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110/111

――第110章・きょうだい――

〈ザリア……小さなザリア……〉


〈壊れすぎている……いや……それでは駄目だ〉


〈目覚めよ、娘。目覚めて、その身の奥底に眠る力を示せ……〉


中標津、日本――


 エメラルドは波の上に浮かびながら、ベヒモスがオマリロとその獣たちへぶつかっていく様子を見下ろしていた。

 三体の獣が生み出した衝撃は外側へ爆ぜ、空一面を黒い雲で覆っていく。


 ベヒモスが山脈のような岩波を立ち上げ、両陣営のあいだを隔てた。

 そのせいで、エメラルドの立っていた一帯から水が引いていく。地面へ降り立った彼は、そこでようやく違和感に気づいた。


「ガキどもが消えたな」

 エメラルドは眉をひそめる。

「波に攫われたか?」


 背後の山脈から、激しい轟音と衝突音が鳴り響いていた。

 彼は片腕を伸ばし、山の縁へ手をかける。


「ベヒモスの援護に回るのが先か。真に厄介なのはニュガワだ」


 エメラルドは身体を引き上げた。


「まだ終わっていない」


 ヒュッ――


 次の瞬間、斬撃が走った。

 エメラルドの腕一本と脚二本が切り落とされ、そのまま地面へ転がる。


 だが彼はすぐに体勢を立て直し、振り返った。

 そこには、二本の刀を携えた少女が、背を向けて立っていた。


「お前か」

 エメラルドは目を細める。

「まだ立っていたのか。しかも、その槍はどうした?」


 ザリアが振り返る。

 その瞳は、暗い灰色の光を宿していた。


〈ロードアウト変更:《ヤミ・ゴリケンジョ》〉


 エメラルドは、彼女が刀を握りしめるのと同時に、全身から噴き上がる闇の気配を見て取った。

 片眉を上げる。


「ロードアウトか。なるほど。だが、俺には関係ない――」


 言い終えるより先に、ザリアは距離を潰していた。

 二本の刃が同時にエメラルドの首を狙う。


 スライムは身を沈めてそれをかわした。

 だが次の瞬間、ザリアの蹴りが彼の頭へと突き刺さる。


「速いな」

 エメラルドは淡々と呟いた。

「さっきまでとは段違いだ」


 彼はザリアの顔面めがけて拳の雨を浴びせる。

 しかしザリアは片方の刀だけでそのすべてを弾いた。


 そのまま身体をひねり、首を刈り取るような一撃を放つ。

 エメラルドはその刀を叩き飛ばした。


 だがザリアは後方宙返りしながら刀を受け取り、さらにもう一振りを彼の胸へ蹴り込む。

 エメラルドはその刀を握り潰した。

 だが彼女は即座に新しい一振りを生成する。


「喋らなくなったか」

 エメラルドは観察するように彼女を見る。

「だが、その目の奥の怒りは見える」


 彼はくつくつと笑った。


「妹を思い出すな」


 ザリアは再び突っ込んできた。

 振るわれた刃は空気を裂き、波紋のような揺らぎさえ残す。


 エメラルドはそれをかわし、腹へ拳を叩き込んだ。

 ザリアは背後の山肌へ吹き飛ばされる。


 彼女は刀を地面へ突き立てて身体を支え、エメラルドを睨みつけた。

 対するエメラルドは両腕を巨大化させ、一気に押し潰そうと振り下ろす。


 だがザリアは刀を山肌へ刺し込み、その反動を使って宙へ跳んだ。


 エメラルドは、彼女が自分の上を飛び越え、そのまま接近戦へ持ち込んでくるのを見た。

 ザリアが刀を突き出す。

 エメラルドは胸に穴を開けるように肉体を変形させ、その刃をすり抜けさせた。


 そのまま全力の右拳を振り抜く。


「ヤミ・ゴリケンジョ――豪骸のハイヒール」


 ドォン――


 ザリアは足でその拳を受け止めた。

 エメラルドが見下ろすと、彼女の足には灰色のハイヒールが形成されている。


「……何だと?」


 ザリアは足を引き、次の瞬間、強烈な蹴りをエメラルドの顔面へ叩き込んだ。

 頭部が完全に吹き飛ぶ。


 もう片方の足にも、同じくハイヒールが生まれる。

 エメラルドは頭を再生させながら、その姿を見据えた。


「蹴りの威力を底上げする技能か」

 背の高くなったザリアを見て、彼は低く言う。

「だが、武器がヒールとは予想外だな」


 ザリアの制服は黒みがかった灰色へと変質していく。

 彼女はそのまま跳躍し、回転しながらエメラルドの顎へ蹴りを見舞った。


 エメラルドは寸前で防ぐ。

 だが次の瞬間、彼は腕を伸ばしてザリアを抱え込み、そのまま何度も地面へ叩きつけた。


 ザリアは二本の刀で自らの拘束を切り裂き、離脱する。


「ふむ。強くなったのは認めよう」

 エメラルドは構え直した。

「だが、真の無尽者の術を前に、どこまで持つか見てみよう。残念ながら、ルイはあの氷の女にこれを見せられなかったがな」


 彼は両手を合わせた。

 身体から緑の波動が噴き出し、ザリアを押し返す。


「これから見せてやる。お前のマスターのかつての住処を壊した力を」


 スライムの身体が硬質化していく。

 まるでエメラルドそのもののような、結晶質の装甲が肉体を覆った。


「無尽者の術・翠玉肌」


 頭部には兜、胴には胸甲。

 さらに手には翡翠色のメイスが形成される。


 ザリアが一瞬目を瞬かせた、その隙にエメラルドは消えていた。

 耳元で風を切る音が鳴る。

 振り向いた先には、すでにメイスを振り抜いたエメラルドがいた。


 横殴りの一撃がザリアを弾き飛ばす。


「その罪、あたしが斬る」


 ザリアが低く唸る。

 だがその直後、自分の口元を押さえた。


「違う」

 心の中で彼女は歯噛みする。

「ヘラルドみたいな言い方すんな。落ち着け、ザリア。集中しろ」


 エメラルドはメイスを地面へ叩きつけた。

 翡翠の棘が大地から噴き上がり、ザリアを串刺しにしようと迫る。


 ザリアはそれらを斬り払おうとした。

 しかし宝石の棘は刃を受けても砕けない。


 エメラルドは走り出した。

 その速度は、ザリアが目で追うのもやっとの領域に達している。


 振り下ろされたメイスを、ザリアはヒールで受け止める。

 もう片方の足で顎を蹴り上げた。


 エメラルドは笑うだけだった。

 そのまま頭突きを叩き込み、ザリアを吹き飛ばす。


 ザリアは転がりながら距離を取ると、再び刀を構える。


「ザリア! 起きてたの?」


 ノノカが駆け寄り、その新しい姿に目を見張る。


「……それ、いつ出したの?」


「今はどうでもいい。こいつを倒すのを手伝って」


「分かった」

 ノノカは頷く。

「動かないで。もう一回、バフをかける」


 だがノノカが手を伸ばしたその瞬間、エメラルドが二人のあいだへ割り込んだ。

 一撃で二人を逆方向へ吹き飛ばす。


 ノノカは地面へ激しく叩きつけられ、肩が外れる音がした。


「っ、最悪……」


 エメラルドが一歩踏み出そうとした、そのとき。


「天開蹴り!」


 彼が見上げると、ザリアが空中で身体をひねり、両足のヒールを頭上から叩き落とそうとしていた。

 エメラルドは片腕で地面を引き寄せるように退避する。


 ザリアはそのまま地面へ深々と突き刺さり、地面を大きく砕いた。


「おお……」

 ノノカが目を丸くする。

「いいヒールしてるじゃん、ザリア」


 ザリアは地面から身を引き抜き、ノノカを立たせる。

 ノノカは外れた肩を自力で戻した。


「こいつ、簡単には落ちないね」


「だろうね」

 ザリアは片方の刀を持ち上げる。

「だから叩きのめす」


 彼女が突っ込むのと同時に、ノノカは無事な方の腕を掲げた。


「ジュゲン操運者――呪いのスキル強化!」


〈全パーティメンバーに200%バフ〉


「面倒な女だな」

 エメラルドはうんざりしたように呟く。


 彼の前腕には翡翠の盾が形成され、ザリアの刃を受け止める。

 だが今度は、その盾の一部が削れた。


 エメラルドが腕を振るってザリアを押し返す。

 二人は睨み合った。


 次の瞬間、ザリアは身をひねり、後ろ蹴りをエメラルドの膝へ叩き込む。


「ふんっ!」


 エメラルドは脚を伸ばして身長をさらに増し、ザリアを見下ろした。

 背中から複数の腕が生え、一斉に拳を繰り出す。


 ザリアは必死に受ける。

 だが、すべてを捌き切る前に一撃が腹へ突き刺さった。


 ザリアの身体が仰け反る。

 ノノカが彼女を支えた。


「平気?」


「最高」

 ザリアは息を荒げた。

「死ぬほど痛いけど」


 そこへソウシンが飛び込んでくる。

 背中にはリカとレイを乗せていた。


「心配いらないよ、みんな! 助っ人到着!」


「ようやく来た」

 ノノカが苦笑する。

「遅いっての」


 リカはエメラルドの新しい姿を見て、目を見開いた。


「ちょっと待って、あたしの目おかしくなった? 何なのあれ?」


「術だよ」

 ザリアが吐き捨てる。

「変で、呪われてて、危ない術」


 エメラルドはメイスを盾へ打ちつける。


「才能はある。だが、お前たちは誰一人としてマスターには程遠い。あの男抜きで勝てると本気で思っているのか?」


 ザリアは刃を振り、空気を裂いた。


「勝てなくても、あんたがマスターに辿り着くころには、地面に転がるクソの山になってるよ」


 ノノカも頷いた。


「うちらのディビジョンに喧嘩売る相手、間違えたね」


「そうか?」

 エメラルドは薄く笑う。

「なら見せてみろ」


 視認不能な速度でエメラルドがザリアへ迫る。

 メイスが横薙ぎに振るわれた。


 その瞬間、ソウシンが飛び込み、メイスへ触れる。


「ジュゲン操運者――自律車両変形!」


 メイスに車輪と推進機が生えた。

 ソウシンが手首を返すと、それは持ち主へ向かって飛び、エメラルドの顔面を直撃した。


「やるじゃん、ソウシン!」


 ザリアはその隙を逃さず頭部へ斬りつける。

 だが刃はわずかに食い込むだけだった。


 エメラルドはメイスを砕き、新しいものを作り直す。

 避けたザリアの横を、重い一撃が通り過ぎた。


 レイは月牙を生み出し、そのまま背後の山肌を二つ削り落とす。

 巨大な岩塊がエメラルドへ崩れ落ちた。


 だがエメラルドは盾を投げつけ、それらを小石へ変えてしまう。


 その直後、伸びた腕がレイへ巻きつき、前へ引き寄せた。


「ふむ」

 エメラルドはレイを見つめる。

「やはりお前は妙だな。名を聞こうか」


 レイは身をよじる。


「レイ! 葉山レイ! だから放して!」


 彼女はそのまま手をエメラルドの顔へ当て、強烈な月光砲を放った。

 エメラルドの兜には大きな亀裂が走る。

 彼はレイを解放し、どこか楽しげに目を細めた。


「なるほど。あの老いぼれは秘密を抱え込みすぎだな。まあいい。破壊の味を見せてやる」


 エメラルドはメイスを空中へ放り投げた。

 それは三倍以上に巨大化し、地面へ落下しながら大地を震わせる。


「月の娘から先に殺す!」


 レイの頭上へメイスが迫る。

 だがソウシンが彼女を引き寄せ、間一髪で助け出した。


「レイ姉、そのスライム知ってるの?」


 レイは首を振る。


「全然知らない! でも見られ方がすごく怖い!」


 巨大メイスは再び二人へ向かって回転しながら飛んでくる。

 ザリアはヒールでそれを蹴り飛ばした。


 一方で、ノノカはまだ肩を押さえていた。

 そこへリカが駆け寄る。


「ノノカ! どうしたの?」


「肩だけ。あのスライム、見た目以上に重い」


「待って、治すから!」


 だがその前に、エメラルドがリカの首を掴み上げた。


「駄目だ。回復役は許さない」


 ノノカが彼の腕を引っ張る。


「放しなよ!」


 ザリアも腕を斬り落とそうとするが、エメラルドの肘打ちが先に彼女の顔面を捉える。

 その隙に、リカは両手を合わせた。


「ジュゲン回生者――治癒の印!」


〈シジル生成:ライフスティール〉


 リカはそのままシジルを砕く。

 光の線がエメラルドへ繋がり、彼の装甲の一部が剥がれ落ちた。

 エメラルドは思わずリカを放す。


「俺の力を……吸っただと?」


 リカは喉をさすりながら睨み返す。


「そういうことよ、このクソ野郎!」


 ソウシンがザリアを投げ飛ばす。

 彼女の一撃がエメラルドの胸甲の一部を斬り飛ばし、その下の肉体まで傷をつけた。

 だが傷はたちまち塞がっていく。


「やっぱザリアの言う通り」

 ノノカが吐き捨てる。

「こういうときはあのオタクが何かしら答え持ってたんだろうけど。シノもいないし、最悪」


 エメラルドはメイスを握り直し、子供たちを冷たく見回した。


「遊びは終わりだ。妹を連れてくる者だけは見逃してやろう」


 そのとき、彼の頭の中で声がした。


〈覚えておけ……娘は生かせ……〉


 エメラルドは一瞬こめかみを押さえる。


「そうだ。娘の方は残せばいい。面倒はない」


 ザリアが残像すら見えぬ速度で背後へ回り込み、首を刎ねようとする。

 だがエメラルドは片手でそれを止めた。


「言ったはずだ」


 ザリアはなおも脚を振り下ろし、彼の頭部を打ち砕こうとする。

 しかしエメラルドは彼女の首を掴み、そのままノノカとリカへ投げつけた。


「くだらん」


 ソウシンが視界をかく乱するように駆け回りながら飛び込む。

 だがエメラルドは一歩引いてそれをかわし、少年をリカの方へ蹴り返した。


「ソウシン!」

 リカが駆け寄る。

「大丈夫?」


「平気だよ、リカ姉!」


 エメラルドはその二人を見て、口元を歪めた。


「兄妹か。実に微笑ましい。妹を渡せば、月の娘とその支援役だけ殺してやる」


 リカは一歩前へ出る。


「嫌よ! みんなには絶対手を出させないし、エメルだって渡さない! あの子はマスターの仲間なの! あんたのものじゃない!」


 エメラルドはリカの腕を掴む。

 殴りかかった彼女をあっさり止めた。


「勘違いするな、娘」

 彼の声は冷たい。

「俺はダンジョンを統治する者の一角だ。妹を連れ戻すと言ったなら、それは決定事項だ。無尽者は昔から、そして今も、運命を管理する立場にある。ジ・エンドレスからそういう役目を与えられている。そして妹もまた、次代の無尽者となるべき存在だ」


 そのまま彼はリカの腕を握り潰さんばかりに締め上げる。

 リカは膝をついた。

 ソウシンが必死にその手をこじ開けようとする。


「理解したか?」


「……分かるわけ……ないでしょ……」


 エメラルドは彼女の頬を張り飛ばし、リカを地面へ転がした。


「なら、仕方ない。人間は理屈で学べない。ならば身体に叩き込むしかない」


 彼が一歩踏み出した、そのとき。


「お兄ちゃん! やめて! お願い!」


 エメラルドが振り返る。

 そこには、ガクトの腕の中に抱えられたエメルの姿があった。


「……妹か?」


――

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