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14/22

14ワン

勇者パーティー仲間集めの時間です!

 翌朝、ギルドの前でエウロパはすでに待っていた。


「おはようございます、ソラ殿」

「お、おはようございます! お待たせしました!」

 ソラは、ぴしっと背筋を伸ばして頭を下げた。

 昨日の礼服はもう着ていない。いつもの繕い跡だらけの服に、腰にはあの剣。

 ちなみに勇者の剣は鞘が見つからなかったので、ギルドが急ぎで用意した革の鞘に収まっている。

「あの、エウロパさん。昨日は本当にうちの犬が」

「もう、済んだことです」

 エウロパは、少しだけ恥ずかしそうに首を振った。


 その視線が、ちらりと足元の俺に落ちた。

 俺はぴん、と背筋を伸ばして、おすわりした。

 今日は大丈夫だ。

 今日は絶対に飛びつかない。

 昨夜、寝る前に何度も自分に言い聞かせたのだ。

 ……尻尾だけは、勝手に、ぶんぶん揺れているが。

「……おとなしいですね」

 エウロパが、ぽつりと言った。

「今日はちゃーんと、言いつけてきましたから」


 ソラが胸を張った。

 しつけたのは俺の意志だ。

 エウロパは、口の端をほんの少しだけ上げた。

「信じていますよ、コッペ」

 その目はやはり、俺をじっと観察していた。

 ……ちょっとこわい。

 でも、それがいい。


          *


 ギルドのホールには、大きな掲示板が新しく用意されていた。

 その真ん中に、一枚の立派な紙が貼られている。

 『勇者パーティー 同行者募集』

 その下には報酬の額が太い字で書かれていた。


 ……高い。

 ダンジョンの荷運びの十倍はある。

「これだけ出せば応募者が、殺到するだろうと私は踏んでいる」

 バルドが腕を組んで頷いていた。

「さあ、勇者殿。仲間を選んでくれたまえ」


 ホールには、朝からたくさんの冒険者たちが集まっていた。

 昨日の噂はすっかり広まっているようだ。

 全員がこちらを遠巻きに見ていた。

 誰も、近づいてこない。


「……おかしいな」

 バルドの額に汗が浮かんだ。

「呼びかけは、昨夜のうちにしてあるはずなんだが」

 その沈黙の中、ひとりの男が歩み出た。


 ダルガだった。

 後ろには、ミーナもいる。

「よお、ソラ。いや、勇者殿」

 ダルガは、ばつが悪そうに頭をかいていた。

「悪いな。この話は受けられねえ」

 ソラは、目を見開いた。

「え……」

「理由は、ふたつある。ひとつは、俺たちには、この街での仕事があるってこと。もうひとつは」

 ダルガは、言葉を選ぶように、少し黙った。

「魔王軍とやり合うのは、さすがに勘弁してくれ、ってことだ」

 ミーナが、視線を落とした。

「ごめんね、ソラくん。私も、行きたい気持ちはあるの。でも」


 ミーナは、ぎゅっと、自分の腕を抱いた。

「弟が、いるの。まだ、小さくて。私がいなくなったら」

 その声は、震えていた。


 ソラは、すぐに首を横に振った。

「い、いえ! そんな、無理を言うつもりは」

「ソラくん」

「大丈夫です。本当に。ダルガさんも、ミーナさんも、来てくれなくて、当然です」


 ソラは、無理やり笑ってみせた。

 その笑顔が、なんだか痛々しかった。

 ミーナは、何かを言いかけて唇を噛んだ。

 俺は、ミーナの足元にそっと寄って、彼女の靴に鼻先を触れさせた。

 気にするな。

 あんたが、悪いわけじゃない。

 ミーナは、しゃがみこんで俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でてくれた。

 その目が、少しだけ潤んでいた。


          *


 その後も、何人かに声をかけた。

 断られた。

 断られた。

 断られた。

「魔王軍の相手は、荷が重すぎる」

「命は、ひとつしかないからな」

「悪いな、勇者様。俺は、パスだ」


 ホールの隅の酒場では、昼間から酒を飲んでいる中年の男たちがいた。

 その中のひとり、髭面の男が、ぽつりと言った。

「……あんたら、若いな」

 ソラが、その男のほうを向いた。

「あの、何か」

「魔王軍と戦うんだろ。勇者様なんて言われて、みんなに持ち上げられて」

「あなた、何が言いたいのですっ!」

 エウロパが耐えきれずに一歩前に出た。

 

 男は、杯の中の酒をじっと見つめていた。

「俺の親父はな。三十年前の戦で、帰ってこなかった。兄貴も、十年前の領土外調査で戻らなかった」


 ホールが、しんと静まり返った。

「この街の人間なら、みんな似たような話を持ってる。戦争は、終わってねえんだ。ずっと、誰かの家族を削り続けてる」


 男はゆっくりと視線を上げた。

 その目は、怒っているわけではなかった。

 ただ、疲れ切っていた。

「だから、みんな怖いんだよ。臆病なわけじゃねえ。もう、これ以上失いたくないだけだ。お前も領主の命令なんかで死にに行くんじゃねえぞ」

「あなた、領主様はそんなつもりで――」

 男に詰め寄ろうとするエウロパをソラが無言で制した。

 でもソラは、何も言えなかった。

 その顔は、真剣だった。

 

「……ありがとうございます、話してくれて、おれたちの身を案じてくれて」

 ソラは、深く、頭を下げた。

「……情けねえよな。お前みたいな子供に押し付けて、俺たち大人達はびびって動けねぇ」

 男は杯を煽った。

 なんだか嫌な奴かと思ったけどいい奴じゃないか。不器用なだけなんだな。

 

          *


 夕方になった。

 結局、一人も集まらなかった。

 ギルドの前の石段にソラが、ぽつんと座り込んでいた。

 俺は、その膝に顎を乗せていた。


「……ごめんな、コッペ」

 ぽつり、と呟いた。

「おれ何も、できてないな」


 きゃん。

 そんなことはない。

 お前は、ちゃんと、あの男の話を、聞いた。

 それだけで、十分だ。


 バルドが扉から出てきた。

「……すまん、ソラ君」

 その声は、しょんぼりしていた。

「無理もないか。私の見通しが甘かった。この街で魔王軍と戦うということがどういうことか。頭ではわかっていたはずなのだが」

「いえ」


 ソラは、首を横に振った。

「誰のせいでもないです。でもこんな雰囲気を少しでも良くできるなら、勇者として頑張ろうと思えました」

「……ソラ君、お前って奴は! もういっそ私が着いて行ってやりたいくらいだよ!」

 バルドはソラの肩に手をまわした。

 

 そのとき、エウロパが静かに口を開いた。

「ギルドマスターが迂闊に拠点の街を離れるのはよろしくないかと……」

「あぁ、もちろん冗談だよ。私には後見人として、君たちを後ろから支える使命があるからね。エウロパ殿の前では言いにくいが、領主様を後見人として立たせたくない。どんな無理難題を君たちに押し付けてくるか……」

「……否定も肯定もしませんが。まぁ領主様には領主様なりの成したいことがあるのではないかと、個人的には推察しています」

「ふむ」

 

「人数が足りなくても、出発はできます」

 ソラとバルドが、同時に彼女を見た。

 エウロパは、石段の端に腰を下ろしていた。

 涼しい顔のまま続けた。

「そもそも魔王軍との戦線は、この三十年ほど大きく動いていません。大規模な戦闘は、ほとんど起きていない。実際の任務は、遺跡の探索と各地の状況調査が中心になるでしょう」

「そう、なのか」

「はい。それに、勇者の剣の存在が広く知られればそれだけで注目を集めます。魔王軍への牽制にもなるはずです」


 エウロパは、ソラを見た。

「ソラ殿が望むなら。私とあなたと、その犬だけでも旅は始められます」

 ソラの目が、ぱっと明るくなった。

「本当ですか?」

「はい」

 ソラは、思わず身を乗り出した。

 エウロパは涼しい顔で、少しだけ目を逸らした。

 

 ……む。

 二人の距離が、近い。

 石段の上でソラとエウロパが、向かい合って話している。

 夕日が二人の顔をオレンジ色に染めている。

 これは、まずい。

 非常に、まずい。

 俺は迷わず動いた。


 ぴょんと、二人の間に、割り込んだ。

 ちょうどソラの膝とエウロパの膝の間に。

 どっかりと、おすわりした。

「コッペ?」

「…………」

 ソラは、不思議そうに首をかしげた。

 エウロパは、無表情で俺を見下ろしていた。


 俺は、澄ました顔であくびをした。

 「……犬は、自由ですね」

 エウロパが、ぽつりと言った。

 その声に、ほんの少し、笑いが混じっていた気がした。


          *


「でも」

 ソラが、ゆっくりと、口を開いた。

「出発する前に、ひとつだけ、やっておきたいことがあります」

「なんでしょう」

「孤児院に、ちゃんと挨拶を済ませておきたいんです。シスターや、シリウスさんやみんなに」


 ソラは、まっすぐに、エウロパを見つめた。

「もしかしたら、しばらく、帰ってこられないかもしれないから」

 エウロパは、少し考えて、頷いた。

「もっともです。では、今日はもうお帰りいただき、ご挨拶をお済ませください。出発は明日の朝としましょう」

「ありがとうございます!」


 ソラは、ほっとしたように笑った。

 俺は、二人の間でその笑顔を見上げていた。

 ……孤児院。

 シスターに別れの挨拶。

 そして。

 ふと、俺の頭にひとりの少女の顔が浮かんだ。

 栗色の三つ編みのあの子だ。

 ソラが旅に出ると聞いて、黙っているとは到底、思えない。

 ……これは、一悶着ありそうだ。


 俺は、ため息をついた。

 ソラの足にぴったりと体を押しつけた。

 人間の子どもたちのややこしい事情に犬は、口を挟めない。

 でも、見守ることならできる。

 明日の朝は、いつもより少しだけ早起きしよう。

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