9ワン
勇者の剣が選んだのは、誰なのか、犬なのか。
数日後、街は、ちょっとした騒ぎになっていた。
街の北の山で、大きな崩落があったのだ。先日の大雨で、崖の一部が崩れ、その奥から、見たことのない石段が現れたらしい。
つまり、新しいダンジョンの発見である。
「未踏破のダンジョンだ。調査隊を出す」
ギルドの掲示板の前で、口ひげをたくわえた恰幅のいい男が、集まった冒険者たちに声を張り上げていた。
ギルドマスターだ。
俺はソラの足元からその男を見上げていた。
先日、二階の手すりからソラを値踏みしていた男。あのときと同じ、何かを測るような目をしている。
「荷運びの人手も必要だ。誰か、手を挙げる者は」
「はい」
声を上げたのは、意外な人物だった。
「ダルガさん」
ソラが、驚いた声を出した。
先日の一党のリーダー、ダルガが大きな腕を組んでこちらを見ていた。
「荷運びなら、あの新人がいい。この間、ちゃんとやってくれた」
「ああ、あの、鬼の副団長の弟子か」
ギルドマスターが、ソラを見て、目を細めた。
「悪くないな。よし、その坊主も同行させよう」
ソラは、ぺこりと頭を下げた。
その隣で俺は、ミーナが調査隊にいることを確認して、こっそり尻尾を振った。
……いや、決して、そのためではない。
*
調査隊は、総勢で十人ほど。
ダルガの一党に、ギルドが選んだ腕利きの冒険者たち。そして、ギルドマスター本人が、なぜか、自ら指揮を執るという。
その中に、ひときわ目立つ男がいた。
身の丈ほどもある大剣を背負った、筋骨隆々の大男。ぎらついた目と、太い眉。
「あれが、ガレスさんだ」
ダルガが、ソラにこっそり耳打ちした。
「この街のギルドで、最強と言われてる男だ」
「最強……」
「ああ。腕っぷしなら、右に出る者はいない」
ガレスはソラたちに一瞥をくれて、ふん、と鼻を鳴らした。
愛想がいいとは、言えなさそうだ。
*
崩れた崖の裂け目から、調査隊は、奥へと進んでいった。
石段は、ひどく古かった。段のふちが丸くすり減って、苔が生えている。壁の石組みは、ダルガと入った遺跡よりも、はるかに古い様式に見えた。
「いつの時代のものだろうな」
「少なくとも、百年以上前だ」
そんな会話を聞きながら、俺は、また、ソラの足元から前へ出た。
この遺跡にも、罠はきっとある。
鼻を床すれすれまで下げて、嗅いだ。
……あった。
ひとつ目の罠は、劣化魔法ですぐに壊せる類のものだった。俺は、壁の奥の仕掛けにこっそり魔力を流した。
ぼろり、と何かが朽ちる感触。
ふたつ目の罠は、対魔法処理が施されていた。魔力を弾く。
なら、力技だ。
俺は、通路の脇の壁に前足をぽんと当てた。
ずずん、と、天井の一部が崩れ落ちた。
「うおっ!?」
「また崩落か!」
「この遺跡、崩れすぎじゃないか?」
ギルドマスターが、煤を払いながら首をかしげた。
「今日は、よく崩れるな……」
……すみません。
俺は、澄ました顔で、通路の奥を眺めていた。
*
通路は長く、深く続いていた。
途中、魔物が何度か出たがガレスとギルドの腕利きたちが、あっさり片づけていく。ソラは、荷物を抱えて、後ろをついていくだけだった。
やがて、通路が大きく開けた。
円形の広い部屋だった。
天井は高くドーム状に丸まっている。壁には古い彫刻がぐるりと刻まれていた。人影のような模様と、剣の絵。
そして、部屋の中央に。
石でできた、低い台座があった。
その台座に、一本の剣が突き刺さっていた。
「……あれは」
ダルガが息をのんだ。
剣は白銀に輝いていた。
刃には錆びひとつなく、何百年もここで眠っていたとは思えなかった。柄には、小さな青い石が嵌め込まれていて、薄暗い部屋の中でぼんやりと光を返している。
「これは……」
ギルドマスターが、ゆっくりと台座に近づいた。
「台座に、何か刻まれているな」
魔法使いの青年が、台座のまわりに松明を寄せた。
「碑文です。ずいぶん古い文字ですが……」
青年は、目を細めて石の表面を指でなぞった。
「半分ほど、欠けています。読める部分だけ、読みますね。『……の勇者が、この剣を、ここに残す。資質を持つ者のみ、これを抜くことを許す。二百年の……』」
そこで、声が途切れた。
「続きは?」
「欠けていて、読めません」
部屋が、しんと静まり返った。
「……勇者の剣、か」
ダルガが、低い声で呟いた。
「二百年前の、勇者が残した剣」
ミーナが、ごくりと唾を飲み込んだ。
「まさか、本当にあるなんて」
伝説の中にしかないものだと、誰もが思っていたのだろう。
部屋の空気が少し熱を帯びた。
*
「では、順番に試してみようか」
ギルドマスターが手を叩いた。
その顔は、いつもの抜け目のない笑みを浮かべていた。
「勇者の剣は、資質のある者にしか抜けない。逆にいえば、抜けた者は、勇者ということだ。誰か、挑戦してみたい者は?」
全員の視線が、一人の男に向いた。
「……やれやれ。俺か」
ガレスが、ゆっくりと前に出た。
大剣を背中から降ろして、地面に突き刺す。両手を、ぱん、と叩いて柄に手をかけた。
「ふん。伝説だか何だか知らんが、ただの剣だ。抜けないわけがあるか」
ガレスは、腰を落として力を込めた。
「ぬおおおおおお!」
顔が、みるみる赤くなっていく。額に青筋が浮かぶ。太い腕の筋肉が盛り上がった。
……剣は、微動だにしなかった。
一ミリも動かない。台座と、一体化しているかのようだった。
「ぬぐぐぐぐ……!」
ガレスは、さらに力を込めた。足が床にめり込みそうだ。
そして。
ガレスの手が剣から滑った。
「ぐおっ!?」
勢いあまって、ガレスは、後ろに転がった。
どすん、と大きな音がして砂埃が舞った。
「…………」
「…………」
部屋が、静まり返った。
ガレスは床に大の字になったまま、天井を見上げていた。
「……くそ。抜けん」
誰も、笑わなかった。いや、笑えなかった。
ミーナが口元を押さえて肩を震わせていた。俺は、必死に、吠えるのを我慢した。
「次は、俺だ」
ダルガが、進み出た。
「ぐぬぬ……!」
同じだった。剣はびくともしなかった。
ギルドの腕利きたちも、一人また一人と挑んだ。
誰一人、抜くことはできなかった。
「魔法で、試してみましょうか」
魔法使いの青年が、杖を構えた。
剣に向けて、魔力を放つ。
しかし光は剣の表面でぱん、と弾かれた。
「……弾かれます。魔法も、受けつけません」
「ふむ」
ギルドマスターが、顎に手を当てた。
その目が静かに何かを計算しているのが見て取れた。
*
その間、俺は部屋の隅でじっと剣を見つめていた。
なぜだろう。
さっきから剣が気になって仕方がない。
いや、気になるというより。
……呼ばれている。
そんな気がした。
部屋に入ったときから、胸の奥が妙にざわざわしていた。体の中の魔力がゆっくりと波打っている。
俺はふらふらと台座のほうへ歩き出した。
「おい、犬」
ダルガの声がした。
「あんまり、近づくなよ」
構わず前へ進んだ。
台座まで、あと五歩。四歩。三歩。
そのとき剣の柄の青い石がふわり、と光った。
俺の魔力に、反応するように。
ぶうんと、低い音がした。
耳の奥に直接響いてくるような音だった。
剣が震えていた。
まるで、久しぶりに誰かに会えたとでも言うかのように。
……まずい。
俺は慌てて後ずさった。
剣の光は、すうっと収まった。
誰も、気づいていない。全員の視線は、まだガレスたちに向いていた。
ソラだけが、少し離れた場所から、じっと俺を見ていた。
「……コッペ?」
小声で俺の名前を呼んだ。
俺は聞こえないふりをして、ソラの足元に戻った。
心臓がどきどきしている。
……なんだ、今の。
あの剣は俺の魔力に反応した。
間違いない。
資質を持つ者のみ、抜くことを許す。
碑文の言葉が、頭の中で、ぐるぐると回った。
もし、あの剣が俺の魔力に反応しているのだとしたら。
誰があの剣を抜けるのか。
俺はちらりと隣のソラを見上げた。
ソラは荷物を抱えたまま、不思議そうな顔で剣を眺めていた。
その目は、遠い場所を見るようにぼんやりとしていた。




