道連れ 最終話
「では、次は南に向かわれると?」
カーマイン商会の商人はどうにも腑に落ちない顔でギルに聞いた。
「しかしあちらに目ぼしい街はなく、村々を回ったところで実入りはたかが知れていますよ?」
それならば北に向かったほうが、という商人の言葉を遮って、ギルは改めて南に向かう意思を伝えた。
バリー達は夜空を見上げ、時間がないと言った。
それがどういうことなのかは分からないが、今回はカーマイン商会の用事を受けているような時間は残されていないように思えたのだ。
「北に赤い魔女が現れたというなら、緊急で物資を必要としているのはそちらなのだと思います」
しかし、とギルは続ける。
「今の話を聞いて、どうやら私は南に向かうべきだと思ったのです」
はぁ、と合点のいかない顔でギルを見る商人に情報の礼を言い、ギルはカーマイン商会を後にした。
女性の拳から流れ落ちる液体が血ではなく黒い液体だったあの夜、ギルはそれまで胸の内に支えていた違和感の正体を捉えた。
なぜあの日存在しない依頼の荷をあの村に運ぶことになったのか。
そしてなぜ同じ日にゴブリンの襲撃が起こり、正体の分からない女性に出会ったのか。
その全てはヴェラによって仕組まれていたのだという答えにギルは行き着いた。
あの夜、村でぶつかった女性は間違いなくヴェラだ。
今はその確信がもてるのだが、あの時はそれどころではなかったのもあり、疑惑の正体を確かめるところまで頭が回らなかった。
それにどのみちこちらがどんなに必死になりヴェラを追いかけても、ヴェラの目をもってすればギルから逃げることは容易かっただろう。
あちらに会うつもりがなければ、ヴェラを追ったところでどうしようもないのだ。
そしてなぜ、ヴェラがあんな芝居をうってまであの村にギルを呼び寄せたのか。
それは「人ではない人間」である女性と出会わせる為だったのだ。
たしかあの夜、ヴェラは「あの子を助けてあげてくれ」と言った。
それがカティナの手によるものなのか、もしくは他の何らかの手段によってなのかは分からないが、「人ではない人間」になってしまったあの女性を守らせる為、ヴェラはあんなに手間のかかることを仕組んだのだ。
そして襲撃の場に立ち会ったことでイアンからの信頼を得、結果として女性と一緒に旅をすることになった。
ヴェラがそこまでしたあの女性が一体何者なのか、それは今も分からない。
しかし街まで戻り、カーマイン商会から得た情報により、もしかしたらと思うところがあった。
ギルは街に戻ると宿を取り、女性をそこに待たせ、カーマイン商会を訪れて先日の荷の依頼主について訪ねた。
それについてカーマイン商会では女性からの依頼だったということしか分からなかった。
そして更に近隣の新しい情報求めると、北では赤い魔女と魔物の集団が村を襲い、南では人が攫われる事件が頻発していると聞いた。
宿へ戻る道すがら、ギルは考えを整理してみた。
村への荷物の依頼主である女性、それは恐らくヴェラだ。
そして北で赤い魔女が出現していたというのなら、それを追いかけると言って旅立ったヴェラが、あの日あの村にいたとしてもおかしくはない。
どこかであの女性を助け、ギルが近くにいるのが視えたヴェラはあの村で出会うように仕組み、その後自身は北で起きた赤い魔女による襲撃の現場へと向かったのではないだろうか。
そして南で頻発しているという人攫いの件。
もしかしたらこれこそが、ヴェラが助けた女性の出自に関わる事件なのかもしれないとギルは思った。
仮定だが、旅の途中ヴェラは攫われたあの女性を助けたのかもしれない。そして彼女が「人ではない人間」だと分かり、その行く末を託すために村までギルを誘導したのかもしれない。
それならば普通に会ってくれればとも思ったが、ヴェラにもなにか考えがあったのかもしれない。
全ては仮定の、かもしれないという話でしかなく、結局はっきりとしたことは現地に赴く以外方法はないように思えた。
「戻ったよ」
宿の部屋の扉を開けて声をかけると女性が昼食を取っていた。
「あ、おかえりなさい」
俺も何か食べようかな、そんなことを言うギルと女性の関係はあの夜から何も変わっていなかった。
「君のことなんだけど」
階下へ昼食の依頼をしたギルがベッドに腰掛けながら女性に向かい、カーマイン商会で聞いた話をした。
「もしかしたら、君もその、攫われた人達の1人なのかもしれないと思って」
だから南に向かおうと思う、とギルが伝えると女性は食事の手を止めてギルに向き合った。
「てっきりこの街でお別れなのかと思ってた」
ギルも当初はそのつもりでいた。
女性をカーマイン商会に預け、その後のことを1人で考えるつもりでいた。
しかしそれは女性が普通の人間であったならば、の話である。
「君の血が、黒かっただろ?」
ギルは街に戻る途中、自分の知る話を女性に伝えていた。
ヴェラから聞いた昔話、かつてカティナが生み出した「人ではない人間」の話を。
「だから君の行く先に、もしかしたら俺の探してる女の子がいるかもしれないんだ」
「その、カティナという娘ね?」
女性の言葉にギルは頷く。
女性に流れるのが黒い血であっても、これまでと変わらず接することができるのはヴェラを知っているからであり、ヴェラから聞いた昔話のおかげだった。
「だからこれは、君の為というだけじゃなくて俺の為でもあるんだよ」
そう言ってギルはこの数日間で話した旅の話よりもずっと前、子供の頃に聞いたイシュト大陸に関わる物語を掻い摘んで女性に聞かせた。
「人ではない人間」であることに後ろめたさを覚えないように、という想いを込めてのことだった。
翌日には旅の準備を整え、早々に街を出た。
夜ごと月は膨らんでいる。
バリー達に急ぐ理由があったのであれば、今は少しでも早く動こうと思った。
「ねぇロザーナ」
照れくさそうにギルが女性に呼びかける。
「何?ギル」
寒くはないかい、と問うギルに女性は平気と微笑んだ。
いつまでも名前がないのも不便だと、だがしかしどう呼べばいいのだろうと散々悩んだ挙げ句、ギルは女性をロザーナと呼ぶことにした。
昔話をする際にロザーナの一件も一緒に伝えた。
女性はその名で呼ばれることに反対することはなかった。
長い付き合いではないかもしれない。一時的な道連れかもしれない。
しかしギルは今、ロザーナと呼ぶ女性と共に旅をすることに不思議な充実感を覚えるのであった。




