第8話
その日はなかなか寝付けなかった。
明日からロザーナはもういない、数少ない気の置けない友人を失う寂しさをどうしても拭えなかった。
それと同時にロザーナの気持ちを知り、自らの気持ちを伝えたことに対する照れや嬉しさ、そんないろいろな感情が混ざり合ってギルは明け方近くまで寝返りをうつだけの時間を過ごすことになってしまった。
自分ではほんの少し目を閉じただけのつもりだったが、どうやらいつの間にか眠っていたようで使用人の呼ぶ声で目が覚めた。
寝不足ではあるのだが、ある種の興奮状態なのかすぐに体は動き、用意された朝食も平らげることができた。
家の中の静けさを鑑みるに、どうやらまだ両親は帰ってきていないらしい。
しかしこんなことはよくあることで、ギルは普段から一人で生活することには慣れている。
いつもなら勉強か剣術の稽古に精を出し、その後街に出掛けるのだが、ロザーナがいなくなった今となってはそれもあまり意味がない。
それならば、とギルは今日も馬を駆って林へと出掛けた。
そこから山へと向かう道はもう歩き慣れている。危険なことなど何もないように思えた。
再び倉庫を訪れたギルはふと違和感を覚えた。
その違和感の正体は、倉庫の中がほぼ空っぽになっていることだった。
昨日は多いとは言えないまでもいくつかの荷物の山があったように思う。
しかし今はヴェラから貰った装備品の山が小さく影を作っているだけだ。
あれから運び出したのだろう、と一旦納得し、装備品を持ち出すと、ギルは一通り身につけてみることにした。
そして、やはりギルは残念な気持ちになってしまった。
鱗帷子は膝まで来て動きの邪魔だし、外套は地面についてしまう。盾を構えて斧槍を持つと体勢が安定せず、結局斧槍は両手で持つしかない。
まだまだ体が出来上がっていない。自分が子供であることを痛感する羽目になってしまった。
それに長い間放置されていた武具は、その期間を考えると十分と言える保存状態ではあったが鱗帷子の金属部分や、盾の上部にある何かを取り付けていた部品などには劣化が見られ、修理や部品の交換が必要そうな状態であった。
ギルはそのままの姿で少しの間妄想に耽ってみた。
将来この街を出て、カティナを探すために各地を旅する。途中ロザーナと再会し、ともに旅をしながら様々な出来事を乗り越えていくのだ。
その中でロザーナを守り負傷することがあるかもしれない、逆にロザーナに助けられることがあるかもしれない。
そんな実現するかも分からないことを想像するのが、とても楽しかった。
妄想に満足したギルは一旦防具を脱いで斧槍だけを持って木へと近づいた。
これまで木剣しか振ってこなかったギルにとって、刃のついた武器の威力は想像することさえできない。
これまで打ち込んでも跳ね返される手応えしか感じたことのないギルにとって、これから行うことは初めての経験である。
斧槍の持ち手を両方の手でしっかりと握る。
柄に巻かれている使い込まれた革は多少の緩みもなく、手に馴染んだ。
こんなにも武具の状態がいいのはもしかしたら竜の素材が理由なのかもしれない、とギルは思った。
暗い湿った倉庫の中で、まるで呼吸でもするかのように湿気を吸い、乾燥を防ぐ。そんな効果があっても何ら不思議ではないように思う。
この斧槍にしても、金属や鉱石と言うには軽すぎるし、ほとんど刃こぼれがないことを見ても何か特殊な素材なのだろう。
両手で持った斧槍を大きく振りかぶり、ギルは木の幹目掛けて斜めに思いきり振り下ろした。
カンッと乾いた音をたて、驚いたことに斧槍の刃はギルの胴体と同じくらいの太さがある幹の半分ほどまでめり込んだ。
(たった一度で)
しかも子供である自分の力でも、この威力。
成長し、体を鍛えたあとの一撃はどれくらいの威力になるのか、経験のないギルに想像は難しかったが恐ろしい威力になるのは間違いなさそうだと身震いした。
それからギルは空想の敵を思い浮かべながら斧槍を振った。
武器の特性上どうしても細やかな動きはできない。
振り下ろすか薙ぎ払うか、もしくは切り上げるかといった単純な軌道での攻撃しかできないように思う。しかしそれを補って余りある威力、この武器はそういう類の武器なのだろうと思うと、ギルはこの斧槍がとても好ましく思えるのであった。
「ねぇギル」
どれだけ斧槍を振り続けていたのか分からない。
汗だくになり息が切れているギルは、背後から突然声を掛けられ、飛び上がらんばかりの勢いで驚いた。
「あんたが腕輪を渡した子は、昨日の夜にはもう出発しちまったんだね?」
突然現れたヴェラは腕を組んで立っていた。
ロザーナのことを知っていたことには別段驚かなかったが、てっきり視えて知っているものだと思っていたことを聞かれたのは意外なことだった。
「あまり、よくないことになりそうだ」
ギルに「そうだよ」と言われたヴェラは頭を掻きながら独り言のように呟いた。
「よくないことって?」
言うべきか言わざるべきか迷っている、そんなふうなヴェラは腕を組みながら唸っている。
「ロザーナに、何か起こるの?」
そんな馬鹿なことが、とギルは言う。
昨日お互いの気持ちを伝え合い、再会を誓って別れた相手だ。それは将来もう一度気持ちを確認し合う相手なのだ。
昨日の今日で何が起きるというのか、ギルはヴェラにしがみつき体を揺すった。
「ねぇ、怖いことを言わないでよ」
斧槍を振り回していた勇ましさは既になく、その表情は年相応の少年であった。
「どんな結果になってもいいというのなら、ついておいで」
そう言うヴェラにギルは反射的に頷くのであった。




