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――第96章・海獣の試練――

〈侵入を確認――フロアレベル:2〉


 オマリロ、ザリア、ガクトは、広大な海のど真ん中に浮かぶ岩場へ降り立った。


「なるほどな」

 ガクトが海を見回す。

「海獣ってだけあって、舞台も海ってわけか」


〈規則:三本の旗を集めよ〉


 遠くに旗を見つけたザリアが、ぱっと指を差した。


「お、見てください! あそこに旗あるじゃないっすか! 私が取ってきます、マスター! 任せてください!」


 彼女は勢いよく海へ飛び込んだ。

 だが泳ごうとした瞬間、そのまま沈み――次の瞬間には元いた岩の上へ戻されていた。


「は?」


 ガクトも試しに水へ足を踏み入れる。

 すると同じく波に呑まれ、次の瞬間にはザリアの隣へ戻ってきた。


「妙だな! どうやら泳ぐのはダメらしい!」


「じゃあ、どうやって旗まで行くんすか?」


 オマリロは杖の先を水面に引かせた。

 すると左手に、氷の道がじわじわと生まれていく。

 彼がその上へ足を乗せると、氷はしっかりと重みを支えた。


〈旗まで進路を見出せ〉


「氷を探せ」

 オマリロが言う。

「水は不適」


 ザリアとガクトもその氷の道へ乗る。

 二人の重みでも崩れない。


「あっ!」

 ザリアが目を輝かせた。

「なるほど! さすがマスター! 分かった気がします!」


 彼女が恐る恐る一歩踏み出すと、その先に氷が現れる。

 もう一歩。

 また氷が生まれる。


 だが向きを変えようとした瞬間、足元に氷は現れなかった。

 ザリアはそのまま海へ落ちる。


 同時にオマリロとガクトの足元の氷も砕け、三人は最初の岩場へ戻された。


「失敗したら道はリセットだ」

 オマリロが告げる。

「軽く進め」


「すみません、マスター!」

 ザリアが頭を下げる。

「今度はいけます! 絶対!」


 彼女は先ほどと同じ道を辿る。

 氷が順調に現れ、再びさっき落ちた地点までたどり着く。


 ザリアはゆっくり足を持ち上げ、慎重に前へ置いた。

 今度はちゃんと海の上に氷が生まれる。


「ふぅ……」


 彼女は槍を出して周囲をつついてみたが、何も起きない。

 意を決して旗の方向へ向きを変えようとした、その瞬間――また氷が砕けた。


 三人は再び岩場へ逆戻りする。


「くそっ!」


「落ち着け、少女」

 オマリロが言う。

「道は一直線ではない」


 ガクトは旗と足元の岩を見比べた。


「これ、真正面から行くのが間違いなんじゃないか? 旗へ真っ直ぐ向かおうとするたび、水に叩き落とされてる」


「ってことは、旗から離れる方に進むってことっすか?」


「あり得る」


 三人は再び同じ道を辿る。

 問題の地点まで来ると、ザリアは今度は左ではなく右へ向いた。

 すると、そこに氷が現れた。


「できた!」


「そのまま進め」

 オマリロが命じる。


 ザリアは旗から離れる方向へ進んでいく。

 しばらく歩いたところで、突然、棘だらけの氷の足場が出現した。


「うわっ!?」


 彼女がそれに触れた瞬間、すべての氷が砕け、旗はさらに遠くへ移動してしまう。


「なんだよ、それ……!」


〈ペナルティ発動〉


「棘つきの罠足場か」

 ガクトが腕を組む。

「あの海獣、ほんとに意地悪な仕掛けが好きだな」


「やり直しだ」

 オマリロが言った。


 三人はまた挑戦する。

 今度は棘足場が現れるのを見越し、ザリアは右へ進んでいく。

 氷の道はそのまま伸び、岩場を大きく回り込む形になった。


 しばらく進んだところで、また別の棘足場が出現する。

 ザリアは足を止めた。


「マスター……どっちっすか?」


「少女が決めろ。頭を使え」


「うぅん……」


 彼女は左へ進む。

 そこにまた氷が生まれた。


 そのまましばらく歩いていくと、今度は足場の一つが動き出し、ザリアはまた海へ落下した。


「うっわああ! もう!」


カイタンシャ本部――


 ハヤテは机で各所からの電話対応に追われていた。

 マリンがその横で補佐している。


「いえ、うちは求人応募をそのまま受け付けているわけではありません。入隊にはジュゲン適性が必要です」


「破産の件でエージェントは出せません、奥様。モンスター案件でしたら改めてご報告を」


「巨大カイジュウが日本を暴れている? ……そちらは未確認ですが、念のため人を向かわせます」


 丁寧に通話を終えたところで、アツシが部屋へ入ってきた。


「ディレクター。話がある」


 ハヤテは顔をこすった。


「頼むから給料アップの相談とかじゃないでくれよ。今そんな余裕ないんだ」


「違う。俺の部下、紫藤イサムだ。カゴシマ以来、姿も連絡もない。正式に捜索願いを出しに来た」


「状況確認は?」

 ハヤテが問う。


「遺体は見つかっていない」


「なら捜索は始められる。だが今は全国でモンスター対応中だ。見つけるまで少し時間はかかる」


「見つけられればそれでいい」

 アツシが低く言う。

「母親に約束した」


 ハヤテは端末を叩き、ファイルを呼び出す。

 そこには『紫藤イサム』の文字。


「十九歳。ジュゲン闘士。所属期間五か月……ああ、あの癖の強い奴か」


「そうだ」


「位置特定はできる限りやる。お前の娘でも無理だったのか」


「失敗した」


「ならこちらでも当たる」


 二人の会話を、部屋の影に潜んだ何かがこっそり聞いていた。

 それは気づかれぬまま、静かに去っていく。


フロア2――


 ザリアは、何度も何度も失敗を重ね、棘、動く足場、幻の氷を乗り越え、ついに旗の前へ這い上がった。


「取ったああ!」


 彼女が旗を握る。


〈1/3 本の旗を獲得〉


 すると氷の道が巨大な岩の足場へと変化し、その先に海底へ下る階段が現れた。


 ガクトがザリアを引き起こす。


「よくやったな、嬢ちゃん! 俺だったらあそこまで上手くやれなかったぜ!」


「どうも……」


 三人は階段を下りていく。

 辿り着いたのは、海底の沈没船の残骸のような空間だった。


 目の前にはガラスケースに閉じ込められた旗。

 その下には五本のトーテム柱が並んでいる。

 それぞれに青、赤、白、黒、緑の仮面がついていた。


〈すべてのトーテムを正しい向きへ揃えよ〉


「今度は何なんすか、これ……」

 ザリアがうめく。

「戦闘はないんすか? なんでこんなパズルばっかなんだよ!」


 ガクトは首を鳴らした。


「まあ、落ち着けって。仕組みさえ分かればどうにでもなる。で、どう動かすんだ?」


 彼が青のトーテムに触れる。

 すると緑と赤が回転し、その目が光った。


 続けて黒に触れると、緑が元へ戻り、今度は黒が光る。


 ザリアが白を指差した。


「これじゃないっすか?」


 彼女が白を叩くと、今度はすべてのトーテムが一斉に回り、配置がぐちゃぐちゃになる。


〈3 回失敗。ペナルティ執行〉


 水位がじわじわと上がり、三人の膝下まで達した。


 オマリロが前へ出る。


「規則性がある。見ろ」


「規則性……」

 ザリアがぶつぶつ考える。

「よし。じゃあ赤と緑から確かめる!」


 赤に触れる。

 赤と白が回転する。


 次に緑。

 今度は緑以外すべてが回転した。


「分かんないっす……!」


 もう一度緑に触れると、青と赤が点灯した。


〈ペナルティ執行〉


 水位は腰のあたりまで上昇する。


 ガクトが一歩前に出る。


「俺たち、何か見落としてるな。ちゃんと読んでみろ」


 ザリアはトーテムを睨んだ。


「青は赤と緑を回す……黒は自分と緑……白は全員……赤は自分と白……緑は自分以外全員……」


 オマリロが静かに言う。


「手順は単純だ。論理だけを通せ」


 ザリアは青へ触れた。

 赤と緑が消える。


 オマリロが小さく頷く。


「続けろ」


 彼女は配置を見てから黒に触れ、黒と緑を点灯させる。


「これ、合ってるっすか?」


「最後までやれ」


 ザリアは息を整え、最後に赤へ触れた。

 赤が反転し、白が点灯する。


 すべてのトーテムの目が光り、旗を覆っていたガラスが砕けて下がった。


〈2/3 本の旗を獲得〉


「やった!」

 ザリアが胸を張る。

「二本目っす! 見ました、マスター!」


「少女、悪くない」


「ほんとその曖昧な褒め方しかしないっすよね……」


 旗の向こうに新たな通路が開く。

 三人はそのまま船のさらに奥へ進んだ。


 辿り着いた先には、不気味な川が流れていた。

 棺桶がいくつも、水面から離れた位置に浮かんでいる。


〈深紅の水を避けよ〉


 やがて大きな舟が近づいてきた。

 三人は乗り込む。舵はガクトが取った。


「川下りか。悪くないな?」


 舟はゆっくり進み始めた。

 だが最初の棺桶の横を通ったところで、水が突然赤く染まる。


〈3……2……〉


「やべっ! えっと――!」


 ガクトが棺桶を指差す。


「あれだ!」


 三人は棺桶へ滑り込んだ。

 カウントが終わった直後、穴の隙間から見えたのは、巨大なサメのような怪物が舟を丸ごと喰らう姿だった。


「おっと……危なかった」

 ガクトが冷や汗をかく。


 水が元に戻ると、新しい舟が現れる。

 三人はそれに乗り換え、さらに奥へ進む。


 今度は舟が棺桶に何度かぶつかったあと、また水が赤く変わった。

 ガクトは一つの棺へ滑り込み、オマリロはザリアを抱えて別の棺へ飛び込む。


 舟は次の瞬間には喰い破られていた。


「せ、先生……近いっす……」

 ザリアが顔を赤くする。


「ふむ」


 水が元に戻るのを待ち、二人は新しい舟へ戻る。

 そこへガクトも飛び乗ってくる。


「今のは危なかった! 俺はサメの餌になる気はねえぞ!」


 舟はさらに速く進み始める。

 次は棺桶の横を高速で通過していく。


 突然、水が再び真っ赤に染まる。

 オマリロは二人を掴み、ぎりぎりで棺へ押し込んだ。


 そこを怪物が通り過ぎたあと、彼らが目にしたのは、上流へ向かって続く巨大な滝だった。

 途中途中に岩場があるが、かなり高い。


「これ、登るんすか……?」

 ザリアが青ざめる。

「リカ連れてこなくて正解だったかも」


 新たな舟が現れ、滝を一気に駆け上がっていく。

 水は透明と深紅を忙しなく切り替えた末、ついに深紅で固定された。


 三人は最寄りの岩場へ飛び移る。

 直後、捕食者が舟を突き破った。


 しかも一体ではない。

 次々と怪物が現れ、足場を食い砕いていく。

 やがて水が元へ戻り、また新しい舟が出現した。


「難易度上げてきやがったな」

 ガクトが言う。

「気抜くなよ!」


 舟はさらに上へ向かう。

 今度は途中の足場がすべて砕け、深紅の滝の中を捕食者たちが泳ぐように走ってくる。


 オマリロはジュゲンで舟を左右へ操った。


「先生、危ない!」


 一体が舟の側面を食い破り、三人は慌てて位置をずらす。

 後方からもう一体が噛みつこうとしたが、ザリアが蹴り飛ばした。


 彼女はそのまま滝裏の岩を足で蹴り、舟をさらに加速させる。


 前方、滝の崖の縁に最後の旗が浮かんでいた。

 ザリアは舟の先端まで駆け上がり、身を乗り出して掴み取る。


「取った!」


〈3/3 本の旗を獲得。トーテムシール付与〉


 トーテムが出現し、そのままザリアの手の中でシジルへ変わる。


「やった! 一個手に入った! これであの扉を開けるのに――」


 その瞬間、捕食者のサメがザリアへ飛びかかった。

 オマリロは彼女を押しのける。

 サメはそのままオマリロを飲み込み、別のゲートへ引きずり込んでいった。


「マスター!」


 ザリアは飛び込もうとする。

 だがガクトが咄嗟に引き止めた。

 舟は別のゲートへと流されていく。


フロア1――


 二人はフロア1へ戻され、大波に押し流されて他の仲間たちのもとへ転がり出た。


 リカが辺りを見回す。


「えっ? オマリロ先生は?」


 ザリアは起き上がるなり、ガクトを掴んで揺さぶった。


「なんで止めたんすか!? 先生が危ないんだぞ! 戻らないと!」


 だがフロア2へのゲートは閉じてしまう。

 ガクトは重く息を吐いた。


「戻れねえ。あいつは別ルートに飛ばされた。今できるのは、一刻も早くこっちがシールを集めて合流することだけだ」


 彼は封印された大扉を見る。


「それしかねえ」


「待って」

 ノノカが眉を寄せる。

「あんたたち、マスターを見失ったってこと?」


「どうしてそんなことになるのよ!」

 リカが声を荒げた。

「先生に何かあったらどうするの!?」


「大丈夫だ」

 ガクトは言い聞かせるように答えた。

「海獣があえてあいつだけ分けたんだ。そこには何か理由があるはずだ」


 封印された大扉が、一瞬だけ淡い青に光る。

 だがすぐにまた沈黙した。


――

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