第1話
宿の入口には若い討伐隊員の男が立っていた。
討伐隊員は軽く頭を下げると「お連れします」とだけ言い残し、ギルとロザーナの様子を気にすることなく外へと出ていった。
(しまった)
と、ギルは自分の格好が討伐隊に向かうのに適していないことに気がついた。
寝起きのまま慌てて来てしまったものだから、ギルは武器も鎧も身につけていないのだ。
ロザーナに至っては柔らかな素材の寝間着のようなものしか身に着けていない。
(こんな格好で行っていいのか)
とギルは逡巡しているが、ロザーナの方は特に気にしている様子もない。
「ごめん、一度着替えに」
そうギルが言いかけた時「お急ぎください!」と外から苛立ちを隠そうともしない討伐隊員の声が聞こえた。
ギルは困ったように頭を掻いたが、これ以上待たせてしまっては申し訳ないと思い、そのまま外へと向かった。
組織の中にあって、若さというのはそれだけで色々と大変なのだ。
討伐隊員の彼が不機嫌になるのも、それだけの理由があってのことなのだろう、とギルは謝罪の言葉を述べると慌てて荷馬車の荷台へと飛び乗ったのだった。
宿から討伐隊まで中々に距離があるようで、若い隊員の男は人気の少なくなった路でかなり馬を急がせている。
そのせいで荷馬車が大きく揺れてしまい、ギルとロザーナは力いっぱい荷台の縁を掴むことになってしまっていた。
(そんなに慌てることでもないだろうに)
ロザーナの話ではカンザイコの場所が判明したということだった。
その場所を伝える為に呼ばれたのであれば、早く着かなければならない理由など特にないように思える。
「すまないが、少し速度を落としてくれないか」
荷台で揺られながら、ギルは討伐隊員に向けて精一杯声を上げたのだが、その声は騒音に掻き消され、危うく舌を噛みそうになってしまった。
(耐えるしかない、のか)
尻が浮き、次の瞬間には荷台に強かに打ち付ける。
痛みに顔を歪めながら心配になりロザーナを見てみると、何故かロザーナは満面の笑みを浮かべていた。
「どうしたの?」
舌を噛まないように気をつけながら、ギルが声を張る。
「こうやってね、すごく揺れるのが、なんか、すごく楽しいなって」
ロザーナは荷台の揺れに完全に体を預けているように見える。
そればかりか、揺れに合わせて自分からわざと体を浮かしているようにもさえ見えた。
「落ちたら、危ないよ」
荷馬車とはいえ、これだけ速度が出ている状態で落ちてしまえば擦り傷どころではすまないだろう。
人気が少ないとはいえ、討伐隊員の目もあるこんな場所で黒い血を流すようなことになってはならない。
「大丈夫だよ、だってしっかり握ってるもの」
しかし本人は呑気なもので、何かの遊具にでも乗っているかのような事を言う。
「頼むから、落ちないでくれよ」
そんなロザーナに何かができるほどギル自身に余裕はなく、結局のところ楽しそうに笑い続けるロザーナの横で必死に荷台にしがみつくことしかできないギルであった。
「何か、あったのか?」
討伐隊に到着し、隊員の案内で1つの部屋に案内され、扉が開いた先にはラドリアスと数人の討伐隊員がいた。
ギルとロザーナの姿を見たラドリアスは口元だけで微笑み、2人と若い隊員を交互に見比べた。
「いえ、私は急いで連れてくるようにという指示に従ったまでです」
ギルは臀部の痛みに顔を歪め、ロザーナはまだ笑顔のままである。
そんな横で険しい顔をした隊員が直立しているのだから、その風景は誰の目から見ても奇異なものに映っただろう。
「そうか、ご苦労だった」
とラドリアスはギルとロザーナを部屋に入るように促し、若い隊員にはそれとなく退出することを促した。
「あの、私は」
しかし若い隊員はすぐに出ていくことなく、名残惜しそうにしている。
もしかしたら自分もこれから始まる何かしらの話し合いに参加できると思っていたのかもしれない。
「ご苦労だった」
とラドリアスは同じ言葉を繰り返し、若い隊員をさり気なく下がらせると静かに扉を閉めたのであった。
「少し無理をしたようだ。すまなかった。あれも悪い男ではないのだがな」
そう言って集まった者の中で最年長であろう男がギルとロザーナに頭を下げた。
「いえ、とても楽しかったですよ」
それを本心で言うロザーナの笑顔を見て、相手は少し呆けた後、声を上げて笑った。
「流石はケンキと呼ばれる方だ」
その後、ラドリアスの紹介でその男がこの討伐隊の隊長であることが分かった。
聖王都の討伐隊の隊長ということは、それ以上の意味を持つ肩書なのであろう。
それは他の隊員達の態度から見ても明らかであった。
(隊長の命であれば、彼があれだけ急ぐのも無理はない、か)
それは理解できなくはないのだが、出来ることなら帰りは別の人が操る荷馬車に乗りたいものだとギルは思った。
「他の方々は小隊長の位にあり、今回の件、つまりは魔女の件について集まってもらった」
とラドリアスはこの数日間で得た情報を話し始めたのであった。




