聖王都への旅路 最終話
開け放たれた窓からは気持ちのいい風が入ってくる。
風とともに入ってくる喧騒すらも、今は心地良く感じた。
(長かった)
ギルは今、宿屋の寝床で目を閉じて静かに横たわっている。
ずっと移動し続けてきたと言うわけではなく、要所要所で村や町に泊まりながら聖王都を目指してきたが、それでも立ち寄る先々で何かしらの出来事に巻き込まれ、または巻き込んできた。
今こうして、何もすることなくただただ横になるだけの時間というものはしばらくぶりであり、ギルはこの所すっかり忘れていた安寧の日々を送っていた。
聖王都に到着したのは数日前、あの村の宿屋を立った日の昼過ぎのことである。
もしもあの時に街道で金を盗まれることがなかったら、確かにあの日のうちに聖王都に到着することができていた。
そんな直前で足止めを食らうことになってしまったが、だがその結果として身近に存在しなかった信仰の問題を間近で見ることができた。
(あれ自体はいい経験だったんだと、思う)
しかし、という考えがギルから消えない。
どうしても飲み込みない事実がずっと胸につかえている感じがして気分が晴れないのだ。
思えば初めからそうだったのかもしれない。
カールが護送中のマシューに殺されたと言う事実に対しても、そしてそのマシューを捉えることをせずにその場で斬り殺したことに対しても、多少の違和感を覚えたとはいえ、今思えばもっと慎重にその話を聞くべきだったのかもしれない。
(いや、でもあの時の俺は)
ヴェラの事で頭がいっぱいだった。
そこに追い打ちのように語られるカールの死とマシュー殺害の話など、冷静に聞けるはずなどなかったのだ。
(ラドリアスさんにとって、人の死はそのこと以上の意味を持たないんだ)
あの時はヴェラとの件をラドリアスに慰められたような気がした。怒りをあらわにするヘルマンをなだめ、退出させたラドリアスに助けてもらえたような気持ちにもなっていた。
しかし、しばらく一緒に旅をする中で、どうにもラドリアスの印象が悪い方へと変化してしまっている。
そのラドリアスはというと、聖王都につくなりギルとロザーナの宿を手配し、討伐隊の本部へと向かい「カンザイコ」の場所を調査してくれている。
その知識や行動力、戦いの場での立ち振舞いなど、学びたいことは数多くあると感じていたのだが、今は自分にはとても無理だという気持ちしかなかった。
(あの宿屋の少年にしてもそうだ)
隠れている場所を見つけ出し、話をする機会を得たのであれば、無力化して連れてくればよかった。
しかしラドリアスにとってその少年自体は必要ではなく、少年の正体を掴める部分があればそれで良かったかのように、頭部だけを持ち帰ってきた。
(立ち直ってくれたらいいのだが)
息子が死んだと聞かされるだけでも堪らない話であろうに、その本人の頭部だけを渡されるなど、むしろ親としては煩悶とするだけだろう。
(俺は、そんな決断はしない)
自分なら縛り上げることもせず、大人しくしてくれることを条件に自らの足で歩かせ、場合によっては荷馬車の荷台に乗せ、宿屋へと連れて行ったはずだ。
「だがその道中で突然暴れ出す、もしくは逃げ出す可能性はあるだろう」
ギルはハッとして部屋の入口を見るが、そこには誰もいない。
(気の所為、だ)
ラドリアスの声が聞こえたような気がした。そしてラドリアスなら、そう言うだろうという気もする。
(何が正解なのか、結果を見てみないと、そんなことは誰にも分からないんだ)
いや、とギルは自問自答する。
(ヴェラには視えてるんだ。何が、どんなふうに視えているのか分からないけど、でもヴェラには全部、視えてる)
それはどんな気持ちになるのだろう。
物事のすべてが手に取るように分かる、そんな万能感に支配されるのだろうか。
しかし、なら尚更視えてもどうしようもないこと、例えばだが、自らの死などを視てしまった場合、正常な気持ちでいられるんだろうか。
(まぁ考えても、仕方ないことだけど)
窓から入ってくる風が頬を撫で、ギルを心地の良い睡眠へと誘う。
(どうせ、やれることなんてなにもないんだ)
討伐隊名義で借りた宿の宿泊費を心配する必要はなく、時間になれば勝手に食事が提供される。
(今はもう、ラドリアスさんからの連絡を待つしかないしな)
徐々に微睡んでいく意識に抵抗することなく、ギルはそのままゆっくりと眠りに落ちていった。
討伐隊のヘルマンが怒って部屋を出ていった。
街で偶然出会った冒険者風の男が、自分とロザーナを見て部屋から逃げ出した。
宿屋の主人と奥さんが、悲しそうな顔をして部屋の奥に立っている。
(あぁ、そういえばこの人達も、ラドリアスさんが対応してくれたんだった)
皆、どうなったのだろうか。
ヘルマンとは会わないまま街を出発したし、冒険者風の男の件は心配ないとラドリアスに言われてそのままにした。
あの朝、宿屋では主人とその妻に挨拶をすることなく宿を出た。
(大丈夫だ。何も、心配ない)
まるで自分に言い聞かせるように呟くその声は、どこか震えている。
(大丈夫だ)
何かを叩く音が聞こえる。
(全部上手くいく)
自分の名前を呼んでいる気がする。
(今度はきっとヴェラと、一緒に旅をするんだ)
ひときわ大きな音がして、呆れた声とともに誰かが近づいてくる。
「ねぇ、ギル」
なんだか懐かしい。どこかで聞いたことがある気がする声。
「起きてよ」
あの時も、今と同じように呆れていたような気がする。
「ラドリアスさんがね、今から討伐隊に来いって」
しかし誰が、誰に呆れていたのだろう。
「ねぇ、もうギルったら」
深く息を吐きながら、重い、重い瞼を頑張って持ち上げると、自分の体を一生懸命引っ張っているロザーナが、そこにいた。
「あ、やっと起きた」
起きた?と聞き返すギルに、ロザーナは顔をクシャクシャにしながら笑う。
「ギルがそんなに寝惚けてるなんて、珍しいね」
そうだろうか、とギルは未だに頭がよく回らない。
「ラドリアスさんがね、カンザイコ?の場所が分かったから来てほしいんだって」
カンザイコ、その言葉を聞いて急速に目が覚める。
「え、もう?」
慌てて起き上がり、つきすぎた勢いで転びそうになりながら、ギルは軽い足取りで歩くロザーナになんとかついていくのであった。




