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第11話

被っていた毛布を跳ね除け、ギルは地面へと降りる。

片手には斧槍を持ち、もう片方の手には盾を持っている。

これまでずっと使ってきているその盾には、これまでほとんど使用することのなかった部品が取り付けられていた。

元々この盾が作られた時から、盾には2本の竜の爪が取り付けられるようになっていた。

その爪を使い、守りながらも攻撃に転じれるようにというのが製作者、ギムの考えであったからだ。

だがこれまでギルは純粋な盾としての取り回しなら竜の爪がない方が都合がいいからと、取り外したまま使用してきていた。

しかし今回の相手はただ守っているだけでは倒すことができそうにない。相手は自分よりもずっと大きく、素早く、力強い存在だからだ。

片手を守りに使い、もう片方の手だけで攻撃するのでは敵わないのではと予想した。

それに狒々の打撃を防ぐことはできても、万が一相手に掴まれてしまっては抵抗のしようがない。

急な衝撃に強いこの防具であっても握り潰されるような力に対してどこまで守ってくれるのか、それは想像ができない。

なぜならこれまで、そんな大きな相手と戦ったことがないからだ。

だから今夜、ギルは盾に2本の竜の爪を装着することにした。

製作者ギムの考えた通り、盾で守りながらその爪をもって攻撃に転じるために。

ギルはじりじりと移動し、松明の明かりを背にして狒々へと向き合う。

狒々は逃げることはしていないが、それでも先程の不意打ちで受けた傷に警戒心を強めているようだ。

今も尚怒りの咆哮をあげているが、狒々は襲いかかってくることをしない。

ギルに向かい感情だけをぶつけてきている。

そんな狒々に向かって、ギルは自分から一気に距離を詰めていった。

狒々の間合いで戦っていてはこちらの攻撃が届かない。何より恐れるべきことは手当たり次第に周りにあるものを投げてこられることだ。

投擲は一見地味だが殺傷能力が高い。あの力で投げられた石や木片が防具のないところに当たればどうなるのか、想像するのも恐ろしかった。

ギルは狒々が動き出すよりも先に、自らの恐怖心と一緒に狒々の懐まで潜り込まなければならない。自分の間合いで、戦わなければならないのだ。

だがしかし、狒々はギルの動きを見てすぐに後ろに跳んで間合いを開けた。

そして狒々はギルの攻撃の届かない範囲から腕を振り回して攻撃してくる。

縦の攻撃は盾で受けずに回避した。衝撃を吸収してくれたとしても、その重さまでは支えられそうにない。

ギルは器用に攻撃を躱しながら、横や斜めにきた攻撃は盾で防いでいく。

狒々の腕は盾に取り付けられた爪に当たり、腕を振り回すたびに浅く、深く傷ついていく。

1つ、松明が消えた。

ギルはまだ灯いている松明を背にするように場所を変えながら、臆することなく間合いを詰め続けた。

斧槍を振るい、攻撃を受けた盾を払って狒々の体に傷を作っていく。

狒々は徐々に相手の身に着けているものが危険であることに気が付き始めた。

狒々は大きく後ろに跳ぶと、そばに生えている木をへし折り、巨大な棍棒の如く自らの武器とした。

狒々はそれを振り回し、叩きつけてくる。

人間であれば両手で抱えなければ持ち上げられそうにない木を、片手で振り回す狒々の姿は一見すると恐ろしいものだった。

だがしかし、狒々が武器を持ったことで、経験のないこの戦いは逆にこれまで経験したことのあるものへと近づいた。

恐れていたのはこれまで相対したことのない大きさの敵が、体験したことのない攻撃を繰り出してくること。

だがしかし、巨大な棍棒を振り回すその様は実のところ単純な軌道を描く直線の攻撃である。

単調な攻撃ならば盾を使わずとも避けることができ、避けきれなければ盾がその衝撃を吸収してくれる。

心を落ち着かせ、幾度もの攻撃を避け、捌き、ギルは狒々の一撃、木の幹を叩きつける攻撃のあとに斬りかかろうと、勢いをつけて飛び掛かった。

直後、驚いたことに狒々は一旦体を後ろへ沈めると、急に蹴りを繰り出してきた。

低い位置から突き上げられた狒々の巨大な脚がギルの体を捉える。

ギルが激しく吹き飛ばされたあと、また1つ松明が消えた。

ギルは咄嗟に転がりながら、まだついている松明の元へと移動し、痛みを堪えながらどうにか立ち上がった。

狒々の攻撃は直前で盾で受け止めることができていた。

しかし押し出すような力が加わった蹴りは、狒々と比べ体の小さなギルを大きく吹き飛ばすことになった。

激しく吹き飛ばされたギルは地面に打ち付けられ、全身が痛んでいる。

だがあれだけ派手に吹き飛ばされたにも関わらずこの程度ですんでいるのは、攻撃を防いだ盾と、そして全身を覆っている外套のおかげだった。

ギルは慌てて盾を構え、狒々の次の攻撃に備えた。

が、狒々は何故か立ち止まったまま微動だにしない。

狒々からの次の攻撃がこない。

なぜならそれは、狒々にとってギルが理解のできない存在だったからだった。

これまで狒々が出会った人間は、いともたやすく死んだ。

多少立ち向かってくるものがいたが、それでも狒々の一撃が当たれば二度と立ち上がってくることはなかった。

その一撃が入ったはずなのに、狒々からすればだが、目の前の人間は何事もなく立ち上がってきたのだ。

これには狒々の怒りに任せてきた感情も冷静にならざるを得なかった。

このまま戦っていいのだろうか、と。

ここは一度引くべきなのだろうか、と。

そしてまた1つ、松明が消える。

広場を照らす松明は残り一つとなり、狒々が動かない間にギルはその残った松明の明かりを背にするように移動した。

ギルにはなぜ狒々が動きを止めたのかが分からない。

その狒々にはこのまま戦っていいのかという迷いがある。

両者が動けないまま少しの時間が経ったあと、ついに最後の松明の火も消えた。

「ロザーナ!」

明かりが消えると同時にギルが叫ぶ。

直後、ピュゥと空を切り裂く音が聞こえ、狒々の鈍いうめき声が響いた。

ギルは走りだす。

真っ暗になった広場の中、狒々の漏れ聞こえた声を頼りにギルは駆け出した。

続けて2度、3度と甲高い音がする。その度に狒々からくぐもった苦痛の声が漏れた。

明かりが消え、心もとない月明かりの下、わずかに見える黒い輪郭を目掛けてギルは斧槍を思い切り振り下ろしたのであった。

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