――第111章・スライムを止めるために――
ガクトはエメルをエメラルドの前まで連れていった。
エメラルドは攻撃の手を止め、妹の方へ顔を向ける。
「妹……来たのか」
「お兄ちゃん!」
エメルは涙ぐみながら訴えた。
「もうやめて! こんなことしなくていいでしょ!? 本当に!」
エメラルドは片手を差し出す。
「子供みたいな真似はやめろ。帰る時間だ。俺も、他の連中も、ずっと待っていた」
エメルは頬を膨らませ、ぷいと顔を背けた。
「やだ! 断る! もうあいつらのところには戻らない! 私はここにいるの!」
「聞き分けのない娘だ」
エメラルドはガクトの頭へ拳を叩き込んだ。
だがガクトはそれを耐えきる。
その隙にエメラルドはエメルをひったくった。
エメルは人型へと変わる。
「やめてよ!」
エメルは叫ぶ。
「もう無尽者なんて嫌! ダンジョンも戦いも、うんざりなの! 静かに暮らしたいだけ! それってそんなに悪いこと!?」
エメラルドは彼女の腕を掴んで持ち上げた。
「妹よ、お前はあの老いぼれと長く一緒にいすぎた。俺たちはジ・エンドレスに仕える身だ。逆らうことは許されない。分かったな?」
エメルはその手を振りほどき、後ずさる。
「やだ! 帰りたくない!」
彼女の身体から粘体の腕が伸び、エメラルドの接近を防ぐ。
一本が彼を押し返したが、エメラルドは盾で受け止めた。
「分からないの?」
エメルは必死に言う。
「ミスター・オマリロと一緒のほうが、ずっと気楽なの! 人間に殺されそうにもならないし、ジ・エンドレスの命令もないし、あるのは静かで、平和で、ご飯がある生活だけ!」
「くだらん」
エメラルドはため息をつく。
「子供の幻想だ。お前が何を望もうが関係ない。お前は俺と一緒に来るんだ、妹よ」
次の瞬間には、エメラルドはエメルの頭を掴み、持ち上げていた。
ガクトは兜を形成し、突撃の構えを取る。
「そのスライムを離しやがれ、この外道!」
「で、さもなくば?」
エメラルドは一瞥した。
「今、妹と話しているところだ」
ガクトは爆発的な加速で突っ込んだ。
エメラルドは盾を構え、真正面からそれを受ける。
衝撃波が大地を震わせた。
ガクトはよろめき、エメラルドの盾は一部が砕けて床へ落ちる。
エメラルドはそれを見下ろし、ガクトは肩を鳴らして再び構えた。
「カイダンチョウ、か」
エメラルドは低く呟く。
「脳筋にしては、妙に磨かれた動きだ」
「へっ」
ガクトは笑う。
「俺の家族ならそんな言い方しねぇけどな! とにかく、その子を放せ!」
「……」
ガクトはエメラルドのまわりを走り回り、そのまま丸くなって何度も体当たりを叩き込む。
エメラルドはメイスでそれをいなしつつ、腕の中で暴れるエメルを押さえつける。
「お兄ちゃん! お願い! こっちに来てよ! きっとミスター・オマリロも入れてくれるから!」
「そんなちっぽけな部隊に入る気はない」
エメラルドは吐き捨てた。
「あの老いぼれは、お前を自分の都合のために使っているだけだ。用が済めば、あの地獄みたいな監獄にでも放り込む」
ガクトが背後からぶち当たる。
だがエメラルドの増えた腕がそれを受け止めた。
その隙にエメルは拘束を抜け出し、リカとソウシンのもとへ駆け込む。
「みんな!」
彼女は安堵した顔を見せた。
「他のみんなは!?」
「マスターは山の向こうで戦ってる!」
リカが指さす。
「私たちも何とか踏ん張ってるけど、あなたのお兄さん、全然隙をくれないの!」
「私なら落ち着かせられる! 絶対!」
エメルは強く言う。
「お願い、話させて! それで何とかなるから!」
ガクトとエメラルドはなおも激しくぶつかり合っていた。
エメラルドはガクトの速度と力を真正面から受け止めている。
ガクトはメイスをかいくぐり、兜を投げつけた。
それは爆炎とともにエメラルドを包む。
だが炎は装甲の一部を焦がしただけで、エメラルドは何事もなかったかのように攻勢を続けた。
ソウシンが参戦しようとするが、リカが腕を掴んで止める。
「待って、ソウシン! あれは危なすぎる! ちゃんと考えて動かないと!」
「でもガクトさんを助けなきゃ、リカ姉!」
「助けるわよ! でも邪魔になったら意味ないでしょ! ほら、みんなと合流する!」
戦場の反対側では、ザリアとレイがノノカを藁の山のそばに座らせていた。
ノノカは腕を押さえ、顔をしかめる。
「うん、まだ痛い」
そこへリカたちが駆けつける。
ザリアが顔を上げた。
「エメル? いつ、どうやって来たの?」
エメルがガクトを指さす。
そのとき、エメラルドがメイスでガクトの頭を打ちつけ、武器が嫌な振動を鳴らした。
ザリアはノノカをそっと下ろす。
「ここから離れて」
彼女はエメルに言った。
「この先、もっと危なくなる。ガクトさんの援護に行く」
「ダメダメダメ!」
エメルは首をぶんぶん振る。
「まず私にお兄ちゃんと話させて! それに、私と同じで、お兄ちゃんもそう簡単には死なないから!」
「いや、こっちはそんなに簡単に死ねない仕様じゃないんだけど?」
ザリアは苛立った。
「あんたが話したくらいで変わると思うわけ?」
「私なら変わるってば!」
エメルは必死に食い下がる。
「だからお願い! みんなはただ、弱らせるだけでいいの! お願い!」
懇願するような視線を受け、少女たちは顔を見合わせる。
やがて再びエメルへ向き直った。
「一理あるかも」
リカが小さく頷く。
「誰も死なずに終わるなら、それが一番だし」
「分かった」
ザリアは折れた。
「でも手加減はしない」
「うん、それでいい! 今はガクトさんが引きつけてくれてるから、こっちの負担も減るし――」
その言葉の途中で、ガクトがぶっ飛ばされてきた。
地面をえぐりながら転がり、少女たちの前でようやく止まる。
「悪ぃな、こんな姿見せちまって……」
額を押さえ、立ち上がろうとしながらガクトは言った。
「ありゃ本物だ……」
エメラルドはゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その視線はエメルに釘付けだった。
「遊びは終わりだ、妹よ。これ以上手間をかけさせるな」
エメルは足を踏み鳴らした。
「お兄ちゃんこそ、いい加減しつこい! 戻らないって言ってるでしょ! もう決定なの!」
ためらいなく、エメラルドは彼女の顔へ手を伸ばす。
だがその手の軌道に、ザリアの二本の刃が割って入った。
斬撃が交差し、エメラルドを押し返す。
「ふざけんなよ」
彼は吐き捨てた。
「なら全員死ね」
エメラルドの拳がザリアの胸を打ち抜き、血が飛び散る。
彼女は数歩よろめきながらも、ヒールを振り抜いてエメラルドの頬へ叩き込み、かかとを深々と食い込ませた。
エメラルドは彼女の脚を掴み、そのまま放り投げる。
傷は即座に塞がっていく。
レイが月光弾を連続で撃ち込み、エメラルドは盾でそれを受けた。
「見ろよ」
エメラルドは苛立った声で言う。
「化け物どもに守られて、自分だけは馴染んだつもりか。お前か? 妹を俺から奪ったのは」
「え?」
レイはきょとんとする。
「わたしに言ってるの?」
「とぼけるな!」
メイスが振り抜かれ、レイの顔面を直撃した。
よろめく彼女を、リカが受け止めてすぐに頬へ手を当てる。
「レイ! しっかりして!」
「お兄ちゃん!」
エメルが悲鳴を上げる。
ソウシンがエメラルドの横をすり抜け、靴へ触れた。
「ジュゲン操運者――自律車両変形!」
エメラルドのブーツに車輪が生え、バランスを崩す。
だが彼は即座に拳でそれを砕き、ソウシンへ向けて振り下ろす。
ソウシンはかろうじてかわした。
そのメイスが地面を叩いた瞬間、翡翠の棘が地中から伸び上がり、エメル以外の全員を貫いて地面へ縫い止める。
ガクトが頭突きでその棘を砕く。
同時にザリアもヒールで地面を踏み砕き、自力で抜け出した。
二人とも血だらけだった。
「本当に、闘士ってやつは嫌いだ」
エメラルドはうんざりしたように言う。
「諦めというものを知らん」
ガクトとザリアが同時に突っ込む。
エメラルドは両腕でそれを受け止めた。
ガクトは連続で頭突きを叩き込み、ザリアは蹴りの雨を浴びせる。
そのあいだ、エメルは他のみんなを棘から解放しようと動き回っていた。
棘はさらに伸び始める。
ソウシンが自分を拘束していた棘へ触れ、高速振動でそれを砕く。
そのまま他の者たちの棘も次々と破壊していった。
「みんな、大丈夫!?」
エメルが叫ぶ。
「最悪ではない……」
ノノカが弱々しく答える。
「でも、きつい」
ザリアがエメラルドの皮膚を切り裂く。
だがエメラルドはその刃を掴み、握り潰したうえで彼女を蹴り飛ばした。
ガクトがそのままタックルで地面に倒し、炎を上げながら一緒に転がっていく。
「どうやってこいつを削るのよ!」
ザリアは吐き捨てた。
「何しても再生する! エメル、あんたもスライムでしょ! 弱点は!?」
「ちょっと、ザリア?」
エメルはむっとした。
「私が弱いって言いたいの?」
「そういう意味じゃない! 答えて!」
エメルは少し考え込む。
「うーん……氷は嫌い。あれ最悪」
「なんで?」
ノノカが尋ねる。
「粘体粒子の動きが鈍るから! 再生も動きも遅くなるの! 私たち、血とかないでしょ?」
「でも氷なんてないじゃん」
リカが言いかけて、はっとした。
「待って……ソウシン! 遅くすること、できるよね?」
「できるよ!」
全員の視線がソウシンへ集中する。
「ってことは、攻略法ずっと後ろにいたってこと!?」
ザリアが叫ぶ。
「なんで今まで誰も言わないの!」
「いや、知らなかったし」
ノノカが肩をすくめる。
「ソウシンはすごいけど、そこまでとは思わなかった」
レイがガクトの方を見た。
「ガクトさんがもう限界だよ! 急がないと!」
ガクトはエメラルドの額へ何度も頭突きを叩き込んでいた。
だがエメラルドは徐々にそれに耐え始め、ついにはメイスを振り上げてガクトの耳を強打した。
「ぐあっ!」
さらにアッパーが入る。
ガクトは大きく吹き飛ばされた。
「ごめん、みんな!」
ガクトは血を拭いながら叫ぶ。
「ちょっと休んでたけど、まだまだ行けるぜ!」
「エメラルド!」
ザリアが怒鳴る。
「ソウシン、みんなで援護する! 決めて!」
エメラルドが振り向いた瞬間、月牙が連続で飛び、ザリアの刃が斬り込む。
彼は盾で受け止める。
そこへノノカが最後の力を振り絞って形態変化を起こした。
「ジュゲン操運者――人間性闘気!」
〈人間性・破棄 バフ残り時間:1:30〉
ノノカが組みつく。
エメラルドは彼女を押し返した。
「何なんだ、その鎧……気味が悪い!」
ノノカは顎へ肘を叩き込む。
だがほとんど効いていない。
逆に傷んでいた肩を殴られ、思わず引いた。
その背後からザリアが斬りつける。
しかし決定打にはならない。
「その程度の連中のために立つのか、妹よ?」
エメラルドは嘲る。
「こいつらが俺すら倒せないのに、ネラジリアたちや他の連中にどう勝つ?」
「見てなさいよ!」
エメルが叫ぶ。
「今に分かるから! 今だよ、ソウシン!」
ソウシンが飛び込んだ。
「ジュゲン操運者――伝送・第一ギア!」
その手がエメラルドへ触れる。
途端にエメラルドは、自分の感覚が鈍くなったのを理解した。
彼はソウシンを払いのけ、自分の手を見る。
「おかしい……こんなはずでは……!」
ノノカが最後の一押しで彼を押し返し、そのまま変身を解いて倒れ込む。
ザリアとエメラルドが刃を交える。
今度はザリアがその速度に食らいついていた。
彼女の斬撃がエメラルドの腕を一本切り落とす。
だがその腕は再生しない。
「あのガキ……何かしたな!」
エメラルドはザリアの刀を弾き飛ばし、メイスで彼女を打ち据える。
そこへガクトが再び立ち上がった。
「悪いな、ガキども!」
ガクトは笑う。
「ちょっと五分だけ休憩してたけど、戻ったぜ!」
「ちっ」
ガクトが全力で突っ込む。
エメラルドは辛うじて身をかわすが、肩をさらに削られる。
そこへレイの月牙が胸へ突き刺さり、装甲と肉を削ぎ落とした。
「再生が鈍い……」
エメラルドは舌打ちする。
「長引かせるわけにはいかん!」
唸り声とともに、エメラルドはソウシンとエメル以外を一斉に吹き飛ばした。
そのまま妹へ手を伸ばす。
だがソウシンがエメルを抱えて走り去る。
エメラルドはスライムの塊となって追う。
「どこ行くの!?」
エメルが叫ぶ。
「お兄ちゃん、追いついてくるよ!」
「ぼく、作戦ある!」
ソウシンは山脈の方へ突っ走る。
エメラルドも巨体で地を踏み鳴らしながら追いかけた。
やがてソウシンは山の手前で止まり、振り返った。
「もう逃げ場はない」
エメラルドが言い放つ。
「ここで死ね、坊主。妹はお前の死を見届けるといい」
エメラルドが拳を振るう。
だがソウシンはしゃがんでかわし、その拳は山の根元へめり込んだ。
山肌に巨大な亀裂が走る。
「何……?」
ソウシンは素早く距離を取る。
「悪いスライム、お風呂の時間だよ! ザリア!」
その瞬間、ザリアが剣を山の根元へ蹴り込んだ。
斬撃は亀裂へ突き刺さり、そのまま山全体を崩壊させる。
同時に大量の水が押し寄せた。
「な――っ!?」
エメラルドが叫ぶ間もなく、山の崩落と水流が彼を押し潰す。
ソウシンは水へ触れ、その流れを遅くした。
エメラルドは崩れた山の下に閉じ込められる。
「エメル! これをどけろ! 今すぐだ!」
「ごめんね、お兄ちゃん!」
エメルは悲しそうに言った。
「でも、お兄ちゃんのためなの! 本当に!」
「無尽者がお前を許すと思うな! 俺がどれだけお前のために――!」
だが水音が、その怒鳴り声を飲み込んでいく。
エメラルドは封じられた。
「よし、あとはミスター・オマリロが捕まえてくれれば終わり!」
エメルが言う。
「……あれ? ミスター・オマリロは?」
ガクトが泳ぐように水の中を進み、みんなのもとへ戻ってくる。
「いい戦いだったな、ガキども!」
彼は息をつきながら言った。
「オマリロなら、その先に――」
ガクトが崩れた山の向こうを指した、その瞬間。
山の向こうから巨大な水流が爆発するように噴き上がった。
そこには、三体の獣が激突し合う姿があった。
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