第7話
両開きの2枚の木製の扉は古いながらもまだしっかりとしていたが、鉄製の蝶番は酷く錆びており、扉を動かすと耳障りな音を立てた。
倉庫の中はギルが期待していたほど広くはなかった。
「ひどい匂いだね」
ひんやりとした空気の中には強いカビ臭さが漂っている。
「もう随分と放っといたからね、それも仕方ないさ」
ギルは反射的に顔の前で手を動かし空気を払うが大した効果はない。
倉庫の中には明かりになるようなものはなく、暗闇に近い状態だった。
そんな状態にも関わらずヴェラは躊躇うことなく倉庫へ入ると、影になっている荷物の山の傍らに立ちギルを呼んだ。
「これをね、あんたに渡したかったんだ」
1つ、2つ、3つ、4つ。
抱き抱えるように何かを受け取るギルはそれが何なのか分からない。
しっかりと重みを感じる大きな物なのだが、如何せん倉庫の中は暗すぎた。
「ほら、外に出て見ておいで」
ヴェラに促されてギルは外へ出た。
暗い曇り空の下、ギルの目に飛び込んできたのは空と同じ色をした外套、鱗帷子、そして盾と黒い斧槍だった。
「これって」
もしかして、とギルは倉庫の中にいるヴェラへと叫ぶ。
「ああそうだよ」
いつもと変わらない調子のヴェラの返事を聞き、もう一度抱えた荷物に目をやる。
それはヴェラが話してくれた、イシュト大陸の物語に登場する竜の素材で造られたという盾と防具。そして羊頭の魔物が持っていた鉱石とも金属とも区別がつかない斧槍であった。
そしてつまりこれらの装備品は「アッシュが使ってたものだね!」とギルは跳び上がらんばかりの勢いだ。
「旅に出るならいい装備が必要だろ?」
色々なものが詰め込まれているであろう革袋を手に、ヴェラが倉庫から出てきた。
「いつかはあんたに渡そうと思ってたんだ」
いい機会だったからさ、というヴェラにギルは「いい機会?」と問い掛けたがそれは受け流されてしまった。
ギルは渡された装備品を一つ一つ手にとり、空にかざしながら見入ってしまった。
外套や鱗帷子は自分にはまだ大きそうだ。盾は大きさの割に軽くて今の自分にも使えそうだ。斧槍は片手用に長さが調整されているとのことだが今の自分では両手で持たないと上手く扱えそうにない。そうなると盾が使えない。
そんなことを思いながらギルは楽しくて仕方がなかった。
「それともう一つ、ほら」
とヴェラはギルに何かを投げてよこした。
「これは?」
こんなものを貰っても、と困惑するギルにヴェラは笑いかける。
「あんたにじゃないよ。あんたがそれを、渡したい相手がいるんじゃないかと思ってさ」
なんのことだろうか、と逡巡したが、それがロザーナのことなのだと気付くとギルは一気に顔が熱くなるようだった。
「遠くに行っちまうんだろ?だったら見送る時に贈り物くらいはしないとね」
ヴェラが投げてよこしたのは細い金属の腕輪だった。所々に埋め込まれた石は曇り空の下でも綺麗に輝いている。
「昔拾ったものだけどさ、あたしには似合わないから」
そんなことはない、と思うギルだったがロザーナにも似合いそうだという思いが勝ち、そのままもらうことにした。
装備品は一旦倉庫の中へと戻した。
またいつでも来ればいいとヴェラに言われ、なんだか自分だけの秘密基地ができたような気分だった。
ヴェラと別れ屋敷に戻ると、驚いたことにロザーナがギルを待っていた。
「今夜、出発することになったの」
ロザーナにいろいろなことを話したい。この数日で起きた驚く話を聞かせたい。
そんなギルの気持ちはロザーナの第一声によって完全に潰されてしまった。
「最初に決めてた予定どおりに出発しないとね、討伐隊の人達が護衛してくれないって」
もとは国に仕える兵士だったが、戦がなくなり人間の敵が人間から魔物へと変化していった際に新しく生まれた組織、それが討伐隊である。
街から街へと移動するのは比較的安全ではあるのだが、野党や魔物が現れないとも限らない今の世では金を払って討伐隊を雇うのが当たり前であった。
「だからギルにお別れを言いにきたんだ」
ロザーナは涙を流さないように必死で我慢しているように見える。
少しの間、二人の間に沈黙が流れた。
ギルはこんな時にかける言葉が思い浮かばず、ただまごついてしまうだけだ。
そんなとき、ヴェラから貰った腕輪の存在を思い出し、ギルはロザーナの手を取った。
突然のことに少し慌てながらもそのまま手を差し出すロザーナ。
「今日、ある人からこれを貰ったんだ」
そう言いながらロザーナの手首にギルは腕輪を通した。
「君に、ロザーナに受け取ってほしくて」
その、と言葉につまるギルの手を、今度はロザーナが握り返す。
「私ね、ギルのこと好きだよ」
ギルは?と聞き返すロザーナの笑顔は半分泣き顔のようにも見えた。
「僕も好き、だよ」
思いがけず想いを伝えることになってしまったがもうこれでいいとギルは思った。
「あのね、ギルが将来旅に出て、私のいる街にきたら、私のことを探してね」
「私はすぐにギルを見つけられると思うの。だってギルの髪の色はとても目立つもの」
「私は全然目立たないから。だから貰ったこの腕輪をいつもつけておくね、大切にするね」
「そしてその時は一緒に、旅に出られたらいいね。私戦うことはできないから、従者としてでもいいわ」
いつもよりも早口で、ロザーナは話し続ける。
きっと黙ってしまうと別れの寂しさに飲み込まれるからだ、とギルは思う。
逆にギルは今口を開くと一気に泣いてしまいそうだった。
とても長い時間だったようにも思うし、短いようにも思う。
「じゃあ私、行くね」
またね、そう言って涙を拭いながら去りゆくロザーナに、ギルは大きく手を振りながら再会を誓ったのであった。




