――第91章・奈落の封印――
港区――
第七がカイダンチョウたちと交戦する一方で、ノノカ、ソウシン、レイ、シノは第八との戦いに加わっていた。
リカは倒れかけたザリアを支える。
〈《第八》追放の伝令――欺瞞の伝令。レベル:180,000〉
「そこまでして力が欲しかったんだ」
ザリアが吐き捨てる。
「ほんと、魂まで売ったってわけね」
「どうする?」
シノが問う。
「決まってるでしょ」
ザリアは槍を構えた。
「ぶん殴って捕まえて、その裏切り野郎をそのまま女王様んとこに突っ込む!」
槍が一直線に飛ぶ。
だが第八はそれをかわえし、次の瞬間にはザリアの背後に回り込んでいた。
「だからやめろって言っただろ。少しは人の話を聞け!」
彼はザリアの顔面を地面へ叩きつけた。
リカが押しのけようと飛び込むが、軽く振り払われる。
レイが光弾を撃つも、第八はワイヤーで身体を引き、そこから電撃門を形成して月光弾を防いだ。
そこへドッコウ団の連中が雪崩れ込む。
だがソウシンがまとめて弾き飛ばし、その隙にシノが敵の武器を指先で消し飛ばした。
ノノカの身体が変質を始める。
「ジュゲン操運者――人性闘気!」
〈人間性《破棄》。バフ残り時間:1:30〉
ノノカはそのままハンへ殴りかかる。
だがハンはその拳を容易く受け止めた。
「ノノカ、お前は戦闘型じゃない。やめろ」
〈能力:発動準備完了〉
「イーグルズ・レコニング!」
鎧から放たれた烈風が、第八を大きく吹き飛ばす。
彼は二本のワイヤーを地面へ打ち込み、踏みとどまった。
ノノカが再度飛びかかろうとした瞬間、第八は檻を展開し、そのまま彼女を閉じ込める。
「もう十分だ」
バフが切れ、ノノカは鉄格子を叩いた。
「人なんて滅多に信用しないのに、それを利用したわけ?」
彼女は睨みつける。
「いい友達ね、ほんと」
「すべては大義のためだ」
第八は檻を滑らせるように後方へ飛ばす。
そこへシノがベクトルで檻を消し、ノノカを解放した。
レイはハンの頭上へ月光の刃を複数形成した。
しかし第八は大量のダーツを撃ち込み、それらを一つ残らず撃ち落とす。
レイは両手を前へ突き出し、今度は木一本を呑み込むほどの巨大な月光砲を放った。
「……レイ、かなり頭に血が上ってる」
ハンは心の中でそう判断する。
「長引かせても意味がない。もう動くしかない」
彼が地面へ手をつくと、奈落の気配が足元へにじみ出た。
ザリアがすぐ叫ぶ。
「気をつけて! なんか変なことする!」
「ジュゲン堕落――自動支援!」
直後、戦車の土台を持つ巨大な移動砲台が出現した。
第八はそれを使ってロープを乱射し、少女たちはどうにか回避する。
ザリアが槍を砲台の車輪へ投げつけるが、第八は鎖を伸ばしてそれを途中で弾いた。
「シノ! あれ消して!」
シノが指を構える。
だが第八は砲台から大量のスモークボムを放ち、一帯を煙で覆った。
煙が晴れた時には、少女たちは全員鎖で拘束されていた。
だが、ソウシンだけは自由のままだった。
「友達ハン?」
「もう少しだけだ、ソウシン」
第八は低く言う。
「まだお前には役目がある」
砲台はそのまま走り去り、拘束された少女たちは地面へ投げ出される。
ザリアはソウシンへ叫んだ。
「ソウシン! ジュゲン使って、あいつを逃がさないで!」
追いかけようとするドッコウ団を前に、ソウシンはハンと仲間たちを見比べる。
そして首を振った。
「友達は、友達を傷つけない!」
「ソウシン、あいつはもう友達じゃない!」
リカが言う。
「違うよ、ビッグシス!」
ソウシンは真っ直ぐ答えた。
「友達ハンは、みんなを助ける! ぼくは信じてる!」
そう言ってソウシンは雑魚どもを飛び越え、第八の後を追っていく。
その間にシノは鎖を消し飛ばした。
「あのガキ、ほんっとにお人好しすぎる……!」
「追うわよ!」
ザリアが立ち上がる。
「このままだとソウシンまで危ない!」
街の奥では、第七がアツシのゴーレム形態と激しく殴り合っていた。
拳と拳がぶつかるたび、路面が揺れる。
ユカは上空を氷鷲で旋回し、巨大な氷の蜘蛛脚を形成してシオンの背中へ叩きつけた。
「やっぱり硬いわね」
ユカが呟く。
「もっと火力が要る」
下からはガクトが頭から突っ込み、シオンの足を揺らす。
さらにミズキがコウイチを加速させ、頭部付近まで射出した。
コウイチはそのまま罠糸銃を構える。
「ちょっと休んどけよ、な?」
罠糸がシオンの全身へ巻きつき、その隙にアツシが叩きつけるように地面へ押し込む。
だが第七の機体は、アツシと同じ石の拳を形成してきた。
「お前の動きも、もう頭に入ってるよ、アツシ」
シオンは嘲る。
「単調すぎる。昔みたいにやろうぜ?」
二人は真正面から殴り合いに入る。
アツシがアッパーをかわし、シオンも右フックを避ける。
その頃、カオルは屋根の上で汗を流していた。
「オマリロ様が、私たちを信じてくれてる……!」
彼女は自分へ言い聞かせる。
「応えなきゃ。絶対に……!」
ユカが再び突っ込もうとしたところを、シオンの拳が掠めた。
カオルはついに両手を掲げる。
「ジュゲン回生者――妖精の支援!」
〈妖精:召喚〉
桃色に輝く妖精が宙へ舞い上がり、戦場全体を包むような淡いピンクの泡が展開される。
シオンがアツシを殴った――だがアツシはまるで揺るがなかった。
「何をした……?」
シオンが眉をひそめる。
次にカオルを狙って拳を振るうが、その動きは明らかに鈍っていた。
カオルはユカの氷鷲の背へ飛び乗る。
「今の何?」
ユカが問う。
「私の最後のスキルです!」
カオルは叫ぶ。
「この戦いで一回しか使えないので、ちゃんと活かしてください!」
ガクトとミズキが同時に突っ込み、シオンの脚部を殴る。
アツシも蹴りを叩き込んだ。
だが第七は巨大なキューブを作り出し、二本のワイヤーで地面へ固定しながら踏み止まる。
「ジュゲン堕落――深淵の刃!」
ギロチンのような斧が何本も生み出され、街区を切り裂きながら飛来した。
ミズキがガクトとコウイチを掴んで高速移動し、全員を避難させる。
ユカはカオルを乗せたまま高く舞い上がった。
アツシは両腕で二本の斧を受け止める。
その瞬間、一本が彼の腕を切り落とす。
だが次の瞬間には腕は再生していた。
アツシは自分の腕を見下ろす。
「カオル、悪くない」
彼は言う。
「この力があるなら、昔の同僚を落とせる」
アツシとシオンは再び真正面から視線をぶつけ合った。
ずっと昔――
「修練! 道場! 今すぐ来い!」
多くの生徒たちが道場へ駆け込む。
「俺が一番!」
「いや、私だ!」
「二人とも遅い!」
オマリロは杖を床へ突く。
「新しい生徒が来た。全員、挨拶しろ。――砂原アツシだ」
若きアツシが不安げに入ってくる。
「よろしく……お願いします」
その瞬間、道場に笑いが起きた。
「アツシ?」
リンが吹き出す。
「ジュゲン保有率の低いあの子を、マスターが?」
「才能なさそうですね」
ミレイが言う。
「先生、家に帰した方がよくないですか?」
「だよな」
シオンも続く。
「ケガする前にさ」
部屋の隅では、前髪の長い赤髪の青年が静かに顔を上げた。
「マスターが連れてきた人間に文句を言うな」
レンカが低く言う。
「決めるのは俺たちじゃない」
「ほんっとお前は偉そうだな、レンカ」
オマリロが再び杖を打ち鳴らすと、場は静まった。
アツシは席へ着く。
「今日は攻撃組と防御組に分かれる。攻撃は結晶を破壊。防御は結晶を守れ」
イツキが手を挙げた。
「チーム分けをお願いします、先生」
「イツキとレンカ。リンとミレイ。シオンとダイゴ。カイトとナオヤ。イチカとアツシ」
手を打つと、紫に光る結晶が宙へ現れる。
「旭川ダンジョン産の結晶だ。イチカ組が防衛。シオン組が破壊」
両チームが位置につき、オマリロたちは見守る。
シオンは肩を鳴らした。
「楽勝だな」
「俺の足引っ張るなよ」
ダイゴが言う。
「安心しろって。イチカなんて戦闘向きじゃないし、その上アツシまで抱えてる」
「始め」
オマリロの号令と同時に、シオンが跳び出す。
「ジュゲン変性者――ルインフォーム!」
上半身が多腕の機械めいた形態へ変わり、いきなり結晶へ拳を叩き込む。
アツシは石の片腕を作って防ごうとしたが、シオンの一撃で砕かれた。
「弱っ!」
イチカが前へ出る。
「ジュゲン魔法士――結晶免疫のオーラ!」
道場全体が結晶空間へ変わり、シオンの打撃はすべて弾かれる。
「何っ!?」
ダイゴは両手を擦り合わせた。
「ジュゲン魔法士――アビス・インフェルノ!」
溶岩めいた熱線が放たれ、イチカの防御を粉砕する。
「きゃっ!」
アツシが石の腕を再形成し、前へ出る。
「やめろ!」
彼はダイゴへ殴りかかる。
だがダイゴの炎撃に弾き返され、壁へ激突した。
その隙にシオンが結晶を砕く。
「シオン組の勝ちだ」
オマリロが告げる。
「残りは休憩後に再開」
「ほらな」
シオンが鼻で笑う。
「楽勝」
アツシは道場を飛び出し、居間の床へ座り込んで頭を抱えた。
そこへ手が置かれる。
見上げると、イチカが微笑んでいた。
「……何だよ。負けたのを責めに来たのか」
「そんなわけないじゃん」
イチカは首を振る。
「すごく頑張ってたよ。みんな口は悪いけど、マスターが見込みのない人を取るわけないでしょ?」
「……本当に?」
「うん。マスターは、自分の時間を使う価値があるって思った人しか育てないから」
アツシはゆっくり立ち上がった。
「でも、あいつらみたいに強くなるにはどうしたらいい?」
「同じになろうとするな」
別の声がした。
振り向けば、そこにはイツキが立っていた。
「あいつらを超えるんだ」
彼は言う。
「生まれつき持ってるものはある。けど、“執念”だけは生まれつきじゃない。それを育てろ。そうすれば強くなれる」
「……あんたも、そうしてるのか?」
イツキは頷く。
「俺はマスターの一番弟子だ」
彼は真っ直ぐ言う。
「この人の時間が無駄じゃなかったって、証明しなきゃいけない」
「……わかった。やってみる」
そこへオマリロが入ってくる。
「休憩終了。訓練再開だ」
現在――
「心は歪められても、あいつらの出発点は本物だった」
アツシは思う。
「そして俺の執念は――」
彼はシオンの胸へ拳を叩き込んだ。
「誰にも負けん!」
第七は槍を生成し、アツシの腹を貫く。
だが傷は即座に塞がった。
その背後からユカが再び氷撃を浴びせる。
ガクトたちも脚部へ攻撃を重ねた。
しかしシオンは強烈な踏み込みで全員を吹き飛ばし、アツシはゴーレム形態を解除させられる。
「哀れだな」
第七が言う。
「石がなければ何もできないのか?」
アツシは片腕だけ石化し、地面を殴って衝撃波でシオンの体勢を崩す。
「降りて来い! その機械に隠れず戦え!」
第七の機械装甲が砕け、その中の本体が現れる。
次の瞬間、彼はアツシの顔面を掴み、近くの壁へ叩きつけた。
二人が肉弾戦へ移行したその時、第八の砲台が現れ、他のカイダンチョウたちの意識を引きつける。
第七はアツシを突き飛ばし、第八を見た。
「ちょうどいいところに来たな」
「乗れ」
「これを使って弱者どもを消せ。第六が押されている。ニュガワはそう簡単じゃない」
そこへソウシンが追いついてくる。
第八は彼の姿を見ると、一瞬だけ考えを変えた。
「……いや。もっといい手がある」
「は?」
「ジュゲン堕落――逃れられぬ封印!」
暗い蔓が第七と第八、両方を包み込む。
第七はもがいた。
「何してやがる!」
「封じるんだよ」
第八は答える。
「これをマスターを封じるために使えって言ったよな。だったら、伝令相手でも十分使える」
「貴様……!」
ハンはソウシンへ向き直る。
「ソウシン! これを本部まで全力で運んでくれ! 第六の手に戻すな!」
「友達ハン!」
次の瞬間、二人の伝令は紫の立方体へと変換された。
その場にいた全員が絶句する。
ソウシンは二つのキューブを抱え上げる。
「友達ハン、どうして……?」
そこへ少女たちが追いついてくる。
「ハンは!?」
ザリアが問う。
アツシがキューブを見つめたまま前へ出た。
「あの少年……」
彼は低く言う。
「自分で戦いを終わらせたのか」
その頃――
ハンの身体は虚無のような空間に浮かんでいた。
彼が目を開けると、見えるのはただ闇だけだ。
だがその闇の向こうに、ぼんやりと別の景色が滲む。
荒廃した暗黒の領域。
その中央には、どこまでも天へ伸びる巨大なダンジョンじみた塔がそびえていた。
「……ここは?」
「奈落のダンジョンだ」
どこからか声がする。
「ほんの一端にすぎないがな」
再びすべてが闇に沈む。
そしてその声は、嘲るような調子へ変わった。
「期待していたぞ、ハン。だが、お前は私を失望させた」
——




