第13話
初めに3名が殺された。
殺される瞬間を目撃した訳では無いが、争ったような形跡がなく、3名とも一撃で殺されていることからそれは一瞬の出来事だったはずだ。
次に魔女と反対の方向へと逃げた若い隊士達が殺された。
その数は10名に及ぶ。
若い隊士の中には負傷しているものがいた。それを庇っていたものもいた。
だが、10という数の人間が殺されるには、それはあまりにも速すぎた。
そして、魔女を探し森の中へと入っていった隊士達6名が戻ってきていない。
1名は死体となり、魔女によって街道に投げ捨てられたが、見当たらない他の5名も全員殺されていると見て間違いないだろう。
その後、後方を確認しに行き、戻った隊士が何かを伝えようとしたところで、投げられた短剣に頭部を貫かれて死んだ。
あっという間のことだった。
20名が殺されたという事実に対して、それはあまりにも速すぎる出来事だった。
誰も冷静に状況を把握などできていない。
徐々に恐怖が精神を蝕み、耐えられなくなった隊士5名が逃げ出した。
ヘルマンはそれを視界の隅に捉えながら、それでも咎めるようなことはしなかった。
「お前達は、いいのか?」
むしろヘルマンは逃げ出すことを容認するかのように、隊士達に声をかける。
だが残った5名の隊士達はその場から動こうとはしない。
そんな状況の中、今ギルの見つめる先ではロザーナが後ろから組み付いた魔女に首を絞められている。
ロザーナはそれをなんとか外そうと藻掻いているが、魔女の腕は細く、しっかりと首に食い込んでいるため指を掛ける隙間がない。
「ヴェラ!もうやめてくれ!」
ギルが叫ぶ。
アレがヴェラなのかどうか、今はそんなことはどうでもいい。
何か呼びかけていないと、今すぐにでもロザーナの首が圧し折られてしまいそうな、そんな恐怖にギルは追い詰められていた。
「お前達、分かっているな」
視線を魔女に向けたまま、ヘルマンが隊士へと呼びかける。
隊士は頷き返したが、ヘルマンはそれを見ることはない。
「ねぇヴェラ、どうしてこんなことをするの?」
ロザーナは口から泡を吹き始めている。その目は虚ろで、もうほとんど意識もなさそうだ。
「話をしようよ、ねぇ、頼むから」
ギルがどれだけ懇願しても魔女は何の反応も返さない。
「お願いだから、その手を離してよ」
ギルがそう呼び掛けた直後、カクンとロザーナの頭が落ち、魔女は脱力したロザーナの体をギルに向かって突き放した。
ギルは慌ててロザーナの体を受け止めると、口に顔を近づけて呼吸があるかを確認した。
(大丈夫、生きている)
安心したギルが顔を上げると、隊士達は一斉に魔女へと攻撃を仕掛けていた。
討伐隊は魔女がロザーナを手放す瞬間を待っていたのだ。
今、魔女はその手に武器を持っていない。
ロザーナを突き放したことで体勢も崩れている。
そうなることを見越して、討伐隊の面々は攻撃の機を狙っていたのだ。
だがしかし、魔女はそれすらも見透かしていたかのように容易く隊士達の攻撃を躱す。
右へ左へ体をずらす。かと思えば前進して攻撃を掻い潜り、次の瞬間には倒れている隊士の側頭部に刺さっている短剣を抜き取った。
その後大きく後ろに跳んで腰に差していた短剣を抜く。
片方の手には順手に、もう片方の手には逆手に短剣を持って構えを取る。
一呼吸のあと、両の手に武器を持った魔女は一転して、隊士達の中へと飛び込んでいった。
迎え撃つ隊士の攻撃が、ギルの目にはまるで誰もいないところを攻撃しているように見えた。
魔女が振るう短剣に、隊士自らが当たりに行っているように見えた。
そんなことはあるはずがないのに、だ。
そう見えてしまうのは、魔女には相手の動きが視えているからに他ならない。
次にどこに攻撃が来るか視えているから容易く躱すことができる。
次の動きが視えるのだから、そこに向かって武器を振れば容易く当てることができる。
常人にはそんなことができるはずがない。
そんなことができるというのであれば、あれはもう、疑いようもなく、ヴェラなのだ。
魔女は隊士達の間を通り抜ける。
攻撃を避けながら、時に荷馬車を盾にしながら、武器を振るう。
繰り出される一撃は確実に相手の命を奪い、魔女は隊士5名を絶命させると、すっくとヘルマンの眼前に立っていた。
「なんなのだ、お前は」
ヘルマンの表情には怒りと冷静さが同居している。
「お前は、いったいなんなのだ」
そう言いながら、剣を振り上げる余裕などないことを、ヘルマンは魔女のこれまでの動きで理解しているのだろう。
すぐに攻撃することをせず、ヘルマンは魔女の一挙一動に神経を研ぎ澄ませているかのように見える。
思考し、行き詰まり、また、思考する。
攻撃の機を伺い、それでは駄目だと自分の中で反芻する。
ヘルマンがそんなことを繰り返す時間は、それは実際とても短い時間だった。
だがそれを見ているギルには、とても長い時間に思えた。
不意に、ヘルマンがギルを見た。
その目を見て、ギルは確信した。
ヘルマンは理解したのだ、ということを。
「視えている」という意味を、恐らくヘルマンは完璧に理解したのだ。
ギルはヘルマンに向かって頷いた。
それで合っている、と。
その考えで間違ってはいないと。
仮面の人物、魔女、ヴェラとはそういう人間なのだという意志を込めて。
そして、ヘルマンは全てを理解した上で、果敢にも魔女に立ち向かった。
体の動きは最小限に、眼前に構えていた武器を、僅かな動作だけで突き出した。
それは、恐ろしく速い一撃だった。
他の人間や魔物ならば、その一撃を認識することすらできなかっただろう。
ギルの距離から見ていてもそう思わせるような見事な一撃を、魔女は目の前で繰り出されたのだ。
(当たるかもしれない)
とギルは願った。
この一撃で魔女の動きを止めることができるかもしれない、と。
しかし、見てみれば「やはり」と思わせるような体捌きで、魔女はその一撃をあっさりと躱した。
(いや)
とギルは逡巡する。
あれは躱すというよりも、来ると分かっていることに反応し体をずらしただけだ、そう言えるほど余裕のある動きだった。
魔女はヘルマンの鋭い一撃を躱した後、ヘルマンの武器を持つ腕と踏み込んだ方の足を2本の短剣でそれぞれ突き刺し、ヘルマンが武器を落としたところで体を回転させた肘による一撃を頭にくらわせた。
ヘルマンは何をされたのかも分からないまま、ただその場に崩れ落ちたのだった。
「あぁ、まったく」
しばしの沈黙の後、魔女はそう言っておもむろに仮面を外して投げ捨てた。
「疲れたし、何より暑いんだよね、これ」
そう言って投げ捨てた仮面を忌々しそうに睨む人物、仮面の下から現れた顔、それは紛れもなくヴェラだった。
「さてギル、ようやくあんたの番だよ」
そういって見せたヴェラの表情は、昔よく見た、笑顔だった。




