられなかった。
そして自分のしたことを知っている周りの目に晒されながら生きていく、その重責に耐えられなかったのだろう、とラドリアスは言う。
「カール君の提案を受け、マシュー君を自由にさせていたのは僕の落ち度だ。本当に、悔やまれるよ」
そんなことが起きているとは夢にも思わなかった。
自分達もこの街までマシューを連れてくる際拘束などしていない。
そこまでする必要があるような人間だとは思えなかったからだ。
ギルはもしもあの時自分が襲われていたら、と無意識に首元に手を当てた。
カールが死んだ、ということを聞かされても実感が湧かない。
しかしギルの心はずっしりと重く、沈んでしまった。
自分に関わった人間が、また死んだからだ。
討伐隊にマシューを連れてきたのは自分だ、とギルは深く後悔した。
あの狒々の件がなければ、カールはマシューに出会うことはなく、彼に殺されることもなかった。
あの夜の隊士達の死にしてもそうだ。
自分がもっとしっかりしていたら死なずに済んだ者もいたはずなのだ。
今回のカールの死も、隊士達の死にも、そのどちらにも自分が関わっている。
ギルはその事実をうまく飲み込めず、胸のむかつきを全て口から吐いてしまいそうだった。
「責任を、感じているのかな?」
ラドリアスが心配そうに声をかけてくる。
「だがその必要はない。君が責任を感じる必要は、何もないよ」
そう言ってラドリアスは顎を撫でた。
「もしもマシュー君の件がなければ、カール君はもともと村の奪還作戦へ参加することになっていた」
ということはだ、とラドリアスは続ける。
「結局カール君は、魔女に殺されていた」
違うかな、と聞かれたが、その問いにギルはどう答えるべきか逡巡し、返事をすることができなかった。
「どちらにしても、彼は死ぬ運命だったんだ」
君は悪くない、そう言ってくれているはずのラドリアスの言葉に、しかしギルは違和感を覚える。
人の死について、ラドリアスはあまりにも達観し過ぎているように思えるのだ。
「責任を感じる必要がないのはカール君の件だけではないよ」
魔女の件もそうだ、とラドリアスは続ける。
仮にあの場で魔女についての事実を知らされたところで、一体何人の隊士がそれに対応する事ができただろうか。
それに対応したところで、目まぐるしく変わる事態にどれだけ上手く対処する事ができただろうか。
「誰も、何もできはしないよ。人はそれまで信じていたもの、信じていなかったものを簡単に変えられはしないんだ」
それにね、とラドリアス。
「魔女は君に、君がもっと上手く動けば助かる命もあったと言ったようだが、果たしてそれは本心だろうか?」
どういうことですか、と聞き返すギルに、ラドリアスは頷いて続ける。
「君の言う通り、魔女に全てが視えているのであれば、君が何をやっても、どう動いても、魔女はそれを視て行動を変えるだけなのではないかな?」
それは確かにその通りだと、ギルも思う。
しかしそれを認めてしまうのは、何もできなかったあの夜への言い訳にしかならないような気がして、ギルは肯定することも否定することもできなかった。
「隊士達の件も、カール君の件も、君に責任はない」
ラドリアスは言い切った。
「間違えてはいけないのは、悪いのはそれを行った人物だけだ、ということだ」
隊士達を殺した魔女、カールを殺したマシュー。
それまでの経緯に例え自分が関わっていたとしても、だからといって自分が責任を感じる必要はない、とラドリアスは言ってくれている。
「それに彼らもこの仕事をしている以上、そうなる覚悟はできていたはずだ」
そう言われ、ほんの少しだけ、ギルの心は軽くなった。
「ありがとうございます」
救われるような、思いがした。
あの夜ヴェラに言われた言葉は、あれからずっと頭の中を巡っていた。どうすればよかったのか。何をするべきだったのか。何が正解だったのか。
ヘルマンに恨まれることも仕方のないことだと理解していたが、ラドリアスは自分にとって言われたい言葉を言ってくれる。
それは今のギルにとって無条件にありがたいものだった。
「でも、少し驚きました」
ギル自身、ヴェラの話はあまりにも現実味のない、突拍子のないものだと思っている。
それをラドリアスはこんなにも容易く受け入れてくれているのだ。
「実はね、僕はギル君の話を信じるしかないんだ」
とラドリアスは薄く苦笑する。
「魔女の生い立ちを話してくれたギル君なら、僕の名前に聞き覚えがあると思うんだがね」
ギルは確かにその名前をどこかで聞いたことがあるような気がしていた。
「ちなみにこれは僕の本当の名前ではない」
ギルがアッシュと名乗っているように、自分もまた、訳あってこの名前を名乗っているのだとラドリアスは言う。
「先程ギル君が話をしてくれたイシュト大陸での話。そこに攻め入った帝国軍に、いなかったかな」
ラドリアスという人が、とここまで言われてギルはようやく思い至った。
「僕はラドリアスの汚名を雪ぐ為に、この名前を使っているんだ」
そう言ってラドリアスはまた顎を撫でたのだった。




