――第93章・砕けた封印――
カイタンシャ本部――
数日後。
カイタンシャ本部の建物前に設けられたステージで、ハヤテはオマリロを除く全カイダンチョウを背後に従え、群衆へ向けて語りかけていた。
「我々が皆さんを裏切ったこと、その事実は否定できません」
ハヤテは頭を下げた。
「許しを乞える立場にないのも承知しています。ですが、どうか知ってください。道を違えたカイダンチョウたちはカイタンシャへ戻りました。そして、ドッコウ団の脅威もすでに制圧されています!」
直後、記者たちが一斉にマイクを突きつける。
「伝令はどうなったんですか!」
「港区の被害は本当に修復されるんですか!」
「こんな状況で、まだカイタンシャを信じろと言うんですか!」
ユカが一歩前へ出た。
「皆さんを煽り、職務から逃げようとしたこと、本当に申し訳ありませんでした」
彼女はまっすぐ前を見据える。
「私たち全員の責任です」
ミズキ、カオル、コウイチも無言で頷いた。
「でも、一つだけ約束します」
ユカは静かに、けれど力強く言った。
「もう二度と逃げません。痛みや理想を言い訳に隠れたりもしません。皆さんを、自分たちの思想のための道具のようには扱いません」
彼女は微笑む。
「これからもオマリロは私たちの柱です。ですが、私たちはその後ろに隠れるのではなく、隣に立ちます。皆さんが目の当たりにした、あの街を壊した脅威に対抗するために――あの人を全力で支えます!」
群衆から歓声が上がる。
アツシがユカの肩に手を置いた。
「よく言った、ナトリ」
彼は周囲を見回す。
「しかし、ニュガワのじいさんは姿を見せんのか。あの老人、昔からこういう責任は平気で放り出す」
「もっと重要なことをしているのでしょう」
ミズキが淡々と口を挟む。
「今はそっとしておくべきです」
監房――
オマリロは杖を鳴らしながら廊下を進み、監房区画へ入っていった。
その先には予想通り、シオン、ミレイ、そしてハンがそれぞれ別の檻に収監されていた。
いちばん奥の檻では、コハクがオマリロへ向かって手を振っている。
「あら、あなた。ようやく来たのね、我が愛しの人。迎えに来てくれたの?」
「違う」
「ふふ。なら、もっと待つだけよ。気が済むまでゆっくりしていって。弱くなるのだけは許さないけど」
オマリロはミレイの檻の前で立ち止まった。
彼女は壁に向かって立っていたが、気配に気づくと振り返る。
「ふん、マスター。私を出しに来たの?」
「違う」
ミレイは真っ直ぐに彼を見つめた。
「愛してるのよ、マスター。なのに、どうして私をこんなところへ閉じ込めておけるの? どうして私も、シオンも、他のみんなも置き去りにできるの?」
「子供たち、何千も殺した」
オマリロは低く告げる。
「子供たち、償い拒んだ」
ミレイは壁へ拳を叩きつけた。
「全部あなたのためだった! 全部よ!」
声が震える。
「分からないの? 私たちは、あなたの弟子であり続けたかったから、全部やったの! 何にでもなった! 何だって耐えた!」
「女、道を外れた」
オマリロは言う。
「女、檻で自分の行いを考えろ」
シオンが顔を上げた。
「それで、俺たちはいつまでこの牢に入れられてるんだ、マスター?」
彼は皮肉げに笑う。
「満足か? きっと今ごろ愉快だろうな」
オマリロは視線を向ける。
「少年、自信過剰。それが破滅呼んだ。理は下に置けぬ。学ぶべきだ」
「俺たちの愛は変わらないよ、マスター」
シオンは断言した。
「あなたに拒まれても、俺たちは揺らがない。他の伝令たちが、必ずあなたをまた受け入れさせる。特に、あの摂政ならな」
彼は檻越しに笑う。
「あの方も、我らが王も、あなたに会いたくて仕方ないんだよ、マスター」
「ふん」
ミレイはオマリロがハンの檻へ向かうのを見て、目を細めた。
「あなたは私のものよ、マスター。全部、全部」
ハンは檻の中で動かずに座っていた。
オマリロが呼ぶ。
「少年」
「……全部、申し訳ありませんでした、先生」
ハンは静かに頭を下げた。
「明らかにやりすぎました。それに、結局何も得られなかった。港区は壊れたままです」
「少年の選択、過ちだった」
オマリロは告げる。
「選ぶこと許したのは私。罪、少年だけでない。だが少年、償う必要ある」
「無理です、先生」
ハンは力なく答えた。
「もうあのグループには戻れません。みんな、俺を嫌ってる。だから……このままここに置いてください」
オマリロは杖を軽く鳴らす。
「少年、真の伝令になってはならぬ。真の伝令、救えぬ。だが少年は違う」
ハンはわずかに顔を上げた。
「……本当に?」
「そうだ」
そこへザリアが入ってくる。
「あ、ここにいたんですね、先生。こっちはもう出発できるって伝えに来ただけです」
彼女はハンを見た瞬間、冷たい視線を向けた。
だが何も言わず、そのままオマリロに抱きついてから出ていった。
「おやおや」
コハクが楽しそうに呟く。
「何やら空気が険しいわねぇ」
そのあと、マリンとハヤテが監房へ入ってきた。
ハヤテはハンの檻に手を当て、意識を集中させる。
「……なるほど。この子に入ったあの力、恒久的なものじゃない」
彼は言った。
「私のヴォイドカプセルなら、堕落の力だけを引き剥がせる」
「始めろ」
オマリロが命じる。
「力、少年には危険すぎる」
ハヤテはハンの周囲へヴォイドカプセルを展開した。
すると少しずつ、ダラクの気配が抜き取られていく。
だが誰もが驚いたのは、その力がオマリロの元へ戻っていったことだった。
「オマリロ?」
マリンが訝しげに問いかける。
「あなた……まさか」
「力は私のもの」
オマリロが答える。
「子供たち、盗んだだけ」
「盗んだんじゃない!」
ミレイが檻の奥から叫ぶ。
「私たちはあなたの呪いを軽くしてあげたのよ!」
「黙れ、女」
ハヤテがヴォイドカプセルを解く。
そこには、すでに装甲を失ったハンが立っていた。
「ハン」
ハヤテは正面から見据える。
「最終的にユウトたちを引き入れ、伝令の一人を止めた功績は大きい。だが、お前が敵に与えた支援と背信は見過ごせん。直接誰かを傷つけていなかったとしても、敵の襲撃を助けたことに変わりはない」
「……申し訳ありません、局長」
「よって、お前はしばらく自宅謹慎だ」
ハヤテは淡々と告げる。
「この監房は怪物のための場所だ。判断を誤っただけの十代を閉じ込めておく場所ではない」
エージェントがキーカードで檻を開け、ハンの足首には監視用アンクルモニターが装着された。
「機会をいただき、ありがとうございます」
エージェントたちはハンを外へ連れ出す。
オマリロも踵を返した。
ミレイは腕を組み、怒りを滲ませる。
「本気? 私たちはここに残して、あの子は出すの?」
彼女は唇を噛む。
「私たちは十年以上あなたの下にいたのよ! あの子なんて、まだ数か月でしょう!」
「女もそのうち分かる」
オマリロは振り返らずに言った。
「分からねば、腐るだけだ」
「――ッ!」
彼はそのまま去っていく。
檻の中でミレイは、ひとり笑い始めた。
「構わないわ。私は今でも誰よりもあなたを愛してる……四十年が何? また見つける。絶対に」
ハンとオマリロは本部の外へ出た。
ハヤテは壊れた建物を眺めながら舌打ちする。
「ちっ。これ、完全修復には一週間はかかるな。石系とコンクリート系の魔法士を回すか……操運者も必要だな」
「家も直せ」
オマリロが言う。
「家、優先」
「ああ、港区の復旧も進める」
ハヤテは頷く。
「全部戻すには半年はかかるかもしれんが、最高のカイタンシャを動員する」
「家戻せ」
オマリロは淡々と告げる。
「でなければ、杖で顔打つ」
「やる! ちゃんとやる!」
ハヤテは慌てて言う。
「ところで、その間の住まいはどうする? 必要ならこちらで用意するが」
「一つ残ってる」
オマリロが答える。
「軽井沢」
「そういえば、あったな」
ハヤテは思い出したように言う。
「だが、お前はなぜ今まであそこへ行かなかった?」
「港区の家、封印を保ってた」
オマリロが目を細める。
「港区の家、もうない。なら封印もない」
「封印? まさか、それって――」
オマリロは無言で頷く。
「来い、少年」
そのまま二人は歩き去っていった。
ハヤテが振り返ると、そこにはユウト、アイリ、リオが立っていた。
「お前らか。何の用だ?」
ユウトが頭をかく。
「えっと、その……俺たち、手伝っただろ?」
「要するに報酬が欲しいんです」
アイリがはっきりと言う。
「ちゃんとした家。今度こそ、本物の」
「命の心配のないやつね」
リオも続けた。
「……お前たちか」
ハヤテは腕を組む。
「能力はある。立派にカイタンシャになれるだろう。あとは、どのカイダンチョウが引き取るかだが――」
「なら俺だ」
コウイチが現れた。
「反抗的で礼儀もないガキ三人? いいじゃねぇか。ちょうどいい」
「コウイチ! 完璧だ!」
ハヤテが指を鳴らす。
「お前たち、紹介しよう! エイカイダンのリーダー、カイダンチョウ・カミシロだ!」
三人は微妙な顔をした。
「……ニュガワさんじゃ駄目なんですか?」
ユウトが聞く。
「私はあの人がいい」
アイリが言う。
「同感」
リオも頷く。
コウイチは蜘蛛の巣を形成し、三人まとめて拘束した。
「第一にだ、ガキども」
彼は冷たく笑う。
「リーダーに口答えすんじゃねぇ」
「わ、分かった! 悪かった!」
三人は揃って叫ぶ。
「よし」
コウイチは満足そうに頷く。
「じゃあ局長、こいつらは風呂入る前に徹底的にしごいてくる」
「頼んだぞ」
コウイチは元ドッコウ団の三人を引きずって去っていく。
ハヤテは本部を見上げ、ため息をついた。
「次は何が来るやら……また別の伝令か、第二のハントレスか……想像するだけで胃が痛い」
そう呟き、建物の中へ戻っていった。
夜は静かに、更けていく。
軽井沢――
子供たちはそれぞれスーツケースを持ち、大きく静かな屋敷へ入っていった。
内装を見て、目を輝かせる。
「先生、ここマジでヤバいっす!」
ザリアが感嘆する。
「先生って、持ってる物まで全部すごいんすか?」
「きっとそうだよ!」
リカが手を叩く。
「連れてきてくれてありがとう、先生! これ配信してもいい?」
「駄目だ」
「うう……」
ノノカがオマリロへ寄りかかる。
「マスター。家の件、ごめん」
レイが彼の手をそっと握った。
「私もです……また前みたいに建て直せないんですか?」
「家、消えた。修復、大掛かり」
オマリロは言った。
「新しい家に集まれ」
女子たちはさっそく部屋決めに散っていく。
そこへソウシンがハンの腕を引っ張りながら入ってきた。
「来て、ハン! まだ友達!」
「……ほとんど違うだろ」
ハンはぼそりと呟く。
「ソウシン、お前は女子たちのとこ行けよ。俺みたいな負け犬じゃなくてさ」
「そんなこと言わないで、友達!」
ソウシンは真っ直ぐに言う。
「みんなだって失敗する! でも今は戻ってきたし、友達もみんな生きてる!」
「……そう、だけど」
リカとザリアが、おそろいの可愛い服を掲げながら階段を下りてきた。
「先生、これ着たほうがいいと思う?」
リカが聞く。
「ザリア説得するの大変だったけど、先生のためなら着るって言ってくれたの!」
「女子、好きな服着ろ」
「ってことはオッケーだね!」
二人はそのままオマリロの両頬へキスをして、また駆けていく。
オマリロはその背中を見ながら呟いた。
「女子たち、変わった」
「……俺、完全に切られましたね」
ハンが苦笑した。
「先生にもっとべったりになったって感じです」
「大丈夫!」
ソウシンが励ます。
「きっと許してくれる!」
そこへノノカがハンの横をすり抜け、ソウシンの頭を撫で、さらにオマリロへ抱きついてから自室へ消えていく。
ハンは俯いた。
「……本当に?」
エメルがソウシンのシャツの中からぬるっと出て、人型へ変わった。
「私は許してあげる! 食べ物くれるならね! 今すぐ!」
「分かった、エメル」
「よし! 許した!」
ハンは彼女を連れてキッチンへ向かう。
途中、階段で談笑する女子たちの方を見た。
ザリアがその視線に気づき、次にリカたちも気づく。
すると彼女たちはすぐに目を逸らし、そのまま別の場所へ行ってしまった。
ハンは、その時向けられた冷たい視線を見逃さなかった。
「……俺、ほんとに最悪だな」
港区――
巨大な緑色のスライムが、何本もの腕と脚を伸ばしながら港区の瓦礫を踏み荒らしていた。
生存者の気配を探るように、崩壊した街を這い回る。
「生体反応なし。ニュガワの痕跡もなし」
それは壊れ果てたシンカイダン邸へたどり着く。
調査中のエージェントたちが気づいた瞬間、スライムは彼らを呑み込み、その肉を噛み砕いた。
その正体――エメラルド。
彼は屋敷の残骸の上に立ち、一枚の写真を拾い上げる。
「ニュガワの家か。臆病者め、逃げたか。しかも、妹を連れてな」
彼はさらに瓦礫を踏み分けて進む。
しかし有益なものは何も見つからない。
立ち去ろうとした時、黄金のシジルが目に入った。
拾い上げる。
「……何だ、これは」
シジルが震え出し、そこから黄金の光が漏れた。
やがて弾けるように爆発し、空中に黄金の球体が現れる。
「お前……誰だ……?」
球体が喋った。
「俺はエメラルド」
スライムは答える。
「オマリロ・ニュガワを殺しに来た」
「ニュガワ……」
球体が低く唸る。
「我を封じた者。そうだ……死ぬべきだ」
「ほう。なら利害は一致しているな」
エメラルドは笑みを浮かべる。
「名を聞こうか、友よ」
「ベヒーモス……」
球体は名乗る。
「大地の王。もはやニュガワのペットではない。今も地の底深くに封じられている」
「なら、ベヒーモス」
エメラルドは球体を握りしめる。
「俺が封印を解く。その代わり、妹を助けるために力を貸せ」
「公平な取引だ」
ベヒーモスが応じる。
「来い、スライム。大地の王を再び解き放て。そうすれば、オマリロ・ニュガワを共に殺してやろう」
エメラルドは黄金の球を持ったまま、その場から消えた。
直後、さらに多くのエージェント車両が現場へ駆けつけてくる。
だが、すでに遅かった。
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