――第85章・八人目――
福岡、日本――
元カイダンチョウたちがそれぞれ構えを取るのを、オマリロは静かに見ていた。
アツシは石の拳を形成し、前へ出る。
「愚か者どもめ。自分たちの仲間にまで牙を剥くつもりか」
ユカは目を閉じ、静かに言った。
「戻れないの、アツシ。少なくとも、今のままでは」
「なら力ずくで戻すまでだ」
アツシは言い切る。
「ガクト! カオル! 先生を援護しろ!」
ユカは氷の鷲をアツシへ飛ばした。
だがアツシは右の拳でそれを粉砕し、そのまま空中へ跳び上がってユカと打ち合う。
ユカは蹴りで彼を弾き返し、氷の蜘蛛脚を展開して連続で叩き込んだ。
一方その頃、ガクトはコウイチへ突進する。
コウイチは身をひねってそれをかわした。
「なあ、岩頭。もうこういうの、やめにしないか?」
「悪いな、坊主!」
ガクトは叫ぶ。
「だが、こっちにも事情がある!」
「ジュゲン後備者――封印の網!」
黒い網が撃ち出される。
だがガクトはそれを避け、兜を投げつけてコウイチを地面へ叩き落とした。
コウイチはすぐさまトリップワイヤー銃を形成し、兜の軌道を逸らす。
その近くでは、ミズキとカオルが間合いを取りながら向き合っていた。
ミズキは失望したような目でカオルを見る。
「カオル。あなた、寝返ったのね」
「うん、そうだよ!」
カオルははっきりと言った。
「ニュガワ様のおかげで気づいたの! 全部の重荷をあの人一人に背負わせるなんて間違ってる! 私たちにだって、ルーキーや仲間がいるんだもん! ニュガワ様が穂先なら、私たちは柄にならなきゃ!」
「違う」
ミズキは切り捨てる。
「あの人は穂先でもあり、柄でもある」
次の瞬間、ミズキがカオルの真横に現れた。
カオルは慌てて身をひねる。
「っ! ジュゲン回生者――神経封じ!」
ミズキの体が一瞬硬直する。
その隙を突いて、カオルは彼女を地面へ叩きつけた。
だがミズキは体を高速で振動させ、神経を無理やり再起動させるようにして立ち上がる。
オマリロは、元カイダンチョウたちが互いに激しくぶつかり合うのを見つめていた。
攻撃は次第に大きくなり、巻き込まれまいと群衆は距離を取ってスマホを構えている。
ユカはアツシを押し返し、さらに鋭い氷の脚を伸ばした。
「ジュゲン魔法士――雪蜘蛛舞脚・乱舞!」
氷の脚が何度もアツシへ叩き込まれる。
アツシは石の前腕でそれを受け止め、拳を振るうが、ユカは氷の鷲に飛び乗って回避した。
「それがお前の望みか?」
アツシが問う。
「年老いた男一人に戦わせ、自分は逃げることか?」
「その年老いた男は、私たち全員を足しても届かない強さを持ってる」
ユカは言い返す。
「あなたも分かっているでしょう、アツシ」
「たとえそれが事実でも、立場を捨てる理由にはならん!」
アツシは叫ぶ。
「辛い? 知るか。罪悪感がある? 乗り越えろ。カイダンチョウになった時点で、命を懸けてでも戦うのは義務だったはずだ! それなのに今さら、皆を守ろうとしている組織に刃を向けるのか!」
彼がユカを押し返す。
ユカは再び氷の鷲を飛ばしてぶつけた。
「違う! もう限界なのよ!」
ユカは言い放つ。
「カイタンシャに、これほどの脅威に対処できる戦力も資源もない。ムジンシャ、ヘラルド、エンドレス……本気で勝てると思ってるの? この世界に、本当の意味で戦える者は一人しかいない。そしてその人は、あなたの後ろに立っている!」
コウイチはトリップワイヤーでガクトを壁へ叩きつけ、額の汗を拭った。
「ナトリの言う通りだ! これから来る面倒を捌けるのはニュガワだけだ! 認めたくなくても、俺たちは誰一人あいつにはなれねえ!」
「なら、ならなくていいだろうが!」
ガクトは吠える。
「お前はお前になれ、坊主! なれないものを追うんじゃねえ!」
「俺はもうそうしてる」
コウイチは言い返した。
「この新しい流れの先頭に立つ。それだけだ。何があっても変わらない」
彼はワイヤーを引き、ガクトの頭上の看板を落とす。
だがガクトは頭突きでそれを木のほうへ弾き飛ばし、再びコウイチへ突進した。
コウイチはポータルを開く。
「ジュゲン後備者――呪いの封印!」
ガクトはそれを横へかわし、そのままコウイチへぶつかって二人とも地面を転がった。
コウイチは網でガクトを縛るが、ガクトは力任せにそれをぶち破る。
ミズキは強烈な蹴りをカオルの顎へ叩き込んだ。
「いったぁ!? ちょ、ミズキ、何するの!?」
「ごめんなさい、カオル。でも私は戻らない」
「もう、こうなったら――!」
カオルは手を突き出す。
「ジュゲン回生者――無力化調整!」
ミズキはその場で膝をついた。
体が言うことをきかない。
「これは……?」
「一時的に四肢麻痺にしたの!」
カオルは言う。
「頑固なのはそっちだけじゃないんだから!」
だがミズキの目が妖しく光った。
「その程度じゃ足りない」
彼女の体が高速回転を始め、大きな竜巻となる。
「ジュゲン操運者――極超音速旋風!」
カオルは慌てて身を投げ出し、吸い込まれる寸前で逃れた。
オマリロは依然として無表情のまま、その戦いを眺めている。
やがて攻撃の規模がさらに増し、その余波が群衆へまで及び始めた瞬間――
オマリロが杖を軽く打ち鳴らした。
「終わりだ。ジュゲン後備者――神々の拘束」
黄金の鞭が現れ、ユカ、ミズキ、コウイチの体へ巻きつく。
三人が抵抗しようとするほど、その拘束はさらに太く、重くなっていった。
「ニュガワ様、やめてください!」
ミズキが叫ぶ。
「あなたは分かっていない!」
ユカが声を荒げる。
「俺たちはもう戻れないんだ!」
コウイチも叫んだ。
オマリロは杖をもう一度鳴らし、三人の上空にポータルを開く。
「集会は終わりだ」
次の瞬間、三人はまとめてその中へ放り込まれた。
「助かったぜ、ニュガワ」
アツシが言う。
「あいつらはどうなった?」
「カイダンチョウは本部へ戻した。反乱は終わりだ」
「なら、こちらも戻るぞ。来い、ガクト」
オマリロがガラ会場へ戻っていくのを、集会の参加者たちは畏れと敬意の入り混じった視線で見送り、写真を撮り続けた。
「子供たち、来い」
オマリロが言う。
「ガラは終わりだ」
だが彼が周囲を見回したその瞬間。
一人の女の腕が、後ろからそっと彼の肩へ回された。
「マスター」
聞き覚えのある声だった。
オマリロが右を見ると、そこには幸福そうな笑みを浮かべたミレイが立っていた。
「ごきげんよう、マスター!」
「女」
オマリロは低く言う。
「子供たちに何をした」
「大丈夫、みんな無事よ」
ミレイは肩をすくめた。
「少なくとも大半はね。……それより、私はあなたの子供の一人じゃないの?」
「女は檻に戻る」
オマリロがポータルを開こうとすると、ミレイは両手を上げた。
「それは困るわ、マスター。私を閉じ込めたら、ハンごと閉じ込めることになるもの。私はまだ彼に繋がっているんだから」
「ふむ。女は企む。頭も病んでいる」
ミレイは胸に手を当て、傷ついたような顔をした。
「ひどい。自分の生徒によくそんなことが言えるわね?」
「女は生徒ではない」
一瞬だけ、ミレイの顔に激しい怒りが走る。
「……よくも」
彼女は震える声で言った。
「私たちを追放しておいて――」
しかし深く息を吸って、感情を押し殺す。
「いいわ。すぐに分かる。私たちはただ、あなたを助けようとしただけ。マスターに必要とされなくなった途端、あなたが私たちを捨てたのよ」
その目が灰色に輝く。
「だから今度は、私たちがあなたを捨てる番。オマリロ。あなたはすぐ、私たちのところへ戻ってくる。もうすぐよ」
彼女は寿司の皿を差し出し、にっこり笑った。
「はい。ひとつどう?」
オマリロはその皿を叩き落とした。
「そう。そういう態度ね」
ミレイは微笑んだまま言う。
「また会いましょう、マスター」
その姿がちらつき、紫の光とともに消えていく。
そこへソウシンが駆け寄ってきた。
「オマリロ友達! みんながいなくなった!」
「女は危険だ、坊主」
オマリロは言う。
「止めねばならん」
一方その頃――
ショッピングモール――
リカはハンと並んで歩いていた。
「ハン? あんたって普段、買い物あんまり好きじゃないよね。大丈夫?」
「もちろん」
ハンは軽く言う。
「買い物は今のトレンドだ」
「今の……なに?」
ハンはひとつのバッグを手に取ってリカへ差し出した。
「これ、好きか?」
「可愛いけど……私、お金ないよ」
ハンは金を渡した。
「ほら。買えよ。お前のドレスに合う」
「ありがと……?」
リカがバッグを買って戻ってくると、ハンは店の外で待っていた。
彼女は首を傾げる。
「ハン。やっぱり疲れてない? もう戻らない?」
「いや。まだ見せたいものがある」
ハンは歩き出す。
「リカ。お前の好きな色って何だったっけ」
「水色だよ。知ってるでしょ?」
「そうだったな」
ハンは指を鳴らした。
「こっちだ」
二人はデザイナーショップへ入った。
ハンは次々と服を選び、リカの腕へ積み上げていく。
「ハン! 多すぎるって!」
「お前にはいくらあっても足りない」
ハンはさっさと会計を済ませ、リカを店の外へ連れ出した。
「リカ。ひとつ聞く。俺のこと、どれくらい信じてる?」
「九・五くらい? でも今すごく下がってる。だって、ちょっと酔ってる人みたいだし!」
「高いな」
ハンは頷く。
「それはいい」
「なんなの? 何かあるの?」
「別に。ただ教えてくれ。俺と先生、どっちをより信じてる?」
リカは足を止めた。
「ハン。……本気で聞いてる?」
「答えてくれ、リカ」
「そりゃ、マスターが一番。でも、あんたもかなり上位だよ。これでいい?」
ハンは心の中で呟く。
「これでいい。少なくとも、このあともマスターは残る」
彼は頷く。
「それで十分だ。食べ物でも買ってから帰ろう」
しばらく歩いたあと、ハンはトイレの前で足を止めた。
「ここで待ってろ。トイレ行ってくる」
「うん、分かった」
リカは待った。
一分。二分。五分。
そして十分が過ぎた頃、彼女は不安になって中を覗く。
「ハン?」
だが、出てきたのはシオンだった。
「悪いな。ハンはいない。俺だ」
「え……? きゃあ――!」
だが叫び声は誰にも届かない。
別の個室に身を潜めていたハンは、涙を拭った。
「ザリア……リカ……ごめん」
ミレイが彼の前に現れ、肩へ手を置く。
「あと一人よ、ハン。ノノカを処理すれば、計画は先へ進める」
「ああ……分かった」
シンカイダン屋敷――
ノノカが自室のベッドで目を覚ました。
「……っ。何これ。どうやって戻ってきた?」
彼女はスリッパを履き、部屋を出る。
「先生? ザリア? リカ? ハン?」
ハンの部屋の前を通ると、彼はパソコンを見ていた。
「おい。あんた、なんか雰囲気変わってない?」
ハンはヘッドホンをしている。
ノノカは肩を叩いた。
「ハン。ハン。ハン」
ハンはヘッドホンを外す。
「何だ、ノノカ」
ノノカは隣の椅子に腰を下ろした。
「なんかもう、頭こんがらがってるんだけど。さっきまでザリアたちと先生と一緒にいたのに、気づいたらここ。もしかして私、ひどい二日酔い?」
ハンは何かを打ち込みながら答える。
「いろいろ起きすぎたからな」
ノノカは彼の肩へ頭を乗せた。
「ねえ。こういうゴタゴタ、どうしたらいいと思う?」
彼女は欠伸をする。
「ドッコウ団とか、モンスターとか。まだ上の連中がどこにいるかも分かんないし、あのキモいスライム兄貴も先生を狙ってる」
「確かに面倒だな」
ハンは淡々と答える。
「これがカイタンシャである代償ってやつだ」
「でもさ」
ノノカは目を閉じたまま言う。
「今の班、前の親父のところより好きかも。人数少ないし。前より……居心地いい。先生だって、親父よりずっと格好いいし」
「そうか」
ハンはコードを打ち込み、どこかへメッセージを送信した。
「ハン、髪伸びた?」
ノノカが髪を指でつつく。
「何それ。特別なシャンプーでも使ってんの?」
「まあな」
ハンは少し間を置いてから尋ねた。
「ノノカ。お前が一番近いと思う相手は誰だ?」
「ん?」
ノノカは頭を上げる。
「全員込みで?」
「子供組の中でだ」
彼女は少し考えた。
「うーん……レイとソウシンは割とアリ。リカは可愛いし。けど一番はザリアかな。あんたは二番目。全体で言うなら、ザリアが二位であんたが三位」
「予想通りだ」
「はは。なに、嫉妬? ハン・ジスが?」
「いや」
ハンは言う。
「でも一つ頼みがある」
「なに?」
「上を見ろ」
ノノカが反射的に顔を上げた瞬間、ポータルが開き、彼女の体はその中へ吸い込まれた。
ハンが振り返る頃には、すでに部屋は静まり返っている。
「……これで全員だ」
そこへソウシンがエメルを抱えて入ってきた。
「ハン友達、大丈夫?」
「見ろよこいつ」
エメルが茶化す。
「今にも爆発しそうじゃん。食べていい? 優しく食べるから!」
「ソウシン……」
ハンは涙を拭った。
「みんな、許してくれると思うか?」
ソウシンは迷いなく頷く。
「もちろん! ハン友達には理由があったんでしょ?」
「……ああ」
ハンは小さく答える。
「ミレイから守るには、こうするしかなかった。じゃなきゃ、あいつは本当に全員殺してた。しかも、これでようやく計画の中身に近づける。でも……」
彼は拳を握る。
「みんなの気持ちを利用した。……たぶん、もう元には戻れない」
???――
ザリア、リカ、ノノカは、鍵のかかった独房の中で目を覚ました。
近くでは《第七のヘラルド》が椅子に座り、愉快そうにこちらを見ている。
「ああ。おはよう、女ども」
ザリアは扉を叩く。
「何だよここ!? ふざけんな!」
第七は立ち上がった。
「新しい住まいだ。慣れてもらう。ここから先、お前たち三人とはたっぷり遊ぶ予定でな」
ノノカは拳を握り締める。
「ハン、あのクソ野郎……」
「そっちも……ハンにやられたの?」
リカは心底傷ついた顔で尋ねた。
ザリアは目元の涙を拭い、鉄格子を叩いた。
「信じてたのに……私は、あいつを信じてたのに!」
第七はくつくつと笑う。
「面白いな。どうやら、お前たちの信頼は的外れだったらしい。では紹介しよう」
彼は扉の向こうへ目を向けた。
「八人目のヘラルドだ」
ザリアたちが振り向く。
すると、完全武装の人影がシノとレイを引きずって入ってきた。
やがてその仮面が外れる。
そこにいたのは、見覚えのある顔だった。
「……ハン」
——




