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第7話

勢いのまま外に出たものの、見渡す限り何もない村では行く宛もなかった。

仕方なくギルは目的もなく村道を歩き始めた。

マシューの話に納得できない気持ちと、それを上手く相手に伝えることができなかった自分への苛立ちで、時折声を張り上げたくなる衝動を堪えながら黙々と歩いていく。

「あんなところに置いていかないでよ」

後ろから走ってくる足音と怒ったような声が聞こえ、ギルはバツの悪そうな顔をして振り返った。

「ごめん、ロザーナ」

ロザーナのことを忘れていた訳では無い。

しかしついつい自分の感情に任せて行動してしまうのはこれまで長い間1人でいることが多かったせいだろうか、とギルはロザーナに謝りながらもそんなことを考えていた。

「ギルが出ていったあとすごい顔で睨まれたんだよ?」

あれだけ熱が入った状態のマシューと、それまで話に参加していなかったロザーナが顔を見合わせて座っている絵を想像すると、申し訳無さと同時に少し面白かった。

「本当にごめん、悪気はなかったんだ」

頭を掻きながら謝るギルにロザーナは「もういいけど」と悪戯っぽく微笑んだ。

「だってギルはそういうところ、あるもんね」

この村に来る途中にも言われた。

考えだしたら周りを気にしない、と。

誰かと一緒にいる時は気をつけないといけないな、とギルは心の中で反省した。

「それで、悩んでるの?」

マシューさんの話、とロザーナが言う。

「俺は今までいろいろ見てきたから、マシューさんの言い分が理解できないわけじゃないんだ」

自分の身近な存在を守るために手段を選ばない。

選べない、と言ってもいいかもしれない。

そんな人達の行為を、単純に悪だと切り捨てることがギルにはできなかった。

だからギルは今こうして外を歩きながら、嫌な気持ちを必死で圧し殺すような羽目になっているのだ。

「でもそんなに難しい問題かな?」

とロザーナは不思議そうに言う。

「私はギルとは違って、何も知らないでしょ?」

ロザーナはギルと出会う以前の記憶がなく、ギルに出会ってからも広い世界を見てきたわけではない。

だからこそ自分にはそんなに難しい話だとは思わない、とロザーナは言うのだ。

「誰かの為を想ってやったことと、そのことがいいことなのか悪いことなのかは別の話だと思うの」

村人を守るという想いと、その為に他の村から女性を攫い狒々に差し出すのは全く違う話だとロザーナは言う。

確かにそれはその通りなのかもしれない。

だがこれまで各地で色々な人を見てきたギルにはどうしても単純に割り切れない部分があった。

「ならロザーナは、この村の人達だけが被害に合うことを理不尽だとは思わないの?」

ギルの問いに、ロザーナは思うよ、と答える。

「でも、そんな理不尽の中でみんな一生懸命生きてるのかな、とも思う」

ロザーナはギルからいろいろな話を聞いている。

遠い昔のイシュト大陸での話。

幼い頃殺された、自分の名前の由来となった、ロザーナの話。

ギルが旅の途中で出会った人達の話。

ギルから聞いた話でしか知らないが、それでもこの世界が誰にでも優しい世界でないことは分かる。

「だからマシューさんのやったことだけを考えると、やっぱりあのやり方は間違ってるんだよ」

とロザーナは唇を尖らせた。

「それにね、なんとなくなんだけど、マシューさんは村のことだけを考えてるわけじゃないと思うの」

どういうこと、と聞くギルに、ロザーナは首を傾げながら答える。

「周りの為って言いながら、結局は自分のことを一番に考えてるんじゃないかなって」

熱くなってしまったギルとは対象的に、ロザーナは落ち着いた感情であの場の話を聞いていた。

だからなのかギルよりもずっと単純に物事を捉えていたようだ。

「あとね、最後にマシューさんの言ってた話だけど」

人の命は平等ではないという話だ。

「ギルはきっとね、一番最初に私を助けてくれると思うんだ」

自分で言うのは少し恥ずかしいけど、とロザーナははにかみながら続ける。

「でもね、その後には絶対マシューさんも助けるんだよ」

ギルはきっと、最後まで諦めずにみんなを助けると私は思うよ、とロザーナ笑った。

ギルは胸が熱くなる想いがした。

こうして自分を信じてくれる人がいる、その事実にどれだけ励まされているだろう。

「ありがとう、ロザーナ」

そう言ってギルも微笑み返した。

「あ、ねぇそれとギル」

とロザーナが何か言いかけた時だった。

これまで聞いたことのないような奇声が響いた。

何かに興奮したような声。喜んでいるような、嗤っているような、楽しくて仕方ないような、そんな声だった。

何事かと2人は辺りを見渡し、見つけたのは木の下で興奮している巨大な猿の姿だった。

猿の視線の先にはロザーナがいた。

あれこそが件の狒々だと判断し、ギルは腰を触ったがそこにいつもの斧槍はない。

村の中だからと馬車の荷台に置いてきたままだったのだ。

狒々は手を叩いて奇声を上げている。足を踏み鳴らしながら嗤っている。

木を揺すり、地面を叩き、その場で体を回転させながら狒々は声を張り上げている。

狒々までの距離はかなりあるように思うが、あの狒々がその気になれば一瞬で縮められる距離にも思える。

このまま襲われては対処できない、とギルは身体を強張らせていたが、ひとしきり興奮した狒々はしばらくすると猛烈な勢いで山へと消えていったのだった。

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