赤髪の魔女 最終話
久しぶりに会ったヴェラは、あの頃と変わらない顔で、あの頃と同じように笑っている。
汗で額に張り付いた髪を鬱陶しそうに払いながら、「こんなに息苦しくなるとは思わなかったよ」と投げ捨てた仮面を忌々しそうに見やる。
「口のところに穴でも開けておけばよかった」と、まるで先程までのことが全て嘘のように、今この場で何事も起きてなどいないかのように、ヴェラはいつも通りに笑っている。
「ほら、ギル。こっちにおいで」
ヴェラは落ちている松明を街道に向かって適当に投げ、次に荷台に設置されている松明を何本か取り外すと、先程と同じように街道に向かって投げた。
真っ暗な街道の中で、松明に囲まれたそこだけが明るく照らされている。
それはまるで、何かの舞台のようにも見える。
「さ、早くしな」
ロザーナは生きてるだろ?とヴェラは顎をしゃくって、その明かりの中へと進んでいった。
ギルはロザーナを丁寧に地面に横たわらせると、ヴェラの元へと歩いていった。
「ヴェラ、どうしてこんなことを」
途中見た隊士の死体はどれも頭を一突きにして殺されていた。ヴェラがなぜこんなことをするのか、ギルには全く理解できないでいる。
「あんたとは久しぶりに会ったのにさ」
ギルの質問を無視して、ヴェラが頭を掻きながら言う。
「こんなにがっかりさせられるとは思わなかったよ」と。
「あんたが1番、駄目だった」と。
「ヴェラ、何を言ってるの?それより答えてくれよ、どうしてこんな事をしたのか」
こちらからの質問に全く答える様子のないヴェラを、ギルは少し苛立たしく思った。
「だってさ、あたしのことを知ってるのはあんただけだろ?」
なのに何をずっとあたふたしているのさ、とヴェラはまたギルの質問には答えない。
久しぶりに会い、何が何か分からないまま事が進み、ようやく話ができると思えば、ヴェラはこちらの話を聞かず、口から出るのはギルに対する不満ばかりだ。
「あんたがやらなきゃいけなかったのは、自分が動くことじゃなくて、人を動かさなきゃいけなかったのさ」
あっちに行ったりこっちに行ったり、そんなことをしている間に人が死んだんだ、とヴェラは隊士達の死体へ視線を送る。
「あんたがきちんと人を動かせていれば、死なずに済んだ者もいただろうさ」
可哀想にね、とヴェラは大きくため息をつく。
「それにだ、あんたは最後まであたしに何もしてこなかった」
今もそうだよ、とヴェラは呆れたようにまた、ため息をついた。
「彼らと比べてもさ、あんたのほうがまだあたしと戦えるはずだろ?」
違うかい?と聞かれ、ギルは先日の隊士達との手合わせを思い出した。
確かに、討伐隊の面々と比べれば、まだ自分の方がヴェラに立ち向かえる力はあったかもしれない。
「でも!」
「でも、じゃない」
ギルの言葉は一瞬で遮られた。
「あんたはやるべきことをやらずに犠牲を増やしたんだ。死んでいった連中に「でも」なんて言えるのかい?」
まったくあんたときたら、とヴェラはわざとらしく肩を落とす。
「ねぇ、答えてくれよ。ヴェラは、どうしてこんなことをしたの?」
ギルにとっては、何よりもまず、それが知りたかった。
そしてヴェラが魔女なのだとしたら、それはいつからなのか。
どうしてヴェラが魔女になったのか。
ギルには知りたいことがたくさんある。
ギルがしたいのはそういう話であって、今日この場での自分の行動への文句が聞きたいわけではないのだ。
しかし、そんなギルの思いを伝えてもヴェラは変わらない。
「まぁ待ちなよ、あんたはね、あたしの話を聞くべきだよ」
とヴェラは明かりの中を歩きながら話を続ける。
「彼らは彼らなりに考えて動いた。あたしを止めようとね」
その間あんたは何をしてたんだい、とヴェラは短剣をくるりと回して握り直している。
「あたしのことをちゃんと伝えて、あんたがきちんと人を動かせば、こんなことにはならなかったのさ」
ギルは先程から意味が分からないでいた。
こんな事態を引き起こした本人が、訳も分からぬまま隊士達を殺しまくった本人が、なぜそんなことを言うのか、意味が分からないのだ。
「ねぇヴェラ、どうしてこんなことを」
ギルは再度問う。どうしてもヴェラの本心が聞きたい。その真意を知りたい。
「どうして、と言われてもね」
ヴェラはやれやれと言わんばかりに大げさにため息をつくと、また頭を掻いた。
「あたしはね、あたしがやるべきだと思ったことをやっただけだ。そんなことは別に重要じゃあないんだよ。それに、そもそもこんなことをやった理由をあんたに話すつもりはないしね」
答えてくれたようで、結局のところ何も分からない。
ヴェラがそんな答え方しかしないのであれば、もうこちらから何を聞いても無駄なのだと、ギルはようやく気がついた。
「それで、あんたはどうするのさ」
とヴェラは肩をすくめて見せる。
「あんたは昔、悪いやつには容赦しないと決めたんじゃなかったのかい?」
子供の頃、ロザーナの死に打ち拉がれていた時、ヴェラからの提案でそう決めて、ギルは前へと踏み出すことができたのだった。
「その気持ちは、何も変わっていないよ」
とギルは答える。
「なら今、ここで、あたしを止めてみせなよ」
とヴェラは挑発してくる。
その間もパシン、パシンと異形の短剣がヴェラの掌で回り、握られている。
「でも俺は、ヴェラとは戦いたくないんだ」
ヴェラは紛れもなく人殺しだ。
もう疑いようもなく、目の前の惨状を引き起こした張本人だ。
たがしかし、その事実をもってしても、ギルにとってヴェラが大切な存在であることに変わりはない。
「このまま一緒に街まで行って、討伐隊に事情を説明してくれないか?」
武器を向けることなどできない。しかし見逃すこともできない。これはギルにとって精一杯の抵抗だった。
しかし。
「あぁそうかい。あんたの中で、あたしはまだ悪いやつじゃないってことかい?まだ足りないのかい?」
ヴェラは落ち着きなく歩きながら、短剣をくるくると回している。
「そんな甘ったれた考え方をしているなら、やっぱり、そうだね。ロザーナはここで殺そうか」
そう言うやいなや、倒れているロザーナに向かってヴェラは短剣を投げつけた。
それは倒れているロザーナの頭のすぐ側の地面に突き刺さる。
「あんたはもう一度ロザーナが死ぬのを見たいのかい?」
ヴェラの言葉を受け、ギルの頭の中に子供の頃に見た食い荒らされたロザーナの死体が浮かんだ。
「ほら、あんたがぬるいことを言ってると、またロザーナが死んじまうよ」
そう言ってヴェラはもう一本の短剣も投げた。
今度は地面に垂れているロザーナの髪の毛に突き刺さり、その分だけ髪の毛が切り離された。
「俺には、分からないんだ。どうしてヴェラがこんなことをするのか。こんな事をしたヴェラをどうするべきなのか」
ヴェラがその気になればギルやロザーナを殺すことなど容易いはずだ。
だがそうしないのには何か理由があるはずなのだ、とギルは信じたかった。
「理由が分からなければ動かないってのかい?でもその間にも人は死んでいくよ?」
無手になったヴェラは依然としてギルを挑発してくる。
「あたしはねギル、彼らを殺すつもりで殺した。今日ここで、これだけの人間を殺すつもりで殺したのさ」
ヴェラが高らかに笑う。だがそれはどこか自嘲しているかのような雰囲気を帯びている。
「あんたはね、それを止めることができたかもしれないんだ。でもあんたは、最初から最後までそうしなかった!」
そう一気に言い放ち、荒い呼吸をするヴェラの目つきが変わる。
ヴェラは大きく息を吸い込んで、ゆっくりと、吐いた。
「ここまでやって、まだそんな暢気なことを言うのならギル、あんたもここで死んじまいな」
言うやいなや、前進するヴェラの気迫に押され、ギルは遂に斧槍を振るった。
当てられれば確実に意識を失うような、そんな本気が見てとれるヴェラの攻撃に対して、ギルは反射的に斧槍を振るったのだ。
しかし、やはりというべきか、ギルの攻撃は当たらない。
子供の頃そうであったように、今夜の隊士達がそうであったように、ギルの攻撃はヴェラに掠りもしない。
「まだ、迷いがあるみたいだね」
そう言ってヴェラはギルの顔面めがけて蹴りを繰り出した。
ギルは反射的に盾を構える。
だが、こない。ヴェラの蹴りは、こない。
眼前に盾を構えたギルの脳裏に、昨日の村でのゴブリンの攻撃が過った。
(くそ!)
またやってしまった、そう思った直後。
「あんたは反応が良すぎるのさ」
ぬるりと盾をこじ開けられ、ヴェラはそこから後ろ回し蹴りを放った。
その一撃はきれいにギルの側頭部を捉えた。
蹴り飛ばされ、転倒し、起き上がろうとするが地面が回る。
「反応がいいのは良いことなんだけどね。それだけで動いてちゃ、この先すぐにやられちまうよ」
手を付き、膝を付き、四つん這いのまま荒い呼吸を繰り返すギルの元へとヴェラが近づいてくる。
「いいかい、ギル。よくお聞き。あんたはロザーナと一緒に、カンザイコまでおいで」
ギルは痛みと目眩で顔をあげることさえできない。
「そこであたしはカティナと一緒に、あんた達を待ってるから」
その言葉が聞こえた直後、ギルは思い切り顎を蹴り上げられた。
強制的に起き上がらされた視線の先で、既にヴェラは後ろを向いていた。
「あんたがもし逃げようとするなら、あたしはまた人間を殺して回るよ」
「今日みたいにね」
と、遠ざかる意識の中、ヴェラの言葉が足音と共に消えていく。
地面に倒れ、意識が朦朧としていく中、熱い風が頭上を吹き抜けていくのを感じた。
その風は妄想の産物だったのか。それとも怒りと失望で沸騰した血液のせいだったのか。
分からないまま、ギルの意識は暗闇へと沈んでいったのだった。
この日の出来事には、この先多くの人間が関わることとなる。
関わるものが増えればそれだけ話が巡り巡る。
これまで大陸各地に散らばっていた「赤い魔女」の噂は、今回の出来事で実体を帯び、それまでに蒔かれていた種が一斉に芽吹くように大陸中を駆け抜けていった。
それは人々の間で未来永劫語り継がれる「赤髪の魔女ヴェラ」が誕生した瞬間だった。




