旅立ち 最終話
「じゃあさ」
と渋い顔をしたままのギルにヴェラは言う。
「これから先出会う悪い奴には容赦しない、ってのはどうだい?」
一体なんの話を始めたのだろう、とギルは怪訝な顔をした。
「魔物にも人間にもさ、悪い奴らはたくさんいるんだよ。だからあんたがこの先大陸を巡る間にさ、どこかで悪いやつを見つけたら片っ端からやっつけてやるのさ」
2度とロザーナみたいな子を出さないためにね、とヴェラは言う。
「あんたがみんなを守るんだ。守れなかったときは、その無念を晴らしてやるんだ」
過ぎてしまったことはどうしようもない、しかしこれからのことを考えれば出来ることはたくさんあるはずだ、と言うヴェラの言葉にギルは完全にではないものの一応の納得を示した。
もともとカティナを探す事を目的にこの街を出るつもりだった。どこにいるのか見当もつかないカティナを探すためには大陸のあちらこちらを旅することになるだろう。
それが楽しみでもあったのだ。その旅に新しい目的が追加されたとしても、それはなんの問題もない。むしろ旅をより意味のあるものにしてくれるようにも思えた。
自分にできることなど限られている。自分の手の届く範囲などたかが知れている。しかしその範囲の中のものは必ず守るのだと、そう誓うことこそが自分の生きていく意味、生きがいにつながるような気がした
ヴェラと話をしているうちに少しずつ、本当に少しずつだが胸のつっかえが取れていくような気がした。
ロザーナを亡くした悲しさは癒えはしない。しかし将来の目的を明確にすることで、一時的にとはいえ目を反らし前を向くことができるような気がした。
ヴェラに別れを告げ、屋敷に戻ると使用人からロザーナ達の葬儀が明日行われると聞かされた。
両親は未だ不在だが、ギルは自分だけでも参加するつもりだ。
翌日、葬儀に赴くと、そこはとても簡素な式場だった。
一族皆殺しにされた為、カーマイン商会によって用意された葬儀の風景はとても簡素なものに思えた。
花で埋められたロザーナ達。そこから見える顔は凄惨な事件を感じさせないほど綺麗に整えられていた。
そこには自分の記憶のままのロザーナがおり、まるで眠っているかのように穏やかな顔だった。
ギルは別れの言葉を掛けようとした。しかし口を開いても言葉が詰まり何も言えない。
ようやく出てきた「ロザーナ」という言葉。
しかし穏やかな表情の女の子からの返事はない。
いつもの強気な返事は返ってこない。
ギルはついに堪えきれなくなった。
これが最後の涙だと、そう誓い思い切り泣いた。
その場にいる誰よりも思い切り泣いた。
大人達は号泣するギルに優しく寄り添い、抱きしめてくれた。
そうして一頻り泣いたギルはその場をあとにすると、そのままヴェラのいる林へと向かった。
涙はもう流れていない。これからやることに涙はいらないのだ。
林に着くと、思っていたとおりヴェラが入り口で待っていた。ギルがなぜここに来たのかも当然視えていたのだろう。
「さ、始めようか」
ギルが声をかける前にそう言って、ヴェラは林の奥へと消えていった。
ギルは無言で頷き、ヴェラの後を追った。
それからは1日1日が死ぬような思いだった。
走り、岩を持ち上げ、木に斬り掛かり、ヴェラと打ち合った。
体力がなければ旅など続けられない。筋力がなければ強敵には勝てない。戦いの経験がなければ生き残れない。
数日に一度は休養があったがほぼ毎日、朝から晩までそれらは行われた。
吐きそうになった。泣きそうにもなった。しかし全ては自分の為なのだとギルは歯を食いしばって耐えた。
時には少し遠出をして力の弱い魔物と戦うこともあった。
あの夜はがむしゃらだったこともあり、冷静に生物と対峙するのは初めてで、ましてや相手を殺さなければならないというのはとても難しいことだった。
そんな時、ギルは迷いをあの夜に繋げた。あの夜見た景色、感情、それらに繫げることで眼の前の魔物達を斬り伏せることができたのだ。
1年1年、成長するにしたがってギルの体は大きく、力強いものへと育っていった。
斧槍を振る腕にも力が漲っている。
より強く、より速く、より鋭く。単純な軌道の武器だからこそ一撃で相手を殺せるように、何度も何度も武器を振るった。
ヴェラとの手合わせも随分と長い時間続けられるようになった。
ギルの動きが視えているヴェラに攻撃を当てることは難しいが、「視えるからといって避けられるわけじゃない」という本人の言葉どおり、時にはギルの攻撃がヴェラに当たることも出てきた。
しかし攻撃は短剣で受け止められ、手痛い反撃を食らうのだから、まだまだ未熟だとギルはいつも歯噛みする羽目になっている。
そんな日々が数年続いた頃、急にヴェラが旅に出ると言い出した。
「まぁ随分とのんびりできたしね。それに」
見つけなきゃいけない奴がいる、とヴェラは言う。
「赤い魔女、って知ってるかい?」
その名はギルも聞いたことがあった。
ここ数年の間でよく聞くようになった名前だ。
魔物の襲撃の際には頻繁にその姿が見られる為、皆その魔女が魔物を操っているのだと噂をしているのだ。
「噂では赤い髪をした女だということだけど、心当たりがあるの?」
成長し、声も太くなったギルだが、ヴェラと話す時はどこかまだ子供のような部分が顔をのぞかせている。
「全くないね。全くないんだけど、どうにかしないといろいろと面倒なことになりそうだろ?」
とヴェラは自分の赤い髪を触りながらため息をついた。
「確かに、これじゃまるでヴェラが赤い魔女みたいだ」
気楽に笑い合えるのはヴェラが赤い魔女ではないと信じられるからだ。噂が出たここ数年、ヴェラは毎日のようにギルと一緒にいた。
大陸各地で目撃された赤い魔女がヴェラであるはずがない、とギルは思っている。
「その女の正体がなんであれ、本当に魔物を操っているのなら、そいつからカティナに繋がるかもしれないだろ?」
魔物を生み出しているのはカティナなのだ。その事実を知るものは今となってはヴェラとギルくらいだろう。その事実を知っているからこそ、ヴェラは赤い魔女からカティナへと連想することができたのだ。
「だからあたしは赤い魔女を追うことにするよ」
よっこらしょ、と声に出しながら立ち上がると、ヴェラはまるでまた明日も会うかのような気軽さで手を振りながらギルのもとから去っていった。
突然現れて、突然去っていく。
そんなところもあの人らしいとギルは笑いながら、自らが旅立つその日まで鍛錬を怠らないようにと気合を入れて、その日も1日斧槍を振り続けたのであった。




