19ワン
いざダンジョンへ!おじさんも頑張れ!
森を抜けて二日ほど歩いたところに次の街があった。
王都へ向かう街道沿いの中継地点らしい。城壁こそないが、活気のある商人の街だった。
「ここで、一泊しましょう」
エウロパが地図をたたみながら言った。
「明日にはオッドワル自治区を抜けられるでしょう」
ソラがほっと肩の力を抜いた。
「やっとですね」
「その前に」
エウロパがふと視線を街の掲示板のほうへ向けた。
「少し寄っていきたい場所があります」
*
街の中心には冒険者ギルドの支部があった。オッドワルのギルドに比べると建物は小さかったが、同じように活気に溢れた場所だった。
掲示板にはいくつもの依頼書が貼られている。
「ここで資金を少し稼いでおきましょう」
エウロパが淡々と言った。
「王都では何かと物入りになりますし、オッドワルに比べると物価も高いと聞いています。手持ちは多いに越したことはありません」
「すみません、おれが領主様の資金援助を断ってしまったばっかりに……」
「いえ、あれで良かったと思います。あそこで領主様の申し出を受けていれば、確かに金銭面の不安はなかったと思います。ですが、領主様は少々傲慢なところがあります。ソラ殿をご自身の私兵としてお使いになるお考えだったのでしょう」
「……随分と領主様に辛辣なのですね」
「もともと私は領主様のお祖父様にお仕えしていましたので。おっといけませんね。少し喋りすぎました」
「いえ」
掲示板を見て回っていると、一枚の依頼書の前でルーナが足を止めた。
「これ見て」
その紙にはこう書かれていた。
『ダンジョン攻略、応援求む。討伐対象:中級魔獣。報酬:金貨10枚』
「かなりの高額報酬だね」
ルーナが珍しく目の色を変えている。
「ルーナさん、もっと少額の依頼でも良いのでは?」
「困っている人がいるから報酬も高いってことだよね。それなら放って置けないよ」
こうなるとルーナは簡単には止められない。
受付の職員に尋ねると詳しい事情がわかった。
「実は少し前から別のパーティーが挑戦中でしてね」
中年の受付係が困った顔で説明した。
「戻ってきた荷運びの話だと、ダンジョンの最深部手前までは進んだらしいんですが、なかなか戻ってこないので事前の取り決め通り助けを呼びに戻ってきた。そんな状況です。もし勇者様のパーティーに頼めるのであれば様子を見に行っていただけると、ありがたいんですが」
「危険な状態かもしれない、ということですか」
「かもしれません。あそこはこのエリアで数少ない未踏破ダンジョンです。度々、大型魔獣の目撃情報も入っています」
ソラとルーナはちらりとエウロパを見た。
エウロパは少し考えてから頷いた。
「わかりました。行きましょう、人が困っているなら」
*
ダンジョンは街から半日ほどの山間部にある遺跡だった。
入り口には確かに先行パーティーの荷物らしきものが置いてあった。
「食材が豊富に残っています。まだ中にいるようですね」
ルーナが荷物を確認しながら言った。
三人と一匹は遺跡の中へ足を踏み入れた。
中は思ったよりも複雑な構造をしていた。何度か分かれ道があり、そのたびにエウロパが慎重に地面や壁の様子を確認した。
「こちらに足跡があります。比較的新しいですね」
俺は鼻を床に近づけて匂いを確かめた。
……革の匂い。汗の匂い。それから、疲労の匂い。
人間が限界近くまで消耗しているときの、独特の匂いがした。
「わん」
俺は足跡の続く方向を示した。
「コッペが案内してくれるみたいです」
ソラが頷いて俺の後に続いた。
*
遺跡の奥へ進むにつれて、疲労の匂いはどんどん濃くなっていった。
最奥の広間にたどり着いたとき。
そこには力尽きた様子の三人組が地面に倒れ込んでいた。
服はぼろぼろに裂けている。血の匂いが濃く漂っていた。
「あんたたち……冒険者か……?」
地面に這うようにして体を起こしたのは、槍を持った若い男だった。
「はい! ギルドの依頼で様子を見に来ました!」
ソラが、駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫、じゃ、ねえ……」
男の声は掠れていた。
「俺たちもともと、四人パーティーだったんだ」
「四人……?」
ソラが目を見開いた。
「じゃあ、あと、一人は?」
「頼む」
男が震える手でソラの腕を掴んだ。
「仲間が一人、俺たちを逃すために戦ってる」
「え……」
「もう半日以上、あいつ一人で大型魔獣を足止めしてるんだ」
男の目に涙が滲んでいた。
「俺たちが逃げるための時間を稼いでくれてる。それを、置いて逃げるなんて」
「そんな……」
男の後ろでもう一人の仲間が掠れた声で続けた。
「いくら、あいつでも……もう、限界のはず……」
「いや」
三人目の女性の冒険者が、弱々しく首を振った。
「あの子がやられていたら、とっくに追いつかれているはずよ」
その言葉にソラの背筋が伸びた。
まだ、戦っている。
仲間を守るために一人で。
「わかりました。すぐに向かいます」
「待って」
ルーナがすでに、三人の前に膝をついていた。
「応急処置するね」
ルーナの手のひらから淡い光が漏れ出した。
傷口が少しずつ塞がっていく。
何度か回復魔法による治療を見たことがあるが、やはりすごい。前世だとフィクションでしか見たことないが。
「あり、がとう……」
「これで少しは楽になったはず。でも激しく動くと傷が開いちゃうから安静に」
「すまない、助かったよ。でもそれ以上は回復魔法を温存しておいたほうがいいと思う」
「え?」
その一言にルーナはきょとんと槍の冒険者を見返した。
「ボスは相当強い。君たちパーティーが戦い切るには回復魔法が鍵になると思う」
「わかりました」
「それと、アイツがどんな状況かわからない。かなり頑丈な奴だが、怪我をしていたら治してやっくれないか」
「もちろん」
ルーナは立ち上がってソラを見た。
ソラは勇者の剣の柄を握りしめた。
「わかりました。必ず助けます。行こうみんな」
*
三人を少しでも安全な場所へ移してから、ソラたちは最奥のさらに奥へと進んだ。
通路の先に大きな扉が見えてきた。
その向こうから、重々しい気配が伝わってくる。
「あの先ですね」
エウロパが杖を召喚しながら静かに言った。
俺は扉の隙間から漂ってくる獣の匂いを確かめた。
大きい。
これまでの魔狼とは比べ物にならないくらい。
でも。
俺は扉を見つめながら、静かに決めた。
今度も俺は直接手を出さない。
あくまで陰から見えないところで支えるだけだ。
この先で何が待っているのか、俺にはまだわからなかった。でも、ソラたちならきっと大丈夫だ。
そう信じている。




