第9話
ギルが初めて人を斬ったのは、旅に出てから4つ目の街を訪れた時だった。
自分が生まれ育った街にあるカーマイン商会から荷を預かり、村々を巡りながら次の街で納めた。
そしてまた荷を受け取ってを繰り返しながら4つ目の街に着いた時、街は戦うことのできる人間を求めていた。
近くで街を出入りする商人の荷物が奪われる事件が多発していたからだ。
旅に出たばかりの高揚感からか、身に着ける武具を試したい好奇心からか、はたまた若さゆえの無鉄砲さからだったのか、ともかくギルは討伐隊が募集するその作戦へと参加を希望した。
訪れた初日は難色を示した討伐隊の面々であったが、翌日再度訪れると一転してギルの参加を認めてくれた。
が、結果としてギルはこの作戦に参加したことを後悔した。
結局のところ、犯人達は魔物に村を襲われたことにより住む場所を失い、新しい居場所に馴染むことができず、結果そうすることでしか生きることができない者たちであった。
だが他人に危害を加えることを止めないのであれば、討つことでしか解決する方法はなかった。
初めて人を殺した。魔物を斬ることには慣れていた。だからそのままの感覚で戦えると思っていた。
だがやはり人間を斬るということはそんなに生易しいものではなかった。
いつまでもその場に残る死体の恨めしそうな目が忘れられない。そこここから聞こえてきた断末魔が忘れられない。完全な悪人とは言えない人間を殺したことへの気持ち悪さが忘れられない。
その後も旅の途中で野党に出くわし、否応なしに戦う羽目になることもあった。
その場を生き延びるために何人もの人間を殺してきた。
しかし、いつまでも慣れることはできなかった。
だから今回も、できれば戦いたくはない。殺したくはない。
「あんたらが訳有りってんなら、消えたところで問題はなさそうだ」
ギルの感情にはお構いなしに、目の前の2人の男はすでに武器を抜いている。
「突然のことで驚いてるだろうが、その娘はもらっていくし、あんたにはここで死んでもらう」
バリーの横に立つ男が妙に不自然な大声でそう言った。
そしてそれに呼応するかのように木々の間から落ち葉を踏む音が聞こえたかと思うと、それはギルと女性の後ろへと回り込んだ。
「おせぇんだよ、お前は本当に、何をやらせても」
バリーの横の男は相変わらず汚い口調で叫んでいる。
「俺としてはな」
と落ち着いた口調でバリーは言う。
「大人しくその娘を渡してくれれば、あんたのことは見逃してもいいと思ってる」
バリー、と驚いたように叫ぶ横の男を手で制し、バリーは続ける。
「仕事で護衛しているだけなら、命をかける必要はねぇだろ?娘を置いて逃げて、そのまま遠くに行っちまえば誰も、何も言わねぇって」
この期に及んで自分を逃がそうとするバリーに、ギルは若干の違和感を覚えた。
「俺は自分のやるべきことを放棄するつもりはない。そんな中途半端な男になるつもりも、ない」
ギルは相手に気付かれないようにわずかに両足を前後にずらし、重心を落として溜めを作った。
「お前達がここから立ち去らないのなら、さっきも言ったが」
ギルは覚悟を決めた。
全員殺す、そう言ってギルは相手の反応を待つことなく前へと飛び出した。
後方から慌てる男の声が聞こえる。
おそらくギルの指示の通り、女性が反対方向へと駆け出したのであろう。
それならば一刻も早くここを片付けて追いかけなければならない。
ギルは外套の下からバリーの腹を目掛け、半ば投擲するほどの勢いで斧槍を振り上げた。




