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第10話

いつから見上げていたのかは分からない。

気がついたら、そんな言葉が当てはまる状態であった。

見覚えのある天井、嗅ぎなれた匂い、全身に感じる布の感触。

そこは間違いなく、自分の部屋の寝床であった。

どうしてここに、とギルはぼやけた意識の中で記憶を辿った。

まるで夢でも見ていたような気分だった。

しかしあれは紛れもない現実。それは手が、足が、体が覚えている。

人形のように空っぽな目をしたロザーナ。恐ろしい顔をした魔物。それを切り裂いた感触。

大きな魔物を殺したあと、ギルはひどく取り乱し、ヴェラに対して悪態をついた。

どうして、と。なぜもっと早く分からなかったのか、どうして間に合わなかったのか、と。

さんざん怒鳴り散らし、遂にはヴェラに対して斧槍を振りかざした。

それは勢いからだった。本当に振り下ろすつもりなんてなかった。だから振り上げた斧槍は怒りとともにその矛先を向ける相手を見失った。

ヴェラは少しの沈黙の後こう言った。

「あたしにもすべてが救えるわけじゃないんだよ」

視えるということは救えるということではない。

むしろ救えない、間に合わないことのほうが多かったのだと、少し寂しそうにそう言ってヴェラはギルを抱きしめた。

抱きしめられたギルは泣いて、泣いて、さんざん泣き散らかしたあと、糸が切れるように意識を失った。

そこからは目が覚めても意識がはっきりとしなかった。起きているのか夢を見ているのか分からない、そんな状態が続いた。

揺れる馬の上で今日の起こった事を思い出していたが、そこに1つの現実感もなかった。

明け方近くになって館に到着したあと、ギルはヴェラに馬から降ろされ玄関の前へと座らされた。

「あたし達があの場にいたことは誰にも言っちゃいけないよ。面倒なことになるからね」

身も心も疲れ果てたギルには端からそんな余裕はなかった。

少しして玄関先に座るギルを見つけた使用人たちがしばらくの間慌ただしく動いていたが、それもまるで他人事のような気分だった。


そして今、部屋の中はとても静かだ。

昨日のことがすべて嘘だったかのように、すべて悪い夢だったかのように、今日という日はいつもと何も変わらなかった。

ふと、その静けさが昨日の街道での違和感を思い出させた。

街道を進む際、誰にも会わなかったような気がしたのだ。

時間が時間だけにそもそも通行人は少ないだろう。しかし、と思い耽っていたところで使用人がギルの様子を見に部屋を訪れた。

昨夜はどこに行っていたのか、体に異常はないかといくかの質問をしてきたが、ギルが曖昧な返事しかしないため「朝食の用意をします」とすぐに部屋を出ていった。

何もしたくない、何も考えたくはない。

ギルはその日1日、食事をすることもなくずっと横になっていた。

体はダルいが妙に頭は冴えている為眠れない。しかし起きていると思い出したくない記憶が次から次へと溢れてくる。

それはとても苦しい1日だった。とても長い1日だった。


翌日の昼を過ぎた頃、ロザーナ達の訃報が屋敷に伝えられた。

街道から少し外れた場所で野営していたところを魔物に襲われ、一行は皆殺しにされていたと。

(知っている)

周辺には黒いシミがいくつも残っていた為、魔物に襲われたのだろうと。

(知っている)

不運なことだと。

(そんな言葉で片付けるな)

街道の先で別の魔物が暴れていた為発見が遅れてしまったようだと。それは牛の頭をした巨躯な魔物だったと。

誰にも会わなかった原因はそれかと思ったが(どうでもいい)としか思えなかった。

ギルは使用人から報告を聞きながら怒りが湧いてきた。それが完全な八つ当たりだという自覚はある。しかしロザーナの死に対して淡々と、ギルにとっては軽薄とも受け取れるような態度で報告する使用人に、怒りを抑えることができなかった。

無言を貫き、使用人が部屋から出ていくと一頻り暴れた。物を蹴り、投げ捨て、喚き散らした。

ギルの心はもうすっかり疲弊していた。このままでは頭がどうにかなってしまいそうだ、とギルは自分自身に恐怖を覚えた。

こんな時どうすればいいのか。

それを教えてくれるのはヴェラしかいないような気がして、ギルは馬を駆り林を目指すことにしたのであった。



「時間が解決してくれる、なんて言うと無責任に聞こえるだろうけどね」

先日の自分の行いを思い返し、ギルはヴェラに謝罪しなければいけないと少し緊張していた。

しかしいつものように林の入り口でギルを迎えてくれたヴェラは、いつもどおりであった。

「現実に向きあって、もがいて、苦しんで、それをずっと繰り返していくうちにいつかは楽になっていくものさ」とヴェラは言う。

「それって解決策はないってことなんじゃ」

ヴェラの答えはギルにとって満足できるものではなかった。

しかしヴェラは「そんなもんだよ」と鰾膠もない。

そんな簡単なものではない、と納得のいっていないギルに対してヴェラは続ける。

「それでもね、敵を討てたっていうことはあんたの気持ちを少しは軽くするんじゃないのかい?」

確かにどこかで起きた事件や事故の原因、殺した相手は普通は分からない。出会うことすら奇跡に近いことだろうし、出会ったところで気づかないままなんてことは容易に想像できる。

助けることはできなかったとはいえ、その敵は討てた。その結果を持って気持ちに整理をつけろとヴェラは遠回しに言っているが、幼いギルにそんなことができようもなかった。

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