――第92章・総決算――
カイタンシャ本部――
ザンは局長室の机を漁り、書類を手当たり次第に確認していた。
そこへゼクが勢いよく飛び込んでくる。
「ザン! 第七が捕まった!」
ザンが顔を上げた。
「は?」
「第八の仕業だ。伝令の力を使って仲間を裏切った!」
「ちっ、どこにいる?」
「分からん。だが第六に知らせねえと――」
ザンはゼクを連れて廊下へ飛び出した。
しかし、そこにはハヤテとマリンが待ち構えていた。
ザンは二人を見て目を細める。
「お前ら、まだ戻ってくる気だったのか?」
「ここは私の建物だ」
ハヤテが言う。
「そしてお前が立っているのは、私の執務室の前だ」
「違うな」
ザンが口角を上げる。
「今は俺の執務室だ」
「それも長くは続かん」
その直後、ヴィーナスとストーンを先頭に、ドッコウ団の連中が一斉に押し寄せる。
マリンはハヤテへ目配せした。
「雑魚は私がやります」
「頼む。なら、蛇の頭は私が潰そう」
ゼクが真っ先に飛び出し、ハヤテの顔へ触れようとする。
「ジュゲン滅者――消去型C!」
だがハヤテは腕を右へ払った。
空間に虚無の波が生まれる。
「ジュゲン魔法士――虚空の外套!」
一対の虚無の翼が広がり、ゼクの攻撃を受け止める。
次の瞬間、その翼から虚無の衝撃波が解き放たれ、ゼクは大きく吹き飛ばされた。
「兄弟」
ザンが鼻で笑う。
「その程度かよ」
彼は指を鳴らす。
「ジュゲン滅者――霊脈手榴弾!」
空中に爆弾がいくつも生成され、ハヤテへ殺到する。
だがハヤテは翼で身を包み、それらをすべて受け流した。
ザンの周囲には黒い波動が巡り始める。
「ジュゲン滅者――究極生命消滅器!」
闇の波が広がり、近くの壁が丸ごと消し飛ぶ。
ドッコウ団の手下まで何人か巻き込まれ、ハヤテはマリンを庇うように前へ出た。
「ボス!」
ヴィーナスが叫ぶ。
「味方まで消してるじゃん!」
ザンは無視し、さらに消滅波を放つ。
だがハヤテは外套で受け切り、そのまま翼でザンの顔面を叩き飛ばした。
ザンがよろめく。
その隙にマリンは両手を合わせる。
「ジュゲン闘士――迷い風の扇!」
虚空から二枚の扇が現れ、マリンはそれを振り抜いた。
暴風と共にヴィーナスとストーン、さらに残っていた手下たちまで一気に建物の外、向かいの屋上へ吹き飛ばされる。
「取り巻きは片付きましたね」
マリンが静かに言う。
「よし」
ハヤテが頷く。
「残るはこの二人だ」
ザンとゼクは並んで構えた。
ハヤテとマリンも応じる。
ゼクはマリンへ突っ込み、顔へ触れようとする。
だがマリンは宙返りでかわし、扇で彼の胸を切り裂いた。
ザンはハヤテへ銃を連射するが、ハヤテは虚空の外套でそれを吸収していく。
「なんで効かねえ!」
ザンが叫ぶ。
「空間の虚無は消せない」
ハヤテが告げる。
「我々はそれなしでは存在できん」
ザンが再び消滅波を放つ。
しかしそれも外套に呑まれ、ハヤテは一気に踏み込み、翼でザンを殴り飛ばした。
「お前……何者だ?」
「カイタンシャ局長だ」
ハヤテの声が低くなる。
「そしてお前たちのような愚連隊が好き放題したせいで、私は本気を出す羽目になった」
翼がさらに伸びる。
虚無の気配が全身から溢れ出した。
「ジュゲン魔法士――果てなき虚無」
ザンとゼクは虚無の領域へ引きずり込まれる。
そこは夜空の月だけが浮かぶ、底なしの空間だった。
二人は辺りを見回す。
「ここは何だ?」
ゼクが問う。
「知らねえ。気をつけろ」
ザンが歯噛みする。
そこへハヤテが現れる。
姿はまるで虚無そのものの騎士。
「なんだよ、それ……」
ハヤテが剣を突き立てる。
領域全体が震える。
次の瞬間、彼らは現実へ引き戻されていた。
だが、ザンとゼクは両腕を失っていた。
「がっ……! 腕が……!」
「あの局長、何しやがった……!」
ハヤテは再び現れ、二人を虚無のカプセルへ閉じ込める。
「こういう手を見せるのは好まんのだがな。来い。ハントレスの檻にでも放り込んでやる」
カプセルはそのまま消えた。
そこへアイリとリオが合流する。
「こっちは役目を果たした」
アイリが言う。
「よくやった」
ハヤテが頷く。
「働きに見合う報いは約束しよう」
「……あとはユウト次第だな」
リオが呟く。
「死ななきゃいいけど」
港区――
爆音が連続して響く。
オマリロは第六の繊維が切り裂く瓦礫を避けながら着地した。
地面から灰色の繊維が這い出し、彼の身体に巻きつく。
毒を含んだそれが肌を焼く。
「ジュゲン回生者――呪われた不死」
傷は瞬時に塞がる。
その代償として、オマリロの身体はわずかに老いる。
第六が彼の正面へ降り立ち、自分の頭を抱えながら狂気じみた声を上げた。
「ずるい、ずるい、ずるい! 不公平! 不公平! 不公平!」
彼女は叫ぶ。
「あなたは私だけのものになるの! 殺してでも!」
彼女はポータルを開き、上空へ移る。
「ジュゲン堕落――破壊の注射器!」
無数の注射器が空から降り注ぐ。
道路、車、木々、何もかもを砕きながら突き刺さっていく。
先端からは灰色の光線が走り、オマリロを両断せんと襲いかかる。
オマリロが回避すると、第六はその一本の上に乗ったまま追ってきた。
オマリロは屋根から屋根へ跳ぶ。
そして一瞬立ち止まり、注射器を真っ二つに叩き割った。
ミレイはそこから滑り降りる。
その瞬間、オマリロは刃の雨を放った。
「ジュゲン回生者――結縛の視界!」
灰色の線がオマリロとミレイを繋ぐ。
彼が剣を振るうより先に、彼女はその軌道を読み切り、蹴りで剣を弾き飛ばした。
反撃へ移ろうとする彼女の肘を、オマリロは掴み砕き、そのまま掌底で吹き飛ばす。
ミレイは損傷を即座に再生し、さらにもう一本の注射器を落下させる。
二人は屋上から吹き飛ばされた。
オマリロが起き上がるより先に、また毒の繊維が足元から絡みつく。
だが彼は手首の一閃でそれらを断ち切った。
剣を再形成し、飛来する球体を弾き落とす。
ミレイへ斬りかかるが、彼女はガントレットで受け止める。
「ジュゲン回生者――年齢操作の結界!」
結界が広がり、オマリロの右腕と剣が塵へ変わる。
だがその身体は再び再生し、その間にミレイの蹴りが飛んだ。
「あなたは不死かもしれない」
ミレイが言う。
「でも、歩けなくなるまで老いさせればいいだけ! そうしたら、永遠に私のもの! ずっと! ずっと! ずっと!」
狂気じみた叫びと共に、球体、注射器、崩壊結界が一斉に押し寄せる。
だがオマリロは円刃を形成し、それらすべてを切り裂いてみせた。
ミレイが視認不能の速度で迫り、拳を地面へ叩きつける。
「うあああっ!」
数街区を呑み込むほどの白い結界が形成され、オマリロを砂のように老化させていく。
再生した彼の身体は、また少し老いていた。
ミレイは笑う。
「それでいいの。そうすれば、あなたを失わずに済む。だから……こっちへ来て!」
彼女が飛びかかる。
オマリロは黄金の鞭で拘束し、同時に牢獄を開こうとする。
だがミレイは結界でそのどちらも消滅させた。
オマリロは弓を形成し、矢を放つ。
二本が彼女の肩へ刺さる。
ミレイは何の躊躇いもなくそれを引き抜き、また球体を転がし始めた。
上空のヘリからカメラが回る。
「緊急速報です! 港区がリアルタイムで破壊されています! 伝説のカイダンチョウが応戦中ですが、すでに区の半分以上が壊滅しています!」
記者の一人が第六を指差した。
「あれは何ですか!?」
「分かりません! 装甲をまとった何かです!」
第六はヘリへ向けて球体を撃ち込もうとした。
だがオマリロの矢がそれを撃ち落とす。
二人がまた激突したその時、瓦礫を踏み越えて一人の少年が駆け込んできた。
「誰だ、あれ!?」
「ドッコウ団の服……?」
ユウトは土煙の中で、オマリロと第六の凄絶な応酬を見て足を止めた。
「マジかよ……」
彼は呟く。
「なんで俺、助けに来るとか言っちまったんだ……。いや、逃げるためだ。そう、逃げるため……。でも、ニュガワさんなら勝てる、よな?」
一つの球体が彼の頭上を掠めた。
「やっべ! 死ぬ!」
土煙が薄れ、ミレイもオマリロも彼に気づく。
ミレイが首を傾げた。
「ユウト。いい子ね。助けに来てくれたの?」
「は、はい……ナース様」
「ならどうして、そんな震えてるの?」
次の瞬間、彼女はユウトの首を掴んでいた。
「裏切ったわね。あなたも、ハンも」
「ち、違――」
「誤魔化さないで」
ミレイの声が冷える。
「私の命脈はハンと繋がってる。あの会話が聞こえないとでも思った?」
「なら……こうだ!」
ユウトの周囲にアイスクリームトラックが形成される。
「ジュゲン後備者――呪われた顕現檻!」
トラックはミレイを内部に拘束し、鎖で四肢を縛る。
「これは……!」
オマリロはユウトの頭に手を置いた。
「少年、正しい側選んだ。賢い」
「え、じゃあ……これで俺の罪、ちょっとは軽くなります?」
「ならん」
「うわぁ……」
ミレイはトラックを破り捨て、激怒の表情で飛び出す。
「ユウトォ!」
注射器が彼を押し潰そうと落ちる。
だがオマリロはユウトを引き寄せて回避した。
「うわっ! 今のもできるのかよ!」
「集中しろ、少年!」
「す、すみません!」
二人が着地した先では、地面から繊維が蛇のように這い上がってくる。
ユウトは思わず後退った。
「やばっ!」
オマリロはそれを斬り払う。
「今だ、少年!」
第六が地面を突き破ってくる。
ユウトは慌てて大型トレーラーを顕現させ、彼女の周囲を包み込んだ。
「これなら少しは――」
直後、第六の腕が金属を貫いた。
「ユウト!」
彼女が完全に抜け出した時、オマリロの姿はすでになかった。
ユウトは後ずさる。
「ど、どこに……?」
一瞬で追いついたミレイが彼を持ち上げる。
「どこへ行ったの?」
「し、知らない! 本当に!」
彼女はユウトを壁へ叩きつけた。
「恩知らずのゴミが! 誰が拾ってやった? 誰が育てた? 誰がその力の使い方を教えた?」
「すみません、ナース様。でも俺、もう抜けたいんです!」
「そう。なら叶えてあげる」
彼女の手に灰色の結界が宿る。
ユウトを殺そうとしたその時、背後で物音がした。
振り返った先に立っていたのは、オマリロ。
「マスター……」
彼女はユウトを投げ捨てる。
「あなた、やっぱり来てくれたのね。戻ってきて、マスター。もう私を傷つけないで」
第六が一歩踏み出す。
しかしオマリロは指を鳴らした。
「女の支配は終わり。女は罪を償う」
ミレイが見上げる。
そこにはポータルが口を開けていた。
「やめ――やめて、いや――!」
「ジュゲン後備者――禁じられた牢獄」
ポータルは第六を引きずり込み、そのまま閉じた。
静寂が落ちる。
ユウトが辺りを見回す。
「……どこ行った?」
「正しい場所だ」
オマリロは壊滅した街並みを見渡す。
そこへヘリが降り、記者たちが押し寄せてきた。
「ニュガワさん!」
「今、何をしたんですか!」
「あの女は何者なんですか!」
オマリロは振り返らず、崩れた自宅の屋根の一部を持ち上げる。
そこへ他のカイダンチョウたちと弟子たちが合流した。
「マスター!」
ザリアが駆け寄る。
「無事だったんですね!」
リカが安堵する。
ノノカはユウトを見て眉をひそめた。
「マスター、なんでこいつがここにいるんです?」
オマリロは屋根の破片を手にしたまま、しばらく黙っていた。
「……」
そして、ぽつりと言う。
「……家が壊れた」
——




