第5話
昨晩、ギルが毛布を配りながら宿屋で朝食を用意する旨を伝えて回った為、宿屋は朝から大忙しだった。
村がこんな状態ではすぐに日常の生活に戻ることは難しい。
朝から酒を飲みたがる者も現れ、ある者は静かに、ある者はくだを巻きながら潰れるまで飲んでいた。
そんな村人を横目に、ギルは村の中でできることを探して回った。
焼け落ちた家から使えるものを探すのを手伝い、亡くなった人の埋葬に手を貸した。
そうしてようやく朝食を取れるようになった頃にはすでに宿屋に村人達の姿はなく、用意されていた食べ物はすっかり冷めてしまっていた。
村の混乱は落ち着いていないが、それでも少しずつ皆前に進もうとしている。
物を動かす音、その為の掛け声、そしてどこからか釘を打つような音も聞こえてくる。
そんなゆっくりした時間を過ごしていると、ギルはどうにも腑に落ちない、言いようのない違和感に苛まれるのであった。
それは昨夜からずっとあった違和感だ。
しかしこうして物事がある程度一段落してしまうと、これまで以上に自然とその違和感について考えてしまうのだ。
あえて言うならば、今自分がここにいる、ということへの違和感なのだが、それをうまく説明する言葉が見つからなかった。
「今日にもここを発つそうで」
冷めたスープをくるくると掻き混ぜているギルに宿屋の主人が声を掛けてきた。
「ええ、仕事は終わりましたので、自分の旅に戻ります」
次の街でカーマイン商会に寄って納品書を手渡す。
そこでまた情報を仕入れ、仕事があれば請け負い、次の街を目指す。
これまで当たり前のようにやってきたことだ。
だが、正直なところ今はあまり気乗りがしなかった。
「それなら、あの子も一緒に連れて行ってあげてもらえませんか」
前掛けで手を拭きながら宿屋の主人は後ろを振り返る。
そこには長い黒髪の女性が立っていた。
女性はペコリと頭を下げる。
「話を聞くとあの子、何も覚えていないそうじゃないですか。このままこの村にいても、居場所はありません」
宿屋の主人はなにも厄介払いをしようとしているわけではない。それはギルにも理解できる。
ゴブリンの襲撃のあった小さな村で、見ず知らずの人間の面倒を見る余裕など誰にもないだろう。
だからギルに予感はあった。一緒に村を出るように頼まれるだろう、と。
しかし。
「イアンさん、私は男一人で旅をしています。そんな人間に女性と二人で旅をさせるべきではないと思いませんか?」
ギルは端から断るつもりでいた。次の街まで数日かかる。その間一人でこの女性を守りきる自信がなかったからだ。誰かを守る場合、対象よりも多い人数が必要になる。これまでの経験からギルは嫌というほどそれを学んでいた。
「では、どうしろと?」
イアンと呼ばれた宿屋の主人は少しムッとしたような顔をした。
「この村で面倒を見るような余裕はない。だからといって一人で街まで行くようになんて、とてもじゃないが言えませんね」
そう言いながらイアンはギルの向かいに座った。
「それなら、次にこの村を訪れた人に頼めばいいのではないですか?」
ギルは言う。
ここも宿屋なのであれば旅人や商人が立ち寄るはずだ、と。
「次の人に?その人はいつ来るんでしょうな?前にうちに客が来たのはまだこれほど寒くない時期でしたがね」
そんなことを言われても、とギルは頭を掻いた。
「それにね」
とイアンは続ける。
「あんたはカーマイン商会の依頼を受けられるほどに信用のある人だし、この村のこともいろいろと手伝ってくれた」
だから、とイアンは頭を下げた。
「あんたに、お願いしたいんですよ」
次に人が来るのがいつになるかも分からない。更に言うなら訪れた客が信用できるかどうかも分からない。
それならば今、信用できるギルにお願いしたいのだと、イアンは深々と頭を下げた。
「どうして、そこまで」
見ず知らずの女性のために頭を下げることができるのか、ギルには分からなかった。
「若い女性が一人で困っている。それを助けてやりたいと思うのに深い理由がいりますかね?」
少しとぼけるように話すイアンだが、しかしもう何を言っても考えを変えそうになかった。
ギルは視線をスープに落とす。
ゆっくりかき混ぜながら、どうするべきかと思案した。
ここから先への道は詳しく知らない。だが来た道を戻り前の街へと向かえば、地理を把握している分比較的安全に移動できるだろう。
街からここに来るまで、障害となるようなものは何もなかった。
それに違和感の一部でもあるイアンの注文していない、イアンからの荷物。その件をカーマイン商会に確認したほうがいいかもしれない。
そこで何も分からなければ、一度実家に帰ってみてもいいかもしれない。旅を、少し休んでもいいかもしれない。
そんな少し後ろ向きな気持ちも相まって、結局ギルはこの話を受けることにした。
「分かりました。では街までは私が送ります。しかしその後のことまでは責任は持てませんよ」
そんなギルの言葉にイアンは微笑み、冷えたスープを持ち上げると温め直すために台所へと消えていったのであった。




