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9/22

9ワン

勇者の剣が選んだのは、誰なのか、犬なのか。

 数日後、街は、ちょっとした騒ぎになっていた。


 街の北の山で、大きな崩落があったのだ。先日の大雨で、崖の一部が崩れ、その奥から、見たことのない石段が現れたらしい。

 つまり、新しいダンジョンの発見である。


「未踏破のダンジョンだ。調査隊を出す」

 ギルドの掲示板の前で、口ひげをたくわえた恰幅のいい男が、集まった冒険者たちに声を張り上げていた。

 ギルドマスターだ。

 俺はソラの足元からその男を見上げていた。


 先日、二階の手すりからソラを値踏みしていた男。あのときと同じ、何かを測るような目をしている。

「荷運びの人手も必要だ。誰か、手を挙げる者は」

「はい」

 声を上げたのは、意外な人物だった。

「ダルガさん」

 ソラが、驚いた声を出した。


 先日の一党のリーダー、ダルガが大きな腕を組んでこちらを見ていた。

「荷運びなら、あの新人がいい。この間、ちゃんとやってくれた」

「ああ、あの、鬼の副団長の弟子か」

 ギルドマスターが、ソラを見て、目を細めた。

「悪くないな。よし、その坊主も同行させよう」

 ソラは、ぺこりと頭を下げた。

 その隣で俺は、ミーナが調査隊にいることを確認して、こっそり尻尾を振った。

 ……いや、決して、そのためではない。


          *


 調査隊は、総勢で十人ほど。

 ダルガの一党に、ギルドが選んだ腕利きの冒険者たち。そして、ギルドマスター本人が、なぜか、自ら指揮を執るという。

 

 その中に、ひときわ目立つ男がいた。

 身の丈ほどもある大剣を背負った、筋骨隆々の大男。ぎらついた目と、太い眉。

「あれが、ガレスさんだ」

 ダルガが、ソラにこっそり耳打ちした。

「この街のギルドで、最強と言われてる男だ」

「最強……」

「ああ。腕っぷしなら、右に出る者はいない」

 ガレスはソラたちに一瞥をくれて、ふん、と鼻を鳴らした。

 愛想がいいとは、言えなさそうだ。


          *


 崩れた崖の裂け目から、調査隊は、奥へと進んでいった。


 石段は、ひどく古かった。段のふちが丸くすり減って、苔が生えている。壁の石組みは、ダルガと入った遺跡よりも、はるかに古い様式に見えた。

「いつの時代のものだろうな」

「少なくとも、百年以上前だ」

 そんな会話を聞きながら、俺は、また、ソラの足元から前へ出た。


 この遺跡にも、罠はきっとある。

 鼻を床すれすれまで下げて、嗅いだ。

 ……あった。

 ひとつ目の罠は、劣化魔法ですぐに壊せる類のものだった。俺は、壁の奥の仕掛けにこっそり魔力を流した。

 ぼろり、と何かが朽ちる感触。


 ふたつ目の罠は、対魔法処理が施されていた。魔力を弾く。

 なら、力技だ。

 俺は、通路の脇の壁に前足をぽんと当てた。

 ずずん、と、天井の一部が崩れ落ちた。

「うおっ!?」

「また崩落か!」

「この遺跡、崩れすぎじゃないか?」


 ギルドマスターが、煤を払いながら首をかしげた。

「今日は、よく崩れるな……」

 ……すみません。

 俺は、澄ました顔で、通路の奥を眺めていた。


          *


 通路は長く、深く続いていた。


 途中、魔物が何度か出たがガレスとギルドの腕利きたちが、あっさり片づけていく。ソラは、荷物を抱えて、後ろをついていくだけだった。

 

 やがて、通路が大きく開けた。

 円形の広い部屋だった。

 天井は高くドーム状に丸まっている。壁には古い彫刻がぐるりと刻まれていた。人影のような模様と、剣の絵。


 そして、部屋の中央に。

 石でできた、低い台座があった。

 その台座に、一本の剣が突き刺さっていた。

「……あれは」

 ダルガが息をのんだ。


 剣は白銀に輝いていた。

 刃には錆びひとつなく、何百年もここで眠っていたとは思えなかった。柄には、小さな青い石が嵌め込まれていて、薄暗い部屋の中でぼんやりと光を返している。


「これは……」

 ギルドマスターが、ゆっくりと台座に近づいた。

「台座に、何か刻まれているな」

 魔法使いの青年が、台座のまわりに松明を寄せた。

「碑文です。ずいぶん古い文字ですが……」

 青年は、目を細めて石の表面を指でなぞった。

「半分ほど、欠けています。読める部分だけ、読みますね。『……の勇者が、この剣を、ここに残す。資質を持つ者のみ、これを抜くことを許す。二百年の……』」

 そこで、声が途切れた。

「続きは?」

「欠けていて、読めません」


 部屋が、しんと静まり返った。

「……勇者の剣、か」

 ダルガが、低い声で呟いた。

「二百年前の、勇者が残した剣」

 ミーナが、ごくりと唾を飲み込んだ。

「まさか、本当にあるなんて」

 伝説の中にしかないものだと、誰もが思っていたのだろう。

 部屋の空気が少し熱を帯びた。


          *


「では、順番に試してみようか」

 ギルドマスターが手を叩いた。

 その顔は、いつもの抜け目のない笑みを浮かべていた。

「勇者の剣は、資質のある者にしか抜けない。逆にいえば、抜けた者は、勇者ということだ。誰か、挑戦してみたい者は?」


 全員の視線が、一人の男に向いた。

「……やれやれ。俺か」

 ガレスが、ゆっくりと前に出た。


 大剣を背中から降ろして、地面に突き刺す。両手を、ぱん、と叩いて柄に手をかけた。

「ふん。伝説だか何だか知らんが、ただの剣だ。抜けないわけがあるか」


 ガレスは、腰を落として力を込めた。

「ぬおおおおおお!」

 顔が、みるみる赤くなっていく。額に青筋が浮かぶ。太い腕の筋肉が盛り上がった。

 ……剣は、微動だにしなかった。

 一ミリも動かない。台座と、一体化しているかのようだった。

「ぬぐぐぐぐ……!」

 ガレスは、さらに力を込めた。足が床にめり込みそうだ。

 そして。

 ガレスの手が剣から滑った。

「ぐおっ!?」

 勢いあまって、ガレスは、後ろに転がった。

 どすん、と大きな音がして砂埃が舞った。

「…………」

「…………」


 部屋が、静まり返った。

 ガレスは床に大の字になったまま、天井を見上げていた。

「……くそ。抜けん」

 誰も、笑わなかった。いや、笑えなかった。

 ミーナが口元を押さえて肩を震わせていた。俺は、必死に、吠えるのを我慢した。


「次は、俺だ」

 ダルガが、進み出た。

「ぐぬぬ……!」

 同じだった。剣はびくともしなかった。

 ギルドの腕利きたちも、一人また一人と挑んだ。

 誰一人、抜くことはできなかった。

「魔法で、試してみましょうか」

 魔法使いの青年が、杖を構えた。

 剣に向けて、魔力を放つ。

 しかし光は剣の表面でぱん、と弾かれた。

「……弾かれます。魔法も、受けつけません」

「ふむ」

 ギルドマスターが、顎に手を当てた。

 その目が静かに何かを計算しているのが見て取れた。


          *


 その間、俺は部屋の隅でじっと剣を見つめていた。

 なぜだろう。

 さっきから剣が気になって仕方がない。

 いや、気になるというより。

 ……呼ばれている。

 そんな気がした。


 部屋に入ったときから、胸の奥が妙にざわざわしていた。体の中の魔力がゆっくりと波打っている。

 俺はふらふらと台座のほうへ歩き出した。

「おい、犬」

 ダルガの声がした。

「あんまり、近づくなよ」

 構わず前へ進んだ。


 台座まで、あと五歩。四歩。三歩。

 そのとき剣の柄の青い石がふわり、と光った。

 俺の魔力に、反応するように。

 ぶうんと、低い音がした。

 耳の奥に直接響いてくるような音だった。

 剣が震えていた。

 まるで、久しぶりに誰かに会えたとでも言うかのように。


 ……まずい。

 俺は慌てて後ずさった。

 剣の光は、すうっと収まった。

 誰も、気づいていない。全員の視線は、まだガレスたちに向いていた。

 ソラだけが、少し離れた場所から、じっと俺を見ていた。

「……コッペ?」

 小声で俺の名前を呼んだ。

 俺は聞こえないふりをして、ソラの足元に戻った。

 心臓がどきどきしている。

 ……なんだ、今の。

 あの剣は俺の魔力に反応した。

 間違いない。


 資質を持つ者のみ、抜くことを許す。

 碑文の言葉が、頭の中で、ぐるぐると回った。

 もし、あの剣が俺の魔力に反応しているのだとしたら。

 誰があの剣を抜けるのか。

 俺はちらりと隣のソラを見上げた。

 ソラは荷物を抱えたまま、不思議そうな顔で剣を眺めていた。

 その目は、遠い場所を見るようにぼんやりとしていた。

 

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