第11話
「ここで待っていてくれ」
女性にそう声をかけ、ギルは倒れている男達に近づいた。
昏倒し、一時的に気を失っているだけならば今のうちに止めを刺しておいたほうがいいだろうと判断したのだ。
しかし、手前の男が目を開けたまま倒れているのを見て、ギルは予想とは違う事態になっていることに気がついた。
膝を付き、男の首元に手を当てるがなんの反応もない。
顔を動かして殴られた場所を確認すると、そこは鈍器で殴られたかのように陥没していた。
それはもう1人の、馬から降りてきた男も同様だった。
踵の当たった場所が陥没している。
殴打や蹴りで、果たしてこのようなことが可能なのだろうか。ましてやそれを行ったのが屈強な男ではなく、細身の女性である。
ギルにはそんなこと到底不可能のように思えた。
「大丈夫そう?」
本人にその自覚はないのだろう。女性は心配そうに声を掛けてきた。
「ああ、2人とも気を失っているだけだ」
ギルは男達が既に死んでいることを黙っておくことにした。
女性の反応を見る限り、殺すつもりはなかったようだからだ。死んだと聞かされれば少なからず衝撃を受け、精神が不安定になるかもしれない。
女性が混乱から暴れ出したとき、ギルには自分一人でそれを抑えられる自信はなかった。
念の為縛っておこう、とギルは一芝居打つことにした。
馬の鞍に引っ掛けられた縄、人を攫う際に使うつもりだったであろう縄を使い、男2人をそれぞれ後ろ手に縛りあげてその場に放置した。
「もう大丈夫だ」
そうギルが声をかけると女性はよかった、と大きく安堵の息を吐いた。
「手や足は、痛まないか?」
あれだけの勢いで殴ったのだ、素手ならばどこか怪我をしていてもおかしくない。
案の定、少し手がと答える女性の手を掴み、ギルは月明かりに晒した。
薄明かりの中で見るその拳はごく普通の女性の拳に見える。
そしてどうやらその拳の皮膚が破れ、そこから出血しているようだ。
「戻って手当をしよう」
そう言って歩き始めたギルだったが、これまでのように女性を後ろにつけて歩く気にはなれなかった。
女性が自分に危害を加えるとは思えない。しかし女性の先程の身のこなしや素手での威力を考えると、どうしても警戒してしまう。
「酒で傷口を洗っておこう」
ギルは何とか軽く微笑みながら、女性の横に並んで歩いた。
「みんな、やられちまったのか?」
焚き火の場所へ戻ると、まだ息のあるバリーが木にもたれかかりながら2人を待っていた。
「ええ、あっちで2人とも倒れていますよ」
誰がやったか、そしてその生死をギルは口にしなかった。
「あんた、随分と強いんだな」
半ば呆れたように軽く笑い、バリーは宙を見上げる。
「あの、バリーさん」
既に危険は去ったと判断したギルの様子は先程までとは一変しており、年相応の青年のそれだった。
「事情を、聞かせてもらえませんか」
彼らのやっていることは間違いなく悪なのだが、どうしてもバリー自身が悪人だとは思えなかったのだ。
「女を、攫ってた事情をか?」
バリーは深く息を吸い込むと痛みから顔をしかめた。
「そうだな、あんたにだったら頼めるかもしれねぇ」
そう言ってバリーは考え込んだ。
「もしよ、もし頼めるのなら、俺の村を」
そう言いかけた時、バリーの目に恐怖の色が浮かんだように見えた。
「いや、すまねえ。やっぱり言えねぇな」
そう呟くバリーに、ギルは尚も問いただしたが、結局バリーはそれ以上何も話してはくれなかった。
「それよりもよ」
とバリーは焦点の合っていない目でギルを見た。
「今晩のことは、すまなかったな」
それは思いがけない一言だった。
「俺が言うのもなんだけどもよ、あんたらは理不尽に負けず、最後までしっかり生きろよな」
俺達のことは気にしなくていい、とバリーは言う。
「こんなことやってんだ、遅かれ早かれ自分達に返ってくることは覚悟してたさ」
だから気にするな、と呟くバリーの言葉からは徐々に力が失われていく。
そして何度もすまねぇ、すまねぇと繰り返しながらバリーは静かに息絶えたのであった。
それはバリーが、生きることを諦めたように見えてから、あっという間のことだった。
「怪我を治療をしよう」
しばらくバリーの亡骸の前に立ち竦んでいたギルだったが、そう言って女性を焚き火の近くへ呼ぶと、その明かりで女性の手を照らした。
パチパチと、焚き火の音が響いている。
それは短い時間だったのか、それとも長い時間だったのか。
女性の手から滴る液体が血ではなく、見たことのある黒い液体だったことに驚いたギルは、いつまでも動くことができずにいたのであった。




