――第97章・ダンジョン破壊者――
フロア????――
〈目覚めろ、ダンジョン破壊者。〉
オマリロはゆっくりと顔を上げ、杖を掴んで体を支えた。
周囲の景色がはっきりしてくると、彼は荒れ狂う海の水面に立っていることに気づく。見渡す限り、遠くには雷鳴と暴風しかない。
〈かつてのお前は“破壊者”だった。今、どれほど力が残っているのか見せてみろ。〉
波の中から、三叉槍を持った人型のサメたちが次々と形成され、オマリロへ襲いかかる。
だが彼は手を打ち鳴らし、一瞬でそれらを消し去った。
〈見事だ。だが、まだ足りない。〉
今度は巨大な蟹が現れ、その鋏でオマリロを押し潰そうとする。
オマリロはそれをかわし、光弾で蒸発させた。
すると輝く道が現れ、嵐の中へと彼を導いていく。
嵐の中を進むにつれ、雲の中に断片的な記憶が浮かび上がった。
竜。
謎めいた浮遊存在。
弟子たち。
紫のエネルギーの大爆発。
そして、六つの目を持つ奇妙なシルエット――その眼差しは、まっすぐオマリロを貫いていた。
オマリロが嵐を抜けると、その先には沼地が広がっていた。
魚の頭をした怪物たちが銛を構え、彼へ向かってくる。
一体が腹を突こうとするが、オマリロはそれを受け止め、槍をへし折る。
そのまま弓を形成し、第一波の魚人たちを一掃した。
続く第二波が飛びかかってくる。
オマリロはそれらを拘束で止め、一斉の斬撃でまとめて切り裂いた。
〈いいだろう。だが、私が求めるものにはほど遠い。
本当のお前を見せろ。
そうでなければ、お前を“相応しい”とは認められん。
お前の子どもたちがついに見ることのなかったものを見せろ。
“人間”ではない。
私の知る“破壊者”を。〉
水の蛇たちが沼の中を這い、オマリロの体へ巻きつく。
老いた男はそれを力任せに引き剥がし、ただの水たまりへと変えた。
〈なるほど。ならば少し……動機が必要か。〉
水でできた映像が現れ、そこには第一階層の様子と、ルーキーたち、それにガクトの姿が映し出される。
第一階層――
ザリアは封印された扉の周囲にあるゲートを慌ただしく見回していた。
「よし……次はどのゲートだ? 時間ないんだから、さっさと見つけないと」
近くの開いている青いゲートを、リカが指差す。
「あれじゃない? 入ってみよう!」
一行がそこへ近づくと、UIが浮かび上がった。
〈フロアレベル:3。侵入可能なのは一つの性別のみ。〉
「一つの性別?」
ノノカが眉をひそめる。
「なに、この海獣って性差別主義者かなにか?」
「どうする、子どもたち?」
ガクトが振り返る。
「俺が男組を率いて行ってもいいし、お前ら女子が行くってんなら、それでもいいぜ!」
ザリアは自分を指差した。
「私たちが行く。責任あるし。……それに、あんたらはこの“生き物”も抱えてないといけないだろ」
彼女が指した先で、ハンは目を逸らした。
「マスターのことなんだ。絶対にシール取って戻る」
ザリアは迷いなくゲートへ足を踏み入れた。
ノノカが続き、レイも飛び込む。
リカは振り返り、ガクトとソウシンに声をかけた。
「待っててくださいね、ガクトさん」
「任せとけ!」
リカもゲートへ飛び込んだ。
ガクトはハンの肩に手を置く。
「なあ、坊主。お前んとこの空気、死んでないか?」
「死んでるわけじゃないです」
ハンは静かに答える。
「ただ……俺のせいで終わっただけです。カゴシマのあともそうだったし、ヘラルドとしてやったあれで、残ってた橋まで全部焼けた」
ガクトは何も言わず、続きを待つ。
「それでもやったのは、一回目の失敗を償いたかったからです」
ハンは言った。
「最近、自分が足手まといにしか見えなくて。だから、たとえ一体でもヘラルドを止められるなら、って思った。あのナースは俺とリンクしてたから、完全に寝返ったって信じ込ませるしかなかった」
ハンは真っ直ぐガクトを見る。
「でも、あいつよりもっとやばいのがいるんです。ヘラルドのとき、ナースが少し話してくれました。
第四――速度だけで現実をねじ曲げるやつ。
第三――逃れられない金属で軍勢ごと縛るやつ。
そして第一――あいつらの刃であり、処刑人」
ハンは涙を拭った。
「第七を止めるだけでも、自分の魂みたいなものを売るしかなかった。マスターも第六を封じるためにあれだけ苦しんだ。これ以上ひどくなったら、俺に何ができる? あいつらはもう俺の話なんて聞かない。俺のこと、心底嫌ってるから。しかもムジンシャまでいる……」
ソウシンがハンの肩に手を乗せる。
「大丈夫だよ、ハン兄! みんな、ずっと怒ってるわけない! もし怒ってても、僕が許すようにする!」
「どうやって?」
「方法はあるよ!」
ソウシンはにっと笑った。
「それに、オマリロさんがみんなの中心でしょ? で、オマリロさんはまだハン兄を信じてる!」
「……そうか。まあ……そう、だよな……」
ガクトはゲートを見つめた。
「しょげてても仕方ねえ。あとはあいつらが、ちゃんと無事に戻ってくるのを待つだけだな」
第三階層――
ザリア、リカ、レイ、ノノカが降り立ったのは、水族館のような空間だった。
しかも気づけば、彼女たちは天井に立っている。
ザリアが下へ飛び降りようとする。
だが着地したのは、また天井だった。
「は? なにこれ。重力でもバグってんの?」
〈規則:反射を利用せよ。〉
「反射……?」
リカが呟く。
「床のことかな。でも、今だとこっちが床よね」
レイが“頭上”の床を見上げる。
そこには彼女たちの姿が映っており、その反射の向こうに棘壁が見えた。
「ねえ! あれ、障害物かも!」
ノノカは鼻で笑った。
「ふふっ、どうせハッタリでしょ。実際には何も――」
前方に手を伸ばした瞬間、その手が切れて血が流れる。
「っ、痛っ! くそ、やばっ……!」
リカがため息をついた。
「ほら、治すから。……また寿命ちょっと削ったけど」
彼女がノノカに触れると、傷は塞がる。
「ありがと。……見えない棘の床とか、ほんと性格悪いな、この海獣」
ザリアは天井の反射を頼りに、棘壁を避けて進み始めた。
「行くぞ。急がないと」
反射を頼りに館内を進んでいく。
すると反射の中にギロチンが現れた。
「全員、伏せろ!」
四人は一斉に身を低くし、ギロチンをくぐり抜ける。
一定地点を過ぎると、今度は地面へ移り、反射は天井に回った。
「やっと天井から降りられた……」
ノノカがぼやく。
「またあんなの来たら、本気でキレる」
さらに歩き出す。
しかし今度は反射が明滅し始め、一歩ごとに立ち止まらざるを得ない。
ザリアはしばらく観察し、槍を構えた。
「待って」
反射の中に銛撃ち機が現れる。
ザリアは素早く槍を回転させた。
次の瞬間、銛が飛ぶ。
だが回転する槍がそれを弾いた。
「ナイス反応、ザリア!」
レイが声を上げる。
今度は背後にも銛撃ち機が出現する。
ザリアは気配でそれを察した。
「レイ、シールド!」
レイが盾を展開し、飛来した銛を弾く。
四人はそのまま進み、やがて食堂のような一角へたどり着いた。
そこで反射は消える。
〈第一段階、完了。これより第二段階を開始する。〉
「段階制ってわけ?」
ノノカが顔をしかめる。
「最悪」
そのとき、近くのテーブルでは、眠たげなオークがジョッキ片手に酒を飲んでいた。
ザリアは槍でつつく。
「おい。シールはどうやって手に入れる?」
オークは目を開け、槍を払いのけた。
「人間ってのは、礼儀ってもんを知らねぇのか?」
「答えろ」
オークは立ち上がって伸びをした。
「落ち着けって。次の試練は急いでも意味がねぇ。俺ぁケイ。レヴィアタン様の護衛の一人だ」
「どうでもいい」
リカがザリアの肩を押さえた。
「ザリア、お願いだからオークに喧嘩売らないで」
ケイが指を鳴らすと、青黒いルーンの鎧が体を覆い、両刃のジャベリンが現れる。
「来い。こっちだ」
壁の一つに通路が開く。
ケイが飛び込むと、少女たちも急いで続いた。
その先には、海藻に囲まれた空間に座る、青い肌の人型がいた。
「は?」
ザリアが顔をしかめる。
「なにこれ」
「簡単な話だ」
ケイがジャベリンを地面に突き立てる。
「お前らが相手してきた地獣みたいな脳筋とは違って、海獣様は理と対話を好む。だからここではそれを試される」
〈規則:マーマンを説得せよ。〉
「ちょっと待って」
ノノカが顔を引きつらせる。
「女子しか入れないルールって、まさかこれが理由?」
ケイはにやりとした。
「そいつを説得してシールを渡させろ。そしたらこの階層は終わりだ。ダンジョンってのは、殴り合いだけじゃねぇんだよ」
「ぶん取るのはナシ?」
ザリアが聞く。
「なしだ」
リカが一歩前へ出る。
「大丈夫。私がやる!」
リカはマーマンのもとへ歩いていった。
「こんにちは。えっと、私リカっていいます。あのシール、どうしても必要なんです。譲ってもらえませんか?」
「ただで?」
マーマンが片眉を上げる。
「う、うん……?」
「却下」
彼は肩をすくめた。
「そのシールが欲しいなら、俺の時間に見合うものを出してもらわねぇとな。そうだな、お前自身とかどうだ? この辺、退屈でな。七階を一緒に歩いてくれよ」
「……は?」
「聞こえただろ」
リカは慌てて引き下がった。
「ザリア! お願い、代わって!」
「はあ!? なんで私なんだよ! ノノカがやれよ!」
「やだよ。レイがいけ」
「うん、分かった!」
レイが素直に前へ出る。
「こんにちは! 葉山レイです! あなたのお名前は?」
「この辺じゃナギサって呼ばれてる」
彼は答えた。
「お前、ちょっと変わってるな、レイ。何歳なんだ?」
「分かんない!」
レイは首をかしげる。
「オマリロさんたちに会う前のこと、あんまり覚えてなくて。大きなドラゴンボスに捕まってたことくらいしか分からないの」
「へえ……」
ナギサは興味深そうに目を細める。
「ダンジョン育ちってわけか。エンドレスって感じでもないが……可愛い顔してるな」
〈説得:↑〉
「えへへ、ありがとう!」
ナギサは立ち上がり、レイを見下ろした。
「で、レイ。何のためにここへ来た?」
「マスターを助けるため!」
「マスター……まさか、ニュガワって名前か?」
レイが頷くと、ナギサは少し黙り込んだ。
「なるほどな……」
見守っていた三人が、わずかに期待を強める。
「レイって、意外とこういうの得意なんだね」
リカが感心する。
「そりゃそうでしょ」
ノノカが肩をすくめる。
「この子、ほぼ人と喋って生きてるようなもんだし」
「たしかに……」
ザリアも認めた。
レイは手を差し出した。
「じゃあ、トーテムくれる?」
ナギサは彼女をじろりと見た。
「タダじゃ無理だ。世の中、無料ってのはねぇんだよ」
「じゃあ、条件は?」
「今ここでキスしろ」
「それは絶対やだ!」
〈説得:↓〉
「ちっ」
ナギサは肩を落とした。
「なかなか落ちねぇな。じゃあ別のでいくか。料理はできるか?」
「できるよ!」
彼はレイを台所へ案内する。
そこにはイカ、エビ、カニ、貝類、米、調味料まで揃っていた。
「俺はマーマンだからな。海の食い物を食えば力になる」
レイは親指を立てた。
「任せて!」
他の三人が見守る中、レイは食材を刻み、味付けし、鍋やフライパンを器用に使い始める。
彼女はリズムよく鍋を振り、香ばしい匂いを立たせた。
「……悪くねぇ匂いだな」
ナギサが目を細める。
〈説得:↑〉
そのころ――
オマリロは沼を進み、水獣たちを次々と打ち倒していた。
彼は現れたマーマンを近くの木へ投げつける。
すると、沼の上に水の球体が浮かび上がった。
〈まだお前の中に、かつての主の片鱗は見える。
だが私の力を欲するなら、すべてを見せろ。
このままでは、ベヒモスは止められぬ。〉
「力に代償はつきものだ」
オマリロが低く言う。
「必要な時だけ使う」
〈そして、その時が今だ。〉
その言葉とともに、武装した護衛が現れた。
両手にはジャベリンが握られている。
「オマリロ・ニュガワ!」
オマリロが振り向く。
「ふむ」
〈規則:手加減するな。〉
「ここを出たいのだろう?」
護衛はジャベリンを高速で回し、暴風を生み出した。
「ならばもう一度、怪物になれ。
さもなくば、お前の弟子たちは二度と光を見られぬ」
嵐の中に、さらに記憶がよぎる。
悲鳴。
炎。
逃げ惑う子どもたち。
大地を徘徊する恐るべき気配。
オマリロはそれを見つめた。
「過去か」
〈だが、それを再び“現在”にできるか?〉
護衛が、オマリロを見据える。
するとオマリロはゆっくり目を閉じ、再び開いた。
その瞳は紫に染まっていた。
「ジュゲン堕落――ダンジョン破壊者」
――BOOM.
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