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――第87章・シンカイダン屋敷決戦――

 ――シンカイダン屋敷。


 ソウシンは、操られた三人のカイダンチョウがオマリロへ激しく襲いかかるのを見ていた。

 オマリロはその攻撃をすべてかわし、逆に無数の刃を浴びせ返す。


 コウイチは正面に網を展開し、真正面からそれを受け止めた。

 ユカの氷蜘蛛の脚が絶え間なくオマリロへ襲いかかるが、オマリロは黄金の閃光を放ち、彼女の視界を乱す。


「カイダンチョウ、正気ではない。行動をやめろ」


 だが次の瞬間、ミズキが背後からオマリロの首に腕を回し、その耳元へ顔を寄せた。


「あなたも正気じゃない。いい加減、目を覚ましたらどう? 未熟なルーキー相手に本気になる意味がどこにあるの。相手にすべきはドッコウ団でしょう。老いぼれみたいな真似、やめなさい」


 オマリロは彼女を振りほどき、そのまま超高速の連撃をいなし返す。

 同時にユカはさらに氷の鷲を飛ばした。


 コウイチが菱形の転移門を作ろうとしたその時、ガクトが体当たりで彼を弾き飛ばし、そのまま屋敷の中へ叩き込む。


「悪いな、オマリロ!」


「家は無事だ」


 ガクトはオマリロの横へ戻り、向こう側で再び陣形を整えるカイダンチョウたちを睨んだ。


「こりゃマズいぞ。どうする? 前より明らかに強くなってる」


「アビスに侵されている。原因はナースだ」


「ナース? あのヘラルドのことか? たしかミレイって名前の――」


 オマリロは頷く。


「カイダンチョウに自分を思い出させる必要がある」


 その時、ユカが指を鳴らした。

 直後、ドッコウ団の連中が大量のバイクで雪崩れ込んでくる。


「残念だったわね、ニュガワ」

 ユカが言う。

「私たちだけで来たわけじゃないの」


 バイクの群れがオマリロを包囲する。

 一人のライダーが降り、銃口を向けた。


「手を上げろよ、ジジイ!」


「ジュゲン操運者――念動転送」


 オマリロが手を振ると、ライダーはそのまま宙へ持ち上がり、近くの木へ叩きつけられた。

 他のバイカーたちも走り抜けざまにさまざまなジュゲンを放つが、オマリロはまとめて持ち上げ、まとめて吹き飛ばす。


 一人が起き上がったところを、ソウシンが足を掴んで独楽のように振り回し、彼方へ投げ捨てた。


「今日は誰も傷つけさせない!」


 さらに敵が押し寄せる中、地面が震え始める。

 転移門が開き、そこから第七のヘラルドが姿を現した。


 その視線はまっすぐオマリロへ向けられる。


「……マスター」


 オマリロは、背後の軍勢がさらに膨れ上がっていくのを見て、静かに目を細めた。


 その頃――


 ユウト、リオ、アイリ、そしてハンは、バンの中にいた。

 運転席にはアイリ。

 後部座席のハンは落ち着かない様子だ。


「ニュガワを狙うなんて自殺行為だろ」

 ユウトが顔をしかめる。

「この前ビーチで遊ばれたの忘れたのか? あんなの、俺たちでどうこうできる相手じゃない」


「ナースの命令でしょ」

 アイリが返す。

「やるか、殺されるかよ」


「でもニュガワ相手でも似たようなもんだって! なあリオ、お前もそう思うだろ?」


「仕事は仕事」

 リオは肩をすくめる。


 ユウトはハンに振り向いた。


「お前、ナースもニュガワも間近で見てきたんだろ。少しくらいマシな判断できないのか?」


 ハンは仮面を下ろした。


「……できない」


「できないって?」


「俺はもう、これ以上は無理だ」


 ハンは立ち上がる。


「このせいで、俺は仲間との関係まで壊した。ここまで酷くなるなんて思ってなかった……」


 アイリは車を脇へ停めた。

 もう屋敷まではわずかだった。


「あと少しで着く。みんな、準備はいい?」


「うん」

 リオは短く答える。


「全然よくねえ!」

 ユウトが叫ぶ。


 ハンは手を上げて三人を制した。


「正直に言う。お前ら、こんなことする必要ない」


 三人は眉をひそめた。


「どういう意味?」

 アイリが問う。


「ユウトの言う通り、ニュガワは怪物だ。それにナースはお前らのことなんて何とも思ってない。あの人は目的を果たしたら、絶対にお前らも使い捨てる」


 ハンはまっすぐ彼らを見た。


「俺のところへ戻ってきたのだって、オマリロと正面からやれないからだ。そんなやつが、お前らを本当に必要とすると思うか?」


 三人は黙り込む。


「なんでそんなこと言うんだよ?」

 ユウトが訝しむ。

「お前、ナースの飼い犬じゃなかったのか?」


「違う。俺は友達とマスターを守るためにこの任務を引き受けた。でも、結果的に傷つけることしかできなかった」

 ハンは息を吐く。

「だから今度こそ、自分の失敗を正したい」


「要するに、二重スパイってことか」

 アイリが言う。

「バレたら殺されるよ?」


「それでもいい。……でも、お前たちが手を貸してくれるなら、変えられる」


「どうやって?」


「俺みたいに、内側から動くんだ。そうすればドッコウ団から抜けられるし、もう怯えて生きる必要もなくなる」


 三人は互いの顔を見合わせた。


「……ここしか知らないんだ、俺たちは」

 リオが呟く。

「他に居場所なんてない」


「そんなことない!」

 ハンは即座に言い返す。

「きっと他のカイダンチョウなら受け入れてくれる。俺のマスターはもう手一杯だけど、コウイチでも、ガクトでも、カオルでも、お前らを必要としてくれるはずだ」


「なんでそんなこと言い切れるんだよ」

 アイリはなお疑っていた。


「この仕事で分かったんだ。ダンジョンを攻略するだけが全部じゃない。そこでできた絆こそが、大事なんだ」

 ハンは言った。

「……そもそも、お前らはどうしてドッコウ団なんかに入った?」


 ユウトが少し目を伏せる。


「俺たち、昔は孤児院にいた」


 五年前――


 ユウトは居間でテレビを見ていた。

 アイリとリオはボールを投げ合っている。


「外でやれよ、それ」

 ユウトが眉をひそめる。


「うるさい。あんたに指図される筋合いないし」

 アイリが吐き捨てる。


「どうでもいいけどさ。父さんにまたカーペット汚したのバレたら――」


 そこへ、大柄な中年男が入ってきた。

 床の泥汚れを見て顔を歪める。


「……何だこれは?」


 アイリとリオは慌てて背中を寄せ合う。


「わ、私たちじゃない!」


 男はベルトを取り出し、鞭のように鳴らした。


「居間で遊ぶなって言ったよな、ガキども!」


 子供たちは逃げようとしたが、間に合わなかった。


 その後、三人は通り沿いのゴミ箱の横に座り、顔や腕の痣を押さえていた。


「また家失ったな」

 ユウトが呟く。


「別にあんなのどうでもいいし」

 アイリは肩をすくめる。


「でも、あれでも俺たちの居場所だった」


「また探せばいい」

 リオが言う。

「もう一回、保護施設に戻ろう」


「遠すぎるよ。歩いて行ける距離じゃない」

 ユウトは空を見た。


 三人はそのまま夜までそこにいた。

 通り過ぎる大人たちは、誰も彼らを気にしない。


 やがて眠りかけた頃、ユウトは異様な気配で目を覚ました。


「……え?」


 目の前に、虹色の光を帯びた鎧の男が立っていた。

 仮面の奥で、虹彩のような瞳が揺れている。

 その長い髪もまた、妖しく光っていた。


「うわっ! 誰だよ!?」


 アイリとリオも飛び起き、ユウトの後ろへ隠れる。

 男の手には、血液のように脈打つ螺旋の刃が握られていた。


 やがて彼はそれを腰へ納める。


「私は追放の伝令第一席――刃のヘラルドだ」

 男は告げた。

「お前たちの血には、相当量のジュゲンが流れている」


「な、なんでそんなこと――」


 男の目が夜の中で光った。


「家をやろう。本当の家族をな」

 そして一拍置く。

「だが、弱者にそれは与えられない。お前たちが強いと示せ」


「どんな家族だよ?」

 ユウトが尋ねる。


「ドッコウ団だ。アビスに仕える人間どもの居場所。表ではチンピラと呼ばれている」


「ドッコウ団? あのならず者集団?」

 アイリが目を見開く。


「それはただの表向きだ」

 第一席は言う。

「実態はもっと深い。力も与えよう。際限のない力を」


 彼は手を差し出した。


「取るだけでいい」


 ユウトは身をこわばらせながらも、その手を掴んだ。


「……受ける」


「いいだろう。では、力を見せろ」


 第一席は刃に手を添え、構えを取る。

 三人は思わず後ずさった。


〈第一のヘラルド――刃の伝令。レベル六〇〇〇〇〇〉


 アイリがユウトの肩を掴む。


「やばい、やばいやばい! 六十万って、ニュガワ級じゃん!」


 第一席が刃を振るう。


「ジュゲン闘士――深紅螺旋」


 刃はプロペラのように回転しながら伸び、湾曲し、三人へ迫った。

 ユウトは咄嗟に前へ出る。


「ジュゲン後備者――呪具顕現ケージ!」


 バンが出現し、第一席を閉じ込める。

 それで軌道がわずかに逸れ、三人はなんとか致命傷を避けた。


 だが、代わりに五つの街区が丸ごと消し飛んだ。

 家々から人が飛び出し、悲鳴が夜に響く。


「致命傷を避けたか」

 第一席は静かに言う。

「見込みはある」


 再び斬ろうとしたその瞬間、リオが二人へ触れた。


「ジュゲン操運者――カモフラージュ!」


 三人の姿が消える。

 第一席は首を巡らせた。


「透明化。厄介な技能だ」


 しかし次の瞬間、彼は刀に手をかけた。


「呼吸までは消せまい」


 刃が抜かれ、一帯の道路そのものが崩壊した。

 三人は姿を現し、アイリが必死にぶら下がっている。

 ユウトとリオはさらにその足にしがみついていた。


「潜在能力は確かだ」

 第一席が言う。

「アビスに忠誠を示せ。そうすれば、二度と路頭に迷うことはない」


 彼は三人を助け起こし、門を開いた。


「その忠義が、やがて大きな力を生む」


 第一席が門へ入っていく。

 三人は顔を見合わせたのち、その後を追った。


 現在――


「第一席って……」

 ハンが息を呑む。

「頂点の、あいつか」


 三人は頷いた。


「だから離れられないの」

 アイリが言う。

「もっと上がいる。しかも、あれで最強ですらない」


「だからって、諦めるのか!」

 ハンは声を強めた。

「やつらは制限つきだ。自由には動けない。正面からニュガワ先生とやりたがってないのもそうだろ!」


「それでも相手は一人じゃない」

 アイリが返す。

「先生は一人。向こうは大勢。勝ち目なんかない」


 ハンは彼らの目を見た。


「本気でそう思ってるようには見えない」

 彼は言う。

「もしその時が来たら、先生の側につけばいい。俺たちが支えれば、きっと勝てる!」


 ユウトはしばらく考え、やがてため息をつく。


「……分かった。考えとく。でも、ヤバくなったらお前一人置いて逃げるからな」


「それでいい。ありがとう。ほんとに」

 ハンは頷いた。

「屋敷はもう近い。急ごう――」


 言いかけて、彼は前方の窓越しに動く影を見た。

 ザリア、リカ、レイ、ノノカ、シノが、同じ屋敷へ向かって走っている。


「しまった」


「何だよ?」

 ユウトが焦る。


「あいつらじゃ計画が狂う。裏手から行くぞ!」


 一方、シンカイダン屋敷――


 バイカーたちと、操られたカイダンチョウたちが、第七の後ろに整列していた。

 その全員がオマリロを見据えている。


「帰る時間だ、マスター」

 第七が告げる。

「みんな待っている」


「愚かな少年だ」

 オマリロは返した。

「帰る先は檻だけだ」


「それはどうかな。……全員、攻撃!」


 第七がオマリロ、ガクト、ソウシンを指差す。

 ドッコウ団の連中が一斉に突っ込んできた。


 ガクトはヘルメットを投げつけ、地面を揺らしながら何人ものバイカーを吹き飛ばす。


「よっしゃあ! まだまだこの頭は鈍っちゃいねえ!」


 ソウシンは高速で駆け回り、バイクへ触れては異常加速させ、木へ激突させていく。


「すごいぞ、坊主!」

 ガクトが叫ぶ。


 ソウシンは親指を立てる。

 だが次の瞬間、ミズキが背後から現れ、彼を地面へ組み伏せた。


「生意気な子供」

 ミズキが言う。

「アビスに加わるより、敗北確定の側に残る方を選ぶの?」


「友達オマリロがいる限り、負ける戦いなんてない!」


 ソウシンはミズキへ触れ、その身体を高速振動させる。

 隙を作って押し返した。


 同時に、ユカとコウイチがガクトへ襲いかかる。

 ガクトはヘルメットで応戦するが、二対一では厳しい。


「やめろ、お前ら!」

 ガクトが叫ぶ。

「自分が誰か思い出せ!」


 ユカは淡々と答えた。


「アビスのしもべ」


 コウイチはトリップワイヤー銃を撃ち込み、ガクトを縛り上げる。

 ガクトはその場で力任せに引きちぎった。


「強いわね」

 ユカが目を細める。

「でも甘い」


「甘くても、正しい側にいられるならそっちでいい!」


「正しい側なんてない」

 ユカは吐き捨てた。

「誰もが誰かを利用してる。ダンジョンを攻略するためだろうと、支配するためだろうとね」


「好きに考えろよ」

 ガクトは唸る。

「でも俺は仲間を取り戻す!」


 中央では、シオンがオマリロへ高速で斬りかかっていた。

 オマリロは光弾で迎え撃つが、シオンは闇に染まった手でそれへ触れる。


「ジュゲン堕落――破砕の破滅!」


 腕に発光する籠手が形成され、そのまま拳で光を打ち砕いた。

 さらにオマリロへ拳を叩き込もうとするが、オマリロは片手で受け止める。


「力はお前のものではない。捨てろ」


「絶対に、しない!」


 シオンの身体がさらに激しく発光し、鎧が分厚く変質する。


「ジュゲン変性者――破滅の鎧」


 背から四本の腕が生え、両手は完全に虎爪の武器へ変わった。

 彼は首を鳴らし、低く言う。


「前に言ったよな?」


 夜空で雷が鳴る。


「破滅は、必ず来るってな」


――

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